修造が大鳥の首根っこを掴んだまま、群衆の流れへ合流しようと走り出した。
私も、大鳥を庇って肉を抉られた右脚を引きずりながら、必死にその背中を追った。ずたずたに引き裂かれたふくらはぎから流れる血が、歩くたびに床へ赤い軌跡を描いていく。激痛で視界が明滅したが、歯を食いしばって耐えた。ここで立ち止まれば、確実に焼け死ぬ。
ようやく避難の波に乗り始めた、その時だった。
ドドォォォォンッ!!
ホール後方、かつて優雅な展望ラウンジがあった『中二階』へ続くエリアで、再び爆発が起きた。炎が噴き上がり、中二階へと繋がる唯一のガラス張りの大階段が、轟音と共に崩れ落ちていく。
「きゃああああッ!」
悲鳴は、私たちの後ろからではなかった。崩れ落ちた階段の上――中二階のフロアから響いてきた。
「……おい、嘘だろ」
振り返って見上げると、崩落によって完全に孤立してしまった中二階のバルコニーに、逃げ遅れた数名の市民が取り残されていた。
小さな子供を抱きしめる母親や、恐怖で足がすくんだ老人たちが身を寄せ合い、その背後からは猛烈な炎と煙が迫っている。
下へ降りるための階段は、すでに完全に焼け落ちていた。
「助けて! 誰か助けてえぇぇッ!」
母親の悲痛な絶叫が、炎の爆ぜる音を切り裂いてホールへ響き渡った。
「クソッ……あんな所に人が!」
群衆が非常口へ先を争って逃げていく中、私は即座に踵を返し、中二階の下へ向かおうとした。
だが、右脚へ体重を掛けた瞬間、傷口が大きく裂けた。筋肉の奥深くまで抉られるような激痛が走り、私はたまらずその場へ膝をついた。
「ジョウ!!」
修造が大鳥を近くにいたSPへ乱暴に預けると、群衆の流れを逆行し、私のもとへ駆け戻ってきた。
「親父、上の階に人がいる! 階段が崩れて降りられないんだ、早く助けに……ッ!」
痛みに顔を歪めながら叫ぶ私を見て、修造は中二階の絶望的な状況と、血まみれになった私の右脚を交互に見つめ、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
そして、私の肩を力強く掴み、真っ直ぐな目で見据えた。
「ジョウ、よく聞け」
その目は、かつて現場で幾多の修羅場を潜り抜けてきた『鬼の真下』そのものだった。
「お前のその脚じゃ、あそこまで登って人を担ぎ、降ろすような機敏な動きは無理だ。足手まといになるだけだ」
「何言ってるんだ、親父! 俺も行く!」
私が叫ぶと、修造は悲しげに、それでも揺るぎない意志を宿した顔で首を横に振った。
「お前は、あそこにいる連中と一緒に、そのまま非常口へ向かえ。怪我人を抱えながらじゃ、二人とも逃げ遅れる」
「親父、まさか一人で戻る気か!? ビルがいつ崩れるかも分からないんだぞ!」
「俺は警察官だ。目の前にある命を見捨てるわけにはいかねえ。残ったルートを探して、あいつらを必ず助け出す」
修造は私の制止を振り切って力強く立ち上がった。
そして、煙に巻かれる私へ振り返り、ニカッと不敵で、それでいてどこか温かい笑みを浮かべた。
「心配すんな。伊達に歳は食ってねえよ。この手の修羅場なんざ、昔から何度も潜り抜けてきたんだ」
修造は煤けた親指で自分の胸を軽く叩き、力強く言い放った。
「……ここは、現場のベテランに任せな」
「親父ッ! 待て、親父ぇぇッ!!」
私の絶叫を背に、修造は炎が渦巻く中二階の下へ単身飛び込んでいった。吹き荒れる黒煙と火の粉に巻かれ、その大きく頼もしい背中は、一瞬にして見えなくなった。
「……クソッ!! アアアアアッ!!」
私は喉が裂けるほど叫びながら、血塗れの右脚を引きずり、壁へ手をついて必死に立ち上がった。
親父の言う通りだった。今の私があそこへ向かっても、二人共倒れになるだけだ。私にできることは、これ以上足手まといにならず、自分の力で生き延びることだけだった。
涙と煤で顔を真っ黒にしながら、私は先を争って逃げる群衆の最後尾へ食らいついた。
煙が充満する細い通路を抜けると、ようやくその突き当たりに、重厚な金属製の扉――『手動式・緊急防爆隔壁』が見えてきた。
すでに大鳥を含む大半の市民や議員たちは、SPの誘導によって隔壁の向こう側――安全圏であるコンクリート造りの非常階段へ雪崩れ込んでいる。
「早くしろ! 急げ!」
「爆発が来るぞ!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、私は激痛に耐えながら、必必に一歩ずつ前へ進んだ。
だが、その時だった。
ドドォォォォォンッ!!!
