犯人は明確な意図を持って久我を『大罪人』と定義し、一人になる時間まで正確に把握したうえで隠しカメラを仕掛け、確実に殺害した。
そこまでして標的に選ぶだけの理由が、必ずあるはずだ。
そして、その答えは久我晃生が『佐々木副大臣の秘書』として過ごしていた時代に隠されているのではないか。
私は焼香台の前へ進み、白い粉を指先でつまんで香炉へ落とした。
細い煙が、ゆっくりと立ち上っていく。
(私の決断が、あなたを巻き込んでしまった。本当に……申し訳ない)
心の中で深く謝り、顔を上げた。
その時、遺族席の最前列に座る久我晃一郎と、一瞬だけ目が合ったような気がした。
息子を失った父親のはずだった。
それなのに、その横顔には悲壮感がほとんど見えない。
私は久我へ深く一礼し、そのまま踵を返した。
犯人は、ただの愉快犯ではない。
人間の命を秤へ乗せるだけではなく、そこから生まれる罪悪感まで計算し、それさえ盤上の駒として弄ぶ底知れない化け物だ。
私が郷田を救った結果、この男が死んだ。
その十字架を、これから一生背負うことになったとしても構わない。
だからこそ、もうこれ以上、誰かの命が黙って奪われるのを見過ごすわけにはいかなかった。
どれほど泥水をすすうことになっても、必ず真実へ辿り着く。
私はそう胸の中で決意し、雨とマスコミのフラッシュが待ち受ける外の世界へ向かって歩き出した。
この戦いは、まだ始まったばかりだった。
* * *
斎場を出た私は車のドアロックを解除し、運転席へ滑り込んだ。
その瞬間、助手席へ置いていた私用のスマートフォンが短く震え、白い光を放った。
画面に表示されているのは『非通知』。
だが、着信音を聞いた瞬間、普通の電話ではないと分かった。私が独自に設定している暗号化通信アプリの特殊なコール音だった。
私は車のドアを閉めた。
それまで耳へ直接叩きつけられていた雨音が、一気に遠ざかる。
数秒ほど画面を見つめたあと、通話ボタンを押した。
「……真下だ」
ほとんど間を置かず、低く加工された電子音声が返ってきた。
『ごきげんよう、真下刑事。謹慎中の身にしては、ずいぶんと忙しそうに走り回っているようだね』
裏の情報屋――『カラス』。
江東区の地下施設にあったシステム中枢へ私が辿り着くための情報を与えてくれた、唯一と言っていい協力者だ。
「……謹慎は解けた。今日から捜査に復帰している」
私は小さく息を吐いた。
「無駄口を叩いている暇はない。昨日のゲートウェイの解析とは別に……」
私はシートベルトを引き出しながら、声を低くした。
「一つ、至急洗ってほしい裏がある。天楽建設の社長爆殺と、今回の久我晃生議員の爆殺だ。警察上層部も世間も、特権階級を狙った無差別テロだと騒いでいるが、私はそうは思わない」
私は雨に濡れたフロントガラスを見つめながら、言葉を続けた。
「犯人は、この二人をピンポイントで『大罪人』として選んだはずだ。天楽建設の社長と久我晃生。この二人の間に、表には出ていない接点(リンク)がないか、徹底的に洗ってほしい」
電話の向こうで、カラスが面白そうに喉を鳴らす気配がした。
『なるほど。二つの事件を繋いでいる、見えない糸を探り当てようというわけか』
「ああ」
『……いいだろう。久我家と大手ゼネコンの暗部ともなれば、守りも並じゃない。少し時間はかかるだろうが、調べてみよう』
「頼む」
『ああ。それと、一つ忠告だ。真下』
カラスの声から、先ほどまでの軽さが消えた。
『君はいま、底なし沼の縁を歩いている。今回の犯人は単なるハッカーじゃない。物理的な爆破工作、大衆心理のコントロール、そして警察内部の情報へのアクセス。それらを一つの計画として完璧に統率している』
私は黙って耳を傾けた。
『恐るべき怪物だよ。……後ろから突き落とされないよう、せいぜい気をつけることだね』
プツン、と通信が途絶えた。
私は暗くなったスマートフォンの画面をしばらく見つめ、深く息を吐いた。
カラスの言う通りだった。
警察の動きを先読みし、久我晃生の行動予定まで把握したうえで確実に仕留めた手口。サイバー空間からの情報収集だけで、あそこまで完璧に現実の人間を追跡できるとは思えない。
警視庁内部に、犯人と繋がっている『モグラ――内通者』がいる。
その可能性は、もはや疑いではなくなりつつあった。
だとすれば、特捜本部にいる人間だからといって信用するわけにはいかない。誰が味方で、誰が犯人へ情報を流しているのか分からない以上、自分の足で、一人でこの迷宮を歩くしかなかった。
私はエンジンをかけた。
