「は、はいっ! 堂島、先生に対して粗相のないようにしろよ!」
それだけ言い捨て、局長は逃げるように部屋を出ていった。
重々しい音を立て、扉が閉まる。
部屋に残されたのは、堂島、坂巻、そして壁際へ控える相田の三人だけになった。
堂島は一度、相田へ退出を命じようとしたが、すぐに思い直した。
自分の手駒である相田の前で、この権力の犬を見事に論破し、追い返してみせる。その姿を見せれば、自分のカリスマ性をさらに深く彼女の心へ刻み込める。
堂島はそう考えた。
「彼女は私の専属アシスタントです。話なら聞きましょう。本番まで時間がないので、手短にお願いしますよ」
堂島が椅子へ座り直すと、坂巻は薄い唇の端を僅かに吊り上げた。
「では、単刀直入に申し上げよう。今日の昼の特別番組、および夕方の報道番組における『佐々木議員に関する特集』を、直ちに放送中止にしていただきたい」
その声音は、お願いでも交渉でもなかった。
有無を言わせぬ絶対的な命令だった。
「……はっ」
堂島は鼻で笑った。
腹の底から込み上げる優越感を抑えきれなかった。
「おかしなことをおっしゃる。メディアの報道内容に、一介の弁護士が口出しできるとお思いで? 国民には真実を知る権利がある。十年前の汚職事件の隠蔽……我々は今朝の週刊誌以上の、確たる証拠を握っているのですよ」
「証拠、ですか」
坂巻はゆっくりと堂島のデスクへ近づき、そこに置かれた進行台本を指先で軽く叩いた。
「今朝方、出所不明の怪文書が週刊誌へばら撒かれた件ですね。佐々木議員の直筆メモとされるものや、秘書への録音データ……」
坂巻は冷ややかに堂島を見た。
「堂島さん。あなたはジャーナリストとして、それが本当に『真実』だと裏付けを取ったのですか? 週刊誌が飛びついた不確かな情報を、テレビ局の権威で無責任に拡散するおつもりか」
「当然だ。筆跡鑑定も音声解析も済んでいる。当時のダミー会社の口座記録とも完全に一致している。誰がどう見ても、十年前の黒幕は佐々木だ」
堂島が自信満々に答えると、坂巻は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ひときわ冷たい声を出した。
「それが『切り取られた一部』に過ぎないとしたら? あるいは、誰かが巧妙に偽造し、あなた方マスコミを扇動するために仕組んだ罠だとしたら?」
「負け犬の遠吠えですね。久我幹事長に泣きつかれ、火消しに走らされているあなたの立場には同情しますが、無駄なことです。佐々木はもう終わりだ。私は真実を報じる」
堂島が毅然と言い放つと、坂巻はふっと短く息を吐いた。
愚か者を心底憐れむような、冷酷な溜息だった。
「堂島さん。あなたは、ご自分の影響力を過信しておられるようだ」
坂巻の声が一段低くなった。
「いいですか。もしあなたが今日の番組で、不確かな資料をもとに佐々木議員を断罪した場合、我々は直ちに『名誉毀損』および『偽計業務妨害』で、帝都テレビとあなた個人を提訴します」
そして、堂島の目を真っ直ぐに見据えた。
「裁判になってもいいんですか?」
その一言が、冷徹な刃のように編集長室の空気を切り裂いた。
通常のメディア関係者であれば、この言葉だけで震え上がる。
スラップ訴訟――恫喝訴訟へ持ち込まれれば、仮に最終的に勝訴したとしても、数年にわたり法廷へ引きずり出され、多額の弁護士費用と膨大な労力を奪われる。
さらに、坂巻ほどのフィクサーであれば、裏からスポンサー企業へ圧力をかけ、番組のCM枠を干し上げることさえ造作もない。
だが、堂島は動じなかった。
むしろ目をぎらぎらと輝かせ、狂気じみた笑みを浮かべた。
「脅しのつもりですか、坂巻先生。……望むところだ!」
堂島は両手をデスクにつき、身を乗り出して坂巻を睨みつけた。
「裁判になろうが構わない! 法廷の場に佐々木を引きずり出し、国民の面前でその醜態を晒してやる! スポンサーが降りるなら降りればいい。他の企業が喜んで列をなすだろう!」
