『残念ながら、俺の手元にも、それを完全に裏付けるダミー団体の全リストや、決定的な証拠データまでは残っていない』
カラスが、電子音の向こうで忌々しそうに鼻を鳴らした。
『完璧に揉み消された事件だからね。当時の連中が物理的に記録を消したか、あるいは絶対にネットへ繋がらないオフラインの金庫へでも隠したんだろう』
一拍置き、声がさらに低くなる。
『ただし、ディープウェブの底へ残された不自然な資金移動の偏りと、当時の人脈、企業と後援会の繋がりをパズルのように組み合わせていくと、影の終着点は一人の男へ行き着く』
私はすぐに答えた。
「……その政治家が、佐々木義泰か」
『ご名答』
やはり。
胸の奥がざわついた。
『ただ、佐々木は表向きの「集金マシン」に過ぎない。奴がここまでのし上がれたのは、すべて次期総理候補――久我晃一郎の引き上げがあったからだ』
「久我晃一郎……」
『佐々木は久我の忠実な手足であり、必要なら自分が泥を被るための強固な防波堤だ。久我晃一郎が次期総理の座を確実なものにするため築き上げた政治基盤。その足元には、佐々木という便利な傀儡と、十五年前に桜工事部長が流した血で汚れた金がある』
頭の中で、ばらばらだったパズルのピースが一気に繋がった。
強欲(グリード)として燃やされた天楽建設の社長。
十五年前、自社の工事部長へ責任を押しつけ、死に追いやった。その裏で佐々木を経由し、久我派閥へ莫大な資金を流し込んでいた。
そして、暴食(グラトニー)として処刑された久我晃生。
彼は、その血塗られた金の上に築かれた権力の甘い汁を吸い、佐々木の秘書として「特等席」への階段を上っていった。
犯人が、この二人を選んだ理由。
そこへ一本の線が見え始めていた。
『……それと、もう一つ』
不意にカラスの声から、いつもの飄々とした響きが消えた。
『すべてを被らされて自殺した桜工事部長には、当時、一人の子供がいたらしい』
「子供……?」
『ああ。当時の年齢は十九歳』
私は足を止めた。
『どうやら、当時の俺と同い年だったみたいだ』
その一言には、同じ時代を生き、今もネットの深い闇の中を歩いている者としての、痛切な共感が滲んでいた。
『自分の親が、政治家たちの保身のために汚職の全責任を押しつけられ、自殺へ追い込まれた』
カラスは静かに続けた。
『その地獄を、俺と同じ十九歳で味わったんだ』
「……」
『もし、その子供が今も生きているなら、現在三十四歳。復讐のためにこれほど狂気的なシステムを組み上げ、連続テロを実行するには、十分すぎる動機と年齢じゃないか?』
私は奥歯を強く噛み締めた。
私が十七歳だった頃。
父と弟を数年前に失い、自分の無力さに打ちひしがれていた。
別の場所では、一人の十九歳の若者が、父親を奪われていた。
密室にいた大人たちは、自分たちの身を守るために一人の人間へすべての罪を押しつけ、命まで切り捨てた。
そしてその嘘を守るため、一人の若者の未来まで徹底的に踏みにじった。
もしその男が犯人なのだとしたら、この異常なまでの怒り、特権階級への憎悪『椅子』への執着。
その根源は権力者たちが保身のためについた、十五年前の巨大な嘘にある。
『真下、犯人は単に、現代の特権階級そのものを憎んでいるんじゃない』
「……ああ」
『十五年前の事件へ関わり、桜工事部長を踏み台にして生き延びた人間たちを、順番に選んで処刑していくのかも知れない』
私は黙ったまま、拳を握り締めた。
『そして』
一拍。
『今回の罪名は――「虚偽(ウソ)」だ』
「……分かった。礼を言うぞ、カラス」
私は通話を切り、深く息を吸った。新宿署に戻った。
* * *
午前十一時。
特捜本部の道場へ戻った私は、自席の端末を猛烈な勢いで叩いていた。
十五年前の天楽建設に関する新聞記事。
当時の事件に関わる情報を、手当たり次第に洗い出した。
カラスから得た情報をそのまま持ち込むわけにはいかない。だから私は、表に出ている合法的な公開情報だけを使い、裏で聞いた話をどこまで裏付けられるか一つずつ確認していった。
しかし、カラスの言った通りだった。
十五年前の裏金事件と佐々木義泰を直接結びつける、決定的な証拠はどこからも出てこない。
ネット上の不都合な記録は、完全に消し去られていた。
だが、すべてが消えているわけではなかった。
天楽建設が、佐々木義泰を長年支えてきた有力な支援団体の一つであったこと、そして殺された久我晃生が、かつて佐々木義泰の秘書を務めていたこと、この二つだけは誰にも消すことのできない、公の記録として残っていた。
「……繋がった」
私は集めた資料のコピーをまとめて掴んだ。
さらに赤ペンを取り出し、人物と金の流れを一枚の紙へ書き殴る。
天楽建設。
桜工事部長。
佐々木義泰。
久我晃一郎。
久我晃生。
それぞれを太い赤線で結んだ。
完成した相関図を持ち、私は道場の中央へ向かった。
そこには陣頭指揮を執る綾瀬管理官と、その隣で焦燥感を隠そうともせず立っている郷田管理官、そして報告を受けるために姿を見せていた高山捜査本部長がいた。