ホールの天井裏で、再び凄まじい爆発が響き渡った。
熱風と黒煙が、狭い通路を猛烈な勢いで吹き抜けてくる。同時に、私の真上にある天井へ巨大な亀裂が走り、爆風の衝撃に耐えきれなくなったコンクリート塊と太い配管が、ばらばらと崩れ始めた。
「危ないッ!!」
隔壁の向こうにいたSPの悲鳴が聞こえた直後だった。
ドッシャァァァァンッ!!
凄まじい轟音と共に、私の数メートル先――逃げる群衆と私の間を遮るように、数百キロはあろうかという瓦礫の山が天井から崩れ落ちた。
大量の粉塵が一気に舞い上がり、視界が真っ白になる。
やがて少しずつ粉塵が晴れた時、私は信じられない光景に直面した。
崩落した瓦礫が通路を完全に塞ぎ、私と、防爆隔壁の向こうへ逃げ込んだ市民たちとを、無慈悲に分断していたのだ。
「嘘だろ……」
私は瓦礫の僅かな隙間から、安全な階段側へ逃げ延びた人々の姿を捉え、血塗れの手を必死に伸ばした。
しかし、目の前に積み上がった巨大な瓦礫の山を、傷ついた右脚を引きずる今の身体で乗り越えることなど到底不可能だった。
瓦礫の向こうでは、さらなる崩落を恐れたSPたちが、
「退避しろ! 早く降りろ!」
と叫びながら、非常階段の奥へ避難していく。
その足音が、次第に遠ざかっていった。
「……待て」
返事はなかった。
瓦礫の向こうには非常階段がある。
そして、こちら側には炎が迫っている。
私はゆっくりと背中を壁へ預けた。
私も、大鳥を庇って肉を抉られた右脚を引きずりながら、必死にその背中を追った。ずたずたに引き裂かれたふくらはぎから流れる血が、歩くたびに床へ赤い軌跡を描いていく。激痛で視界が明滅したが、歯を食いしばって耐えた。ここで立ち止まれば、確実に焼け死ぬ。
ようやく避難の波に乗り始めた、その時だった。
ドドォォォォンッ!!
ホール後方、かつて優雅な展望ラウンジがあった『中二階』へ続くエリアで、再び爆発が起きた。炎が噴き上がり、中二階へと繋がる唯一のガラス張りの大階段が、轟音と共に崩れ落ちていく。
「きゃああああッ!」
悲鳴は、私たちの後ろからではなかった。崩れ落ちた階段の上――中二階のフロアから響いてきた。
「……おい、嘘だろ」
振り返って見上げると、崩落によって完全に孤立してしまった中二階のバルコニーに、逃げ遅れた数名の市民が取り残されていた。
小さな子供を抱きしめる母親や、恐怖で足がすくんだ老人たちが身を寄せ合い、その背後からは猛烈な炎と煙が迫っている。
下へ降りるための階段は、すでに完全に焼け落ちていた。
「助けて! 誰か助けてえぇぇッ!」
母親の悲痛な絶叫が、炎の爆ぜる音を切り裂いてホールへ響き渡った。
「クソッ……あんな所に人が!」
群衆が非常口へ先を争って逃げていく中、私は即座に踵を返し、中二階の下へ向かおうとした。
だが、右脚へ体重を掛けた瞬間、傷口が大きく裂けた。筋肉の奥深くまで抉られるような激痛が走り、私はたまらずその場へ膝をついた。
「ジョウ!!」
修造が大鳥を近くにいたSPへ乱暴に預けると、群衆の流れを逆行し、私のもとへ駆け戻ってきた。
「親父、上の階に人がいる! 階段が崩れて降りられないんだ、早く助けに……ッ!」
痛みに顔を歪めながら叫ぶ私を見て、修造は中二階の絶望的な状況と、血まみれになった私の右脚を交互に見つめ、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
そして、私の肩を力強く掴み、真っ直ぐな目で見据えた。
「ジョウ、よく聞け」
その目は、かつて現場で幾多の修羅場を潜り抜けてきた『鬼の真下』そのものだった。
