私は、震える手でその茶封筒を受け取った。
封を開けると、中には数枚の便箋が入っていた。そこには、親父らしい角張った、力強い筆跡で文字がびっしりと綴られている。
息を呑みながら、私は手紙へ目を落とした。
『ジョウへ。
お前がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのだろう。
だが、安心しろ。私は死んだとしても、きっと自分の生き方に後悔はしていないはずだ。
ジョウ。お前には、どうしても話しておかなければならないことがある。
お前と私が初めて会ったのは、あの養護施設だったな。実のところ、私はお前にずっと隠していたことがあるんだ。
お前の実の父親である、風間誠志さんが電車内で亡くなった時……私は、あの電車が停車した駅の現場にいた。
お前の父親が亡くなった直後、私は先輩の刑事と一緒に現場検証へ向かった。
その時、現場には父親と一緒にいた男の子――お前の弟の『ユウ』がいた。
ユウは、駅員や先輩刑事、そして私に向かって必死に叫んでいた。
「お父さんはただの病気で死んだんじゃない! 優先席のことで揉めた悪い人に、ドンって突き飛ばされて苦しんだんだ!」
だが、駅員も先輩刑事も、その小さな子供の言葉を信用しなかった。
当時、車内には監視カメラもなく、乗車していた人たちもその場には残っていない。
「子供がショックで混乱しているだけだ」
「ただの持病による発作だ」
そうやって、面倒な事件にすることを避けるように、彼らは単なる『病死』として片付けようとした。
私は、ユウの言葉が真実だと直感していた。
だが……情けないことに、当時の私は組織の空気に逆らえず、先輩の決定に従い、真実を訴えるその子から目を背けてしまったんだ。
自分の必死の叫びを、大人たちに『嘘』として処理された瞬間。
あの時のユウの目に、どうしようもない絶望と、この社会全体への激しい憎しみが込み上げていくのが、痛いほど分かった。
私たち大人の心ない『事勿れ主義』が、あの子の心を殺してしまったんだ。
私は、その日から数ヶ月もの間、あの時のユウの目が頭から離れなかった。
罪悪感に苛まれ、せめてもの償いができないかとあの子の行方を調べ、お前たち兄弟が養護施設に預けられたことを知った。
俺は、お前に出会うまで『生きる意味』を持てていなかった。
妻はいたが、警察という巨大な組織の中では、いつも一人で孤独だった。
悪を見抜く目を持っていても、組織のしがらみに怯えて動けない。
ただの腑抜けだったんだ。
私が施設に向かった時……ユウはすでに、別の家に引き取られたあとだった。
そして、たった一人残され、部屋の隅に座っていたお前の目を見た時、俺は息が止まるかと思った。
お前の瞳の中にも、あの日の弟のユウと同じ、大人への絶望と深い憎しみが渦巻いているように見えたからだ。
だが、お前のその闇に染まりかけた目を見た時、俺は初めて生きる意味を見つけた。
「この子を絶対に闇には葬らない。必ず真っ当な人生に向かわせる」
そう決意したんだ。
妻にその話をすると、彼女は優しく受け入れてくれた。
正直に言うと、妻はずっと子供を欲しがっていたんだ。
だが、私の身体が原因で、私たち夫婦にはどうしても子供ができなかった。
だから、お前を迎えることは、私たち夫婦にとっても救いだったんだ。
ジョウ。
俺はな、お前に心から感謝している。
お前を引き取ったことで、俺の中にあった意識は完全に変わった。
お前にはよく、『泥水を啜ってでも人を救え』と言ってきた。
だが、本当はな。
事勿れ主義という警察の『泥沼』の中へずっと浸かっていたのは、他でもない俺自身だったんだ。
それでも、お前と出会ったことで、俺はその泥沼の中でもがくことこそが『人を救う力』になるのだと知った。
そして、自分の人生にも意味を持てるようになった。
俺を本物のデカにしてくれたのは、間違いなくお前なんだ。
お前には悪いが、お前が一人で深く悩んでいる顔を見た時……俺は密かにほっとしたことがある。
人が迷うということは、自分の足で正しい道を探そうとしているということだ。
お前は、俺の育て方を間違えず、自ら正しい道を歩くために悩んでくれていた。
それを見た時、俺は一人の親として、お前を思う気持ちは『正しかった』のだと確信できた。
ジョウ。
俺は、人生とは『リレー』みたいなものだと思っている。
自分が次の者へバトンを渡し、それを受け取った者がまた次の者へバトンを渡していく。
そうやって受け継がれていくことで、正しいことは、この先も続いていくんじゃないだろうか。
俺の泥臭いバトンを継ぐのは、お前であり、お前たち若い世代なんだ。
ジョウ。
お前の中には、激しい悪――憎しみもある。
同時に、深い善――優しさもある。
お前がこれから、どんな真実に直面し、どれほどの絶望を味わうことになるのか、俺には分からない。
だが、以前にも言ったな。
迷っても、絶対に流れを止めるな。
川の水は、流れている時は透き通って綺麗だ。
だが、同じ水でも、瓶の中に入れて何日も放っておけば、すぐに腐っちまう。
絶望して立ち止まれば、心は腐る。
憎しみに囚われ、自分を閉じ込めれば、魂は濁っていく。
だから、流れを止めるな、ジョウ。
泥水の中でもがきながらでもいい。
前へ進み続けろ。
お前は、俺の誇りだ。