私は三人の前まで進むと、集めた資料と、自ら赤ペンで書き殴った相関図をデスクの上へ置いた。
カラスが、電子音の向こうで忌々しそうに鼻を鳴らした。
『完璧に揉み消された事件だからね。当時の連中が物理的に記録を消したか、あるいは絶対にネットへ繋がらないオフラインの金庫へでも隠したんだろう』
一拍置き、声がさらに低くなる。
『ただし、ディープウェブの底へ残された不自然な資金移動の偏りと、当時の人脈、企業と後援会の繋がりをパズルのように組み合わせていくと、影の終着点は一人の男へ行き着く』
私はすぐに答えた。
「……その政治家が、佐々木義泰か」
『ご名答』
やはり。
胸の奥がざわついた。
『ただ、佐々木は表向きの「集金マシン」に過ぎない。奴がここまでのし上がれたのは、すべて次期総理候補――久我晃一郎の引き上げがあったからだ』
「久我晃一郎……」
『佐々木は久我の忠実な手足であり、必要なら自分が泥を被るための強固な防波堤だ。久我晃一郎が次期総理の座を確実なものにするため築き上げた政治基盤。その足元には、佐々木という便利な傀儡と、十五年前に桜工事部長が流した血で汚れた金がある』
頭の中で、ばらばらだったパズルのピースが一気に繋がった。
強欲(グリード)として燃やされた天楽建設の社長。
十五年前、自社の工事部長へ責任を押しつけ、死に追いやった。その裏で佐々木を経由し、久我派閥へ莫大な資金を流し込んでいた。
そして、暴食(グラトニー)として処刑された久我晃生。
彼は、その血塗られた金の上に築かれた権力の甘い汁を吸い、佐々木の秘書として「特等席」への階段を上っていった。
犯人が、この二人を選んだ理由。
そこへ一本の線が見え始めていた。
『……それと、もう一つ』
不意にカラスの声から、いつもの飄々とした響きが消えた。
『すべてを被らされて自殺した桜工事部長には、当時、一人の子供がいたらしい』
「子供……?」
『ああ。当時の年齢は十九歳』
私は足を止めた。
『どうやら、当時の俺と同い年だったみたいだ』
その一言には、同じ時代を生き、今もネットの深い闇の中を歩いている者としての、痛切な共感が滲んでいた。
『自分の親が、政治家たちの保身のために汚職の全責任を押しつけられ、自殺へ追い込まれた』
カラスは静かに続けた。
『その地獄を、俺と同じ十九歳で味わったんだ』
「……」
『もし、その子供が今も生きているなら、現在三十四歳。復讐のためにこれほど狂気的なシステムを組み上げ、連続テロを実行するには、十分すぎる動機と年齢じゃないか?』
私は奥歯を強く噛み締めた。
私が十七歳だった頃。
父と弟を数年前に失い、自分の無力さに打ちひしがれていた。
別の場所では、一人の十九歳の若者が、父親を奪われていた。
密室にいた大人たちは、自分たちの身を守るために一人の人間へすべての罪を押しつけ、命まで切り捨てた。
そしてその嘘を守るため、一人の若者の未来まで徹底的に踏みにじった。
もしその男が犯人なのだとしたら、この異常なまでの怒り、特権階級への憎悪『椅子』への執着。
その根源は権力者たちが保身のためについた、十五年前の巨大な嘘にある。
『真下、犯人は単に、現代の特権階級そのものを憎んでいるんじゃない』
「……ああ」
『十五年前の事件へ関わり、桜工事部長を踏み台にして生き延びた人間たちを、順番に選んで処刑していくのかも知れない』
私は黙ったまま、拳を握り締めた。
『そして』
一拍。
『今回の罪名は――「虚偽(ウソ)」だ』
「……分かった。礼を言うぞ、カラス」
私は通話を切り、深く息を吸った。新宿署に戻った。
* * *
午前十一時。
特捜本部の道場へ戻った私は、自席の端末を猛烈な勢いで叩いていた。
十五年前の天楽建設に関する新聞記事。
当時の事件に関わる情報を、手当たり次第に洗い出した。
カラスから得た情報をそのまま持ち込むわけにはいかない。だから私は、表に出ている合法的な公開情報だけを使い、裏で聞いた話をどこまで裏付けられるか一つずつ確認していった。
しかし、カラスの言った通りだった。
十五年前の裏金事件と佐々木義泰を直接結びつける、決定的な証拠はどこからも出てこない。
ネット上の不都合な記録は、完全に消し去られていた。
だが、すべてが消えているわけではなかった。
天楽建設が、佐々木義泰を長年支えてきた有力な支援団体の一つであったこと、そして殺された久我晃生が、かつて佐々木義泰の秘書を務めていたこと、この二つだけは誰にも消すことのできない、公の記録として残っていた。
「……繋がった」
私は集めた資料のコピーをまとめて掴んだ。
さらに赤ペンを取り出し、人物と金の流れを一枚の紙へ書き殴る。
天楽建設。
桜工事部長。
佐々木義泰。
久我晃一郎。
久我晃生。
それぞれを太い赤線で結んだ。
完成した相関図を持ち、私は道場の中央へ向かった。
そこには陣頭指揮を執る綾瀬管理官と、その隣で焦燥感を隠そうともせず立っている郷田管理官、そして報告を受けるために姿を見せていた高山捜査本部長がいた。
私は三人の前まで進むと、集めた資料と、自ら赤ペンで書き殴った相関図をデスクの上へ置いた。