堂島の声が熱を帯びる。
「私には、世論という絶対的な味方がついている。あなた方のような薄汚い権力者が、正義の声を塞げる時代はもう終わったんだ!」
その熱弁が、編集長室いっぱいに響き渡った。
堂島は完全に、自分を悲劇のヒーローであり、不屈の闘士であるかのように演じ切っていた。
坂巻は、そんな堂島の顔を、まるで滑稽な猿芝居でも眺めるような目で数秒間見つめた。
やがて静かに身を引く。
「……なるほど。あなたの覚悟は、よく分かりました」
坂巻はスーツのボタンを留め直し、踵を返した。
「私は弁護士として、あくまで『法的なリスクを警告した』という事実を残すために来ただけです。この先、あなたがどれほどの地獄を見ることになろうと、私には関係ありません」
扉へ向かいながら、最後に肩越しで堂島を見た。
「……せいぜい、ご自分の握り締めているその『正義の証拠』に、足元をすくわれないようお気をつけください」
それだけ言い残し、坂巻はドアを開けて悠然と去っていった。
バタン、と扉が閉まり、編集長室に再び静寂が戻った。
「……見たか、相田くん!」
堂島は勝利の余韻へ浸るように、両腕を広げて天井を仰いだ。
「これが正義の力だ。いかに久我派閥のお抱え弁護士といえど、真実の前では尻尾を巻いて逃げるしかなかった!」
興奮したまま、堂島はデスクの上の進行台本を愛おしそうに撫でた。
「裁判になってもいいかだと? 愚かな男だ。我々が握っている証拠は、一切の反証を許さない完璧な代物だというのに」
「あの……堂島さん……」
壁際に控えていた相田が、小刻みに震える声で歩み寄ってきた。
その顔には、先ほどの坂巻の威圧感への深い怯えと、堂島を案じる表情が浮かんでいる。
「堂島さん、本当に大丈夫なのでしょうか……。あんな恐ろしい先生を敵に回して、もし本当に裁判になって、堂島さんが傷つくようなことになったら……」
縋るように見上げる相田の瞳。
それだけ言い捨て、局長は逃げるように部屋を出ていった。
重々しい音を立て、扉が閉まる。
部屋に残されたのは、堂島、坂巻、そして壁際へ控える相田の三人だけになった。
堂島は一度、相田へ退出を命じようとしたが、すぐに思い直した。
自分の手駒である相田の前で、この権力の犬を見事に論破し、追い返してみせる。その姿を見せれば、自分のカリスマ性をさらに深く彼女の心へ刻み込める。
堂島はそう考えた。
「彼女は私の専属アシスタントです。話なら聞きましょう。本番まで時間がないので、手短にお願いしますよ」
堂島が椅子へ座り直すと、坂巻は薄い唇の端を僅かに吊り上げた。
「では、単刀直入に申し上げよう。今日の昼の特別番組、および夕方の報道番組における『佐々木議員に関する特集』を、直ちに放送中止にしていただきたい」
その声音は、お願いでも交渉でもなかった。
有無を言わせぬ絶対的な命令だった。
「……はっ」
堂島は鼻で笑った。
腹の底から込み上げる優越感を抑えきれなかった。
「おかしなことをおっしゃる。メディアの報道内容に、一介の弁護士が口出しできるとお思いで? 国民には真実を知る権利がある。十年前の汚職事件の隠蔽……我々は今朝の週刊誌以上の、確たる証拠を握っているのですよ」
「証拠、ですか」
坂巻はゆっくりと堂島のデスクへ近づき、そこに置かれた進行台本を指先で軽く叩いた。
「今朝方、出所不明の怪文書が週刊誌へばら撒かれた件ですね。佐々木議員の直筆メモとされるものや、秘書への録音データ……」
坂巻は冷ややかに堂島を見た。
「堂島さん。あなたはジャーナリストとして、それが本当に『真実』だと裏付けを取ったのですか? 週刊誌が飛びついた不確かな情報を、テレビ局の権威で無責任に拡散するおつもりか」
「当然だ。筆跡鑑定も音声解析も済んでいる。当時のダミー会社の口座記録とも完全に一致している。誰がどう見ても、十年前の黒幕は佐々木だ」