「お前のその脚じゃ、あそこまで登って人を担ぎ、降ろすような機敏な動きは無理だ。足手まといになるだけだ」
「何言ってるんだ、親父! 俺も行く!」
私が叫ぶと、修造は悲しげに、それでも揺るぎない意志を宿した顔で首を横に振った。
「お前は、あそこにいる連中と一緒に、そのまま非常口へ向かえ。怪我人を抱えながらじゃ、二人とも逃げ遅れる」
「親父、まさか一人で戻る気か!? ビルがいつ崩れるかも分からないんだぞ!」
「俺は警察官だ。目の前にある命を見捨てるわけにはいかねえ。残ったルートを探して、あいつらを必ず助け出す」
修造は私の制止を振り切って力強く立ち上がった。
そして、煙に巻かれる私へ振り返り、ニカッと不敵で、それでいてどこか温かい笑みを浮かべた。
「心配すんな。伊達に歳は食ってねえよ。この手の修羅場なんざ、昔から何度も潜り抜けてきたんだ」
修造は煤けた親指で自分の胸を軽く叩き、力強く言い放った。
「……ここは、現場のベテランに任せな」
「親父ッ! 待て、親父ぇぇッ!!」
私の絶叫を背に、修造は炎が渦巻く中二階の下へ単身飛び込んでいった。吹き荒れる黒煙と火の粉に巻かれ、その大きく頼もしい背中は、一瞬にして見えなくなった。
「……クソッ!! アアアアアッ!!」
私は喉が裂けるほど叫びながら、血塗れの右脚を引きずり、壁へ手をついて必死に立ち上がった。
親父の言う通りだった。今の私があそこへ向かっても、二人共倒れになるだけだ。私にできることは、これ以上足手まといにならず、自分の力で生き延びることだけだった。
涙と煤で顔を真っ黒にしながら、私は先を争って逃げる群衆の最後尾へ食らいついた。
煙が充満する細い通路を抜けると、ようやくその突き当たりに、重厚な金属製の扉――『手動式・緊急防爆隔壁』が見えてきた。
すでに大鳥を含む大半の市民や議員たちは、SPの誘導によって隔壁の向こう側――安全圏であるコンクリート造りの非常階段へ雪崩れ込んでいる。
「早くしろ! 急げ!」
「爆発が来るぞ!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、私は激痛に耐えながら、必必に一歩ずつ前へ進んだ。
だが、その時だった。
ドドォォォォォンッ!!!
ホールの天井裏で、再び凄まじい爆発が響き渡った。
熱風と黒煙が、狭い通路を猛烈な勢いで吹き抜けてくる。同時に、私の真上にある天井へ巨大な亀裂が走り、爆風の衝撃に耐えきれなくなったコンクリート塊と太い配管が、ばらばらと崩れ始めた。
「危ないッ!!」
隔壁の向こうにいたSPの悲鳴が聞こえた直後だった。
ドッシャァァァァンッ!!
凄まじい轟音と共に、私の数メートル先――逃げる群衆と私の間を遮るように、数百キロはあろうかという瓦礫の山が天井から崩れ落ちた。
大量の粉塵が一気に舞い上がり、視界が真っ白になる。
やがて少しずつ粉塵が晴れた時、私は信じられない光景に直面した。
崩落した瓦礫が通路を完全に塞ぎ、私と、防爆隔壁の向こうへ逃げ込んだ市民たちとを、無慈悲に分断していたのだ。
「嘘だろ……」
私は瓦礫の僅かな隙間から、安全な階段側へ逃げ延びた人々の姿を捉え、血塗れの手を必死に伸ばした。
しかし、目の前に積み上がった巨大な瓦礫の山を、傷ついた右脚を引きずる今の身体で乗り越えることなど到底不可能だった。
瓦礫の向こうでは、さらなる崩落を恐れたSPたちが、
「退避しろ! 早く降りろ!」
と叫びながら、非常階段の奥へ避難していく。
その足音が、次第に遠ざかっていった。
「……待て」
返事はなかった。
瓦礫の向こうには非常階段がある。
そして、こちら側には炎が迫っている。
私はゆっくりと背中を壁へ預けた。
