「本日の正午、『虚偽』のターゲットとして犯人に狙われるのは、佐々木義泰議員です!」
私がそう言い切った瞬間、それまで道場を満たしていた喧騒が、水を打ったように静まり返った。五十名近い捜査員たちの視線が、一斉に私へ突き刺さる。
「き、貴様……何を馬鹿なことを言っている!!」
直属の上司である郷田が、顔面を蒼白にして叫んだ。
「佐々木先生がターゲットだと!? 貴様、何の根拠があってそんな妄言を吐いている!」
「根拠は、これまでの被害者にある強固な『繋がり』です!」
私は怯むことなく、デスクに広げた相関図を力強く指差した。
「爆殺された天楽建設の社長、そして久我晃生。久我晃生は議員になる前、佐々木副大臣の秘書を務めていました。そして天楽建設は、古くから佐々木派閥の有力な支援企業です。つまり、これまで殺された二人の中心には、共通して『佐々木義泰』という大物政治家が存在している!」
「だ、だから何だと言うんだ!」
上座に座っていた高山本部長が、顔を真っ赤にして机を叩きつけた。
「秘書と支援企業が狙われたからといって、佐々木先生本人が狙われる理由にはならん! それに、次なるターゲットの罪名は『虚偽(ウソ)』だ! 先生のどこに嘘があると言うんだ!!」
その怒号には、明らかな焦りが混じっていた。
高山は間違いなく、十五年前に揉み消された何かを連想している。だが、私はあえてそのタブーの核心には触れず、犯人の異常な思考そのものを根拠に押し切ることにした。
「俺は、佐々木議員が現実に罪を犯していると言っているんじゃない! テロリストが、狂った妄想の中で彼を標的にしている。と言っているんです!」
私は高山の目を真っ向から見据え、声を張り上げた。
「犯人は特権階級を憎悪し、『七つの大罪』に見立てて私刑を下している異常者です。奴の歪んだロジックから見れば、これまでの被害者たちの接点であり、大衆の目を最も惹きつける大物政治家こそが、何か巨大な『虚偽』の中心にいる巨悪だと認定されてもおかしくない! 今すぐ松濤の私邸へ部隊を送り込み、佐々木議員を保護しなければ、確実に狙われます!」
「ええい、黙れと言っている! ただのプロファイリングの妄想で、国家の重鎮の家に踏み込めるか! 郷田! こいつをつまみ出せ!!」
高山が激昂し、郷田が私の腕を掴もうとした、まさにその時だった。
「――本部長。真下の言う通りです」
低く、それでいて絶対的な冷気を帯びた声が、高山の怒号をぴしゃりと遮った。
綾瀬管理官だった。
綾瀬は瞳を鋭く細め、私が置いた資料と相関図をじっと見下ろしている。
「あ、綾瀬管理官! 本庁のエリートであるあなたが、こんな男の証拠もない妄想に肩を貸すつもりですか!」
高山が噛みつくように言ったが、綾瀬は微動だにせず、冷静に反論した。
「過去の公式な接点。そして、これまでのテロリストの標的選定のロジックを照らし合わせれば、真下の推測には極めて高い妥当性があります。我々に必要なのは、政治家の身辺を洗うための犯罪証拠ではありません。次のテロを防ぐための『予測』です。本部長、感情論で動くべきではありません」
綾瀬の声は氷のように冷たく、その論理には逃げ道がなかった。
「我々はすでに、国内有数のゼネコン社長と、現職の国会議員を爆殺されています。もし正午、本当に佐々木議員の名前が発表され、その後、松濤の私邸で木っ端微塵になったらどうなりますか」
綾瀬は一度言葉を切り、高山を真っ直ぐに見据えた。
「『捜査本部は、事前に標的の法則性を推測し得る材料を得ていながら、政治家への忖度と面子のために警告を怠った』。この事実が明るみに出れば、本部長、あなたの警察生命は完全に絶たれる。警視庁上層部も、総辞職を免れないでしょう」
「な……っ」
高山の顔から、さっと血の気が引いた。
権力に固執する彼にとって、『自分自身の破滅』という現実的な可能性ほど恐ろしい劇薬はない。
それでも、大物政治家をテロの標的と断定して警察を送り込むことには大きなリスクがある。高山が冷や汗を滲ませたまま口籠もった、その隙だった。
「……本部長! 綾瀬管理官のおっしゃる通りかもしれません!」
突然、声を上げたのは、つい先ほどまで私の腕を掴もうとしていた郷田だった。