堂島が自信満々に答えると、坂巻は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ひときわ冷たい声を出した。
「それが『切り取られた一部』に過ぎないとしたら? あるいは、誰かが巧妙に偽造し、あなた方マスコミを扇動するために仕組んだ罠だとしたら?」
「負け犬の遠吠えですね。久我幹事長に泣きつかれ、火消しに走らされているあなたの立場には同情しますが、無駄なことです。佐々木はもう終わりだ。私は真実を報じる」
堂島が毅然と言い放つと、坂巻はふっと短く息を吐いた。
愚か者を心底憐れむような、冷酷な溜息だった。
「堂島さん。あなたは、ご自分の影響力を過信しておられるようだ」
坂巻の声が一段低くなった。
「いいですか。もしあなたが今日の番組で、不確かな資料をもとに佐々木議員を断罪した場合、我々は直ちに『名誉毀損』および『偽計業務妨害』で、帝都テレビとあなた個人を提訴します」
そして、堂島の目を真っ直ぐに見据えた。
「裁判になってもいいんですか?」
その一言が、冷徹な刃のように編集長室の空気を切り裂いた。
通常のメディア関係者であれば、この言葉だけで震え上がる。
スラップ訴訟――恫喝訴訟へ持ち込まれれば、仮に最終的に勝訴したとしても、数年にわたり法廷へ引きずり出され、多額の弁護士費用と膨大な労力を奪われる。
さらに、坂巻ほどのフィクサーであれば、裏からスポンサー企業へ圧力をかけ、番組のCM枠を干し上げることさえ造作もない。
だが、堂島は動じなかった。
むしろ目をぎらぎらと輝かせ、狂気じみた笑みを浮かべた。
「脅しのつもりですか、坂巻先生。……望むところだ!」
堂島は両手をデスクにつき、身を乗り出して坂巻を睨みつけた。
「裁判になろうが構わない! 法廷の場に佐々木を引きずり出し、国民の面前でその醜態を晒してやる! スポンサーが降りるなら降りればいい。他の企業が喜んで列をなすだろう!」
堂島の声が熱を帯びる。
「私には、世論という絶対的な味方がついている。あなた方のような薄汚い権力者が、正義の声を塞げる時代はもう終わったんだ!」
その熱弁が、編集長室いっぱいに響き渡った。
堂島は完全に、自分を悲劇のヒーローであり、不屈の闘士であるかのように演じ切っていた。
坂巻は、そんな堂島の顔を、まるで滑稽な猿芝居でも眺めるような目で数秒間見つめた。
やがて静かに身を引く。
「……なるほど。あなたの覚悟は、よく分かりました」
坂巻はスーツのボタンを留め直し、踵を返した。
「私は弁護士として、あくまで『法的なリスクを警告した』という事実を残すために来ただけです。この先、あなたがどれほどの地獄を見ることになろうと、私には関係ありません」
扉へ向かいながら、最後に肩越しで堂島を見た。
「……せいぜい、ご自分の握り締めているその『正義の証拠』に、足元をすくわれないようお気をつけください」
それだけ言い残し、坂巻はドアを開けて悠然と去っていった。
バタン、と扉が閉まり、編集長室に再び静寂が戻った。
「……見たか、相田くん!」
堂島は勝利の余韻へ浸るように、両腕を広げて天井を仰いだ。
「これが正義の力だ。いかに久我派閥のお抱え弁護士といえど、真実の前では尻尾を巻いて逃げるしかなかった!」
興奮したまま、堂島はデスクの上の進行台本を愛おしそうに撫でた。
「裁判になってもいいかだと? 愚かな男だ。我々が握っている証拠は、一切の反証を許さない完璧な代物だというのに」
「あの……堂島さん……」
壁際に控えていた相田が、小刻みに震える声で歩み寄ってきた。
その顔には、先ほどの坂巻の威圧感への深い怯えと、堂島を案じる表情が浮かんでいる。
「堂島さん、本当に大丈夫なのでしょうか……。あんな恐ろしい先生を敵に回して、もし本当に裁判になって、堂島さんが傷つくようなことになったら……」
縋るように見上げる相田の瞳。