親父より』
封を開けると、中には数枚の便箋が入っていた。そこには、親父らしい角張った、力強い筆跡で文字がびっしりと綴られている。
息を呑みながら、私は手紙へ目を落とした。
『ジョウへ。
お前がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのだろう。
だが、安心しろ。私は死んだとしても、きっと自分の生き方に後悔はしていないはずだ。
ジョウ。お前には、どうしても話しておかなければならないことがある。
お前と私が初めて会ったのは、あの養護施設だったな。実のところ、私はお前にずっと隠していたことがあるんだ。
お前の実の父親である、風間誠志さんが電車内で亡くなった時……私は、あの電車が停車した駅の現場にいた。
お前の父親が亡くなった直後、私は先輩の刑事と一緒に現場検証へ向かった。
その時、現場には父親と一緒にいた男の子――お前の弟の『ユウ』がいた。
ユウは、駅員や先輩刑事、そして私に向かって必死に叫んでいた。
「お父さんはただの病気で死んだんじゃない! 優先席のことで揉めた悪い人に、ドンって突き飛ばされて苦しんだんだ!」
だが、駅員も先輩刑事も、その小さな子供の言葉を信用しなかった。
当時、車内には監視カメラもなく、乗車していた人たちもその場には残っていない。
「子供がショックで混乱しているだけだ」
「ただの持病による発作だ」
そうやって、面倒な事件にすることを避けるように、彼らは単なる『病死』として片付けようとした。
私は、ユウの言葉が真実だと直感していた。
だが……情けないことに、当時の私は組織の空気に逆らえず、先輩の決定に従い、真実を訴えるその子から目を背けてしまったんだ。
自分の必死の叫びを、大人たちに『嘘』として処理された瞬間。
あの時のユウの目に、どうしようもない絶望と、この社会全体への激しい憎しみが込み上げていくのが、痛いほど分かった。
私たち大人の心ない『事勿れ主義』が、あの子の心を殺してしまったんだ。
私は、その日から数ヶ月もの間、あの時のユウの目が頭から離れなかった。
罪悪感に苛まれ、せめてもの償いができないかとあの子の行方を調べ、お前たち兄弟が養護施設に預けられたことを知った。
俺は、お前に出会うまで『生きる意味』を持てていなかった。
妻はいたが、警察という巨大な組織の中では、いつも一人で孤独だった。
悪を見抜く目を持っていても、組織のしがらみに怯えて動けない。
ただの腑抜けだったんだ。
私が施設に向かった時……ユウはすでに、別の家に引き取られたあとだった。
そして、たった一人残され、部屋の隅に座っていたお前の目を見た時、俺は息が止まるかと思った。
お前の瞳の中にも、あの日の弟のユウと同じ、大人への絶望と深い憎しみが渦巻いているように見えたからだ。
だが、お前のその闇に染まりかけた目を見た時、俺は初めて生きる意味を見つけた。
「この子を絶対に闇には葬らない。必ず真っ当な人生に向かわせる」
そう決意したんだ。
妻にその話をすると、彼女は優しく受け入れてくれた。
正直に言うと、妻はずっと子供を欲しがっていたんだ。
だが、私の身体が原因で、私たち夫婦にはどうしても子供ができなかった。
だから、お前を迎えることは、私たち夫婦にとっても救いだったんだ。
ジョウ。
俺はな、お前に心から感謝している。
お前を引き取ったことで、俺の中にあった意識は完全に変わった。
お前にはよく、『泥水を啜ってでも人を救え』と言ってきた。
だが、本当はな。
事勿れ主義という警察の『泥沼』の中へずっと浸かっていたのは、他でもない俺自身だったんだ。
それでも、お前と出会ったことで、俺はその泥沼の中でもがくことこそが『人を救う力』になるのだと知った。
そして、自分の人生にも意味を持てるようになった。
俺を本物のデカにしてくれたのは、間違いなくお前なんだ。
お前には悪いが、お前が一人で深く悩んでいる顔を見た時……俺は密かにほっとしたことがある。
人が迷うということは、自分の足で正しい道を探そうとしているということだ。
お前は、俺の育て方を間違えず、自ら正しい道を歩くために悩んでくれていた。
それを見た時、俺は一人の親として、お前を思う気持ちは『正しかった』のだと確信できた。
ジョウ。
俺は、人生とは『リレー』みたいなものだと思っている。
自分が次の者へバトンを渡し、それを受け取った者がまた次の者へバトンを渡していく。
そうやって受け継がれていくことで、正しいことは、この先も続いていくんじゃないだろうか。
俺の泥臭いバトンを継ぐのは、お前であり、お前たち若い世代なんだ。
ジョウ。
お前の中には、激しい悪――憎しみもある。
同時に、深い善――優しさもある。
お前がこれから、どんな真実に直面し、どれほどの絶望を味わうことになるのか、俺には分からない。
だが、以前にも言ったな。
迷っても、絶対に流れを止めるな。
川の水は、流れている時は透き通って綺麗だ。
だが、同じ水でも、瓶の中に入れて何日も放っておけば、すぐに腐っちまう。
絶望して立ち止まれば、心は腐る。
憎しみに囚われ、自分を閉じ込めれば、魂は濁っていく。
だから、流れを止めるな、ジョウ。
泥水の中でもがきながらでもいい。
前へ進み続けろ。
お前は、俺の誇りだ。
親父より』