その目には、獲物を見つけたハイエナのような濁った光が浮かんでいた。綾瀬の論理を聞いた瞬間、郷田は頭の中で、自分の出世と保身にとって何が最も得になるのかを弾き出したのだ。
(……もし本当に佐々木が狙われていて、俺がいち早く駆けつけて救い出せば、『政界のドンをテロリストから守った英雄』として、俺の失墜した評価は一気に覆る)
そんな打算が、顔にまで透けて見えるようだった。
郷田は私から手を離すと、高山に向かって恭しく頭を下げた。
「本部長! 真下の直感は、時に馬鹿にできない結果をもたらします。万が一、佐々木先生の身に何かあれば、我々特捜本部の責任問題です。ここは私にお任せください。私が真下に同行し、こいつが佐々木先生に無礼を働かないよう厳重に監視しつつ、テロの脅威から先生の安全を確保してまいります!」
「ご、郷田……お前が直接行くというのか?」
「はい! 全責任は、この私が持ちます! 先生の保護という『大義名分』があれば、誰も文句は言えません!」
郷田の提案は、高山にとってまさに渡りに船だった。
現場の郷田が全責任を負う。それなら、仮に空振りに終わっても、最悪の場合は郷田に責任を押しつければいい。完璧な逃げ道を得たことで、高山の強張っていた肩から、目に見えて力が抜けた。
「……チッ。分かった、許可する! だが郷田、佐々木先生のご機嫌を損ねるような真似だけは絶対にさせるなよ! もしこれが空振りだったら、お前も真下も揃って何かしらの罰則あると思え!」
「はっ! 承知いたしました!」
高山がしぶしぶ了承した瞬間、郷田は振り返り、私に向かって勝ち誇ったような傲慢な笑みを浮かべた。
「聞いたな、真下! お前の手綱は俺が握る。俺の指示なしに勝手な口を利くことは許さんぞ。行くぞ!」
私は無言で頷いた。
先に足早に歩き出した郷田の背中を、綾瀬管理官が冷ややかな目で見送っていた。そして、私がその横を通り過ぎようとした時、綾瀬はほんの僅かに顎を引いた。
言葉はなかったが、その目は明確に告げていた。
――あとは頼んだ。
私は深く一礼し、郷田と共に全速力で特捜本部を飛び出した。
私がそう言い切った瞬間、それまで道場を満たしていた喧騒が、水を打ったように静まり返った。五十名近い捜査員たちの視線が、一斉に私へ突き刺さる。
「き、貴様……何を馬鹿なことを言っている!!」
直属の上司である郷田が、顔面を蒼白にして叫んだ。
「佐々木先生がターゲットだと!? 貴様、何の根拠があってそんな妄言を吐いている!」
「根拠は、これまでの被害者にある強固な『繋がり』です!」
私は怯むことなく、デスクに広げた相関図を力強く指差した。
「爆殺された天楽建設の社長、そして久我晃生。久我晃生は議員になる前、佐々木副大臣の秘書を務めていました。そして天楽建設は、古くから佐々木派閥の有力な支援企業です。つまり、これまで殺された二人の中心には、共通して『佐々木義泰』という大物政治家が存在している!」
「だ、だから何だと言うんだ!」
上座に座っていた高山本部長が、顔を真っ赤にして机を叩きつけた。
「秘書と支援企業が狙われたからといって、佐々木先生本人が狙われる理由にはならん! それに、次なるターゲットの罪名は『虚偽(ウソ)』だ! 先生のどこに嘘があると言うんだ!!」
その怒号には、明らかな焦りが混じっていた。
高山は間違いなく、十五年前に揉み消された何かを連想している。だが、私はあえてそのタブーの核心には触れず、犯人の異常な思考そのものを根拠に押し切ることにした。
「俺は、佐々木議員が現実に罪を犯していると言っているんじゃない! テロリストが、狂った妄想の中で彼を標的にしている。と言っているんです!」
私は高山の目を真っ向から見据え、声を張り上げた。
「犯人は特権階級を憎悪し、『七つの大罪』に見立てて私刑を下している異常者です。奴の歪んだロジックから見れば、これまでの被害者たちの接点であり、大衆の目を最も惹きつける大物政治家こそが、何か巨大な『虚偽』の中心にいる巨悪だと認定されてもおかしくない! 今すぐ松濤の私邸へ部隊を送り込み、佐々木議員を保護しなければ、確実に狙われます!」
「ええい、黙れと言っている! ただのプロファイリングの妄想で、国家の重鎮の家に踏み込めるか! 郷田! こいつをつまみ出せ!!」
高山が激昂し、郷田が私の腕を掴もうとした、まさにその時だった。
「――本部長。真下の言う通りです」
低く、それでいて絶対的な冷気を帯びた声が、高山の怒号をぴしゃりと遮った。
綾瀬管理官だった。
綾瀬は瞳を鋭く細め、私が置いた資料と相関図をじっと見下ろしている。
「あ、綾瀬管理官! 本庁のエリートであるあなたが、こんな男の証拠もない妄想に肩を貸すつもりですか!」
高山が噛みつくように言ったが、綾瀬は微動だにせず、冷静に反論した。
「過去の公式な接点。そして、これまでのテロリストの標的選定のロジックを照らし合わせれば、真下の推測には極めて高い妥当性があります。我々に必要なのは、政治家の身辺を洗うための犯罪証拠ではありません。次のテロを防ぐための『予測』です。本部長、感情論で動くべきではありません」
綾瀬の声は氷のように冷たく、その論理には逃げ道がなかった。
「我々はすでに、国内有数のゼネコン社長と、現職の国会議員を爆殺されています。もし正午、本当に佐々木議員の名前が発表され、その後、松濤の私邸で木っ端微塵になったらどうなりますか」
綾瀬は一度言葉を切り、高山を真っ直ぐに見据えた。
「『捜査本部は、事前に標的の法則性を推測し得る材料を得ていながら、政治家への忖度と面子のために警告を怠った』。この事実が明るみに出れば、本部長、あなたの警察生命は完全に絶たれる。警視庁上層部も、総辞職を免れないでしょう」
「な……っ」
高山の顔から、さっと血の気が引いた。
権力に固執する彼にとって、『自分自身の破滅』という現実的な可能性ほど恐ろしい劇薬はない。
それでも、大物政治家をテロの標的と断定して警察を送り込むことには大きなリスクがある。高山が冷や汗を滲ませたまま口籠もった、その隙だった。
「……本部長! 綾瀬管理官のおっしゃる通りかもしれません!」
突然、声を上げたのは、つい先ほどまで私の腕を掴もうとしていた郷田だった。
その目には、獲物を見つけたハイエナのような濁った光が浮かんでいた。綾瀬の論理を聞いた瞬間、郷田は頭の中で、自分の出世と保身にとって何が最も得になるのかを弾き出したのだ。
(……もし本当に佐々木が狙われていて、俺がいち早く駆けつけて救い出せば、『政界のドンをテロリストから守った英雄』として、俺の失墜した評価は一気に覆る)
そんな打算が、顔にまで透けて見えるようだった。
郷田は私から手を離すと、高山に向かって恭しく頭を下げた。
「本部長! 真下の直感は、時に馬鹿にできない結果をもたらします。万が一、佐々木先生の身に何かあれば、我々特捜本部の責任問題です。ここは私にお任せください。私が真下に同行し、こいつが佐々木先生に無礼を働かないよう厳重に監視しつつ、テロの脅威から先生の安全を確保してまいります!」
「ご、郷田……お前が直接行くというのか?」
「はい! 全責任は、この私が持ちます! 先生の保護という『大義名分』があれば、誰も文句は言えません!」
郷田の提案は、高山にとってまさに渡りに船だった。
現場の郷田が全責任を負う。それなら、仮に空振りに終わっても、最悪の場合は郷田に責任を押しつければいい。完璧な逃げ道を得たことで、高山の強張っていた肩から、目に見えて力が抜けた。
「……チッ。分かった、許可する! だが郷田、佐々木先生のご機嫌を損ねるような真似だけは絶対にさせるなよ! もしこれが空振りだったら、お前も真下も揃って何かしらの罰則あると思え!」
「はっ! 承知いたしました!」
高山がしぶしぶ了承した瞬間、郷田は振り返り、私に向かって勝ち誇ったような傲慢な笑みを浮かべた。
「聞いたな、真下! お前の手綱は俺が握る。俺の指示なしに勝手な口を利くことは許さんぞ。行くぞ!」
私は無言で頷いた。
先に足早に歩き出した郷田の背中を、綾瀬管理官が冷ややかな目で見送っていた。そして、私がその横を通り過ぎようとした時、綾瀬はほんの僅かに顎を引いた。
言葉はなかったが、その目は明確に告げていた。
――あとは頼んだ。
私は深く一礼し、郷田と共に全速力で特捜本部を飛び出した。