暖房が効き始めた車内でワイパーを動かした、その時だった。
再びスマートフォンが、けたたましい通知音を鳴らした。
「……今度は何だ」
着信ではない。
画面を埋め尽くすように、無数のプッシュ通知が滝のように流れ込んできていた。
『特設サイト【大罪の椅子】が更新されました』
『第二の罪・暴食の処刑完了。特等席は空いた。』
「……っ」
私は舌打ちし、通知をタップした。
そこまでして標的に選ぶだけの理由が、必ずあるはずだ。
そして、その答えは久我晃生が『佐々木副大臣の秘書』として過ごしていた時代に隠されているのではないか。
私は焼香台の前へ進み、白い粉を指先でつまんで香炉へ落とした。
細い煙が、ゆっくりと立ち上っていく。
(私の決断が、あなたを巻き込んでしまった。本当に……申し訳ない)
心の中で深く謝り、顔を上げた。
その時、遺族席の最前列に座る久我晃一郎と、一瞬だけ目が合ったような気がした。
息子を失った父親のはずだった。
それなのに、その横顔には悲壮感がほとんど見えない。
私は久我へ深く一礼し、そのまま踵を返した。
犯人は、ただの愉快犯ではない。
人間の命を秤へ乗せるだけではなく、そこから生まれる罪悪感まで計算し、それさえ盤上の駒として弄ぶ底知れない化け物だ。
私が郷田を救った結果、この男が死んだ。
その十字架を、これから一生背負うことになったとしても構わない。
だからこそ、もうこれ以上、誰かの命が黙って奪われるのを見過ごすわけにはいかなかった。
どれほど泥水をすすうことになっても、必ず真実へ辿り着く。
私はそう胸の中で決意し、雨とマスコミのフラッシュが待ち受ける外の世界へ向かって歩き出した。
この戦いは、まだ始まったばかりだった。
* * *
斎場を出た私は車のドアロックを解除し、運転席へ滑り込んだ。
その瞬間、助手席へ置いていた私用のスマートフォンが短く震え、白い光を放った。
画面に表示されているのは『非通知』。
だが、着信音を聞いた瞬間、普通の電話ではないと分かった。私が独自に設定している暗号化通信アプリの特殊なコール音だった。
私は車のドアを閉めた。
それまで耳へ直接叩きつけられていた雨音が、一気に遠ざかる。
数秒ほど画面を見つめたあと、通話ボタンを押した。
「……真下だ」
ほとんど間を置かず、低く加工された電子音声が返ってきた。
『ごきげんよう、真下刑事。謹慎中の身にしては、ずいぶんと忙しそうに走り回っているようだね』
裏の情報屋――『カラス』。
江東区の地下施設にあったシステム中枢へ私が辿り着くための情報を与えてくれた、唯一と言っていい協力者だ。
「……謹慎は解けた。今日から捜査に復帰している」
私は小さく息を吐いた。
「無駄口を叩いている暇はない。昨日のゲートウェイの解析とは別に……」
私はシートベルトを引き出しながら、声を低くした。
「一つ、至急洗ってほしい裏がある。天楽建設の社長爆殺と、今回の久我晃生議員の爆殺だ。警察上層部も世間も、特権階級を狙った無差別テロだと騒いでいるが、私はそうは思わない」
私は雨に濡れたフロントガラスを見つめながら、言葉を続けた。
「犯人は、この二人をピンポイントで『大罪人』として選んだはずだ。天楽建設の社長と久我晃生。この二人の間に、表には出ていない接点(リンク)がないか、徹底的に洗ってほしい」
電話の向こうで、カラスが面白そうに喉を鳴らす気配がした。
『なるほど。二つの事件を繋いでいる、見えない糸を探り当てようというわけか』
「ああ」
『……いいだろう。久我家と大手ゼネコンの暗部ともなれば、守りも並じゃない。少し時間はかかるだろうが、調べてみよう』
「頼む」
『ああ。それと、一つ忠告だ。真下』
カラスの声から、先ほどまでの軽さが消えた。
『君はいま、底なし沼の縁を歩いている。今回の犯人は単なるハッカーじゃない。物理的な爆破工作、大衆心理のコントロール、そして警察内部の情報へのアクセス。それらを一つの計画として完璧に統率している』
私は黙って耳を傾けた。
『恐るべき怪物だよ。……後ろから突き落とされないよう、せいぜい気をつけることだね』
プツン、と通信が途絶えた。
私は暗くなったスマートフォンの画面をしばらく見つめ、深く息を吐いた。
カラスの言う通りだった。
警察の動きを先読みし、久我晃生の行動予定まで把握したうえで確実に仕留めた手口。サイバー空間からの情報収集だけで、あそこまで完璧に現実の人間を追跡できるとは思えない。
警視庁内部に、犯人と繋がっている『モグラ――内通者』がいる。
その可能性は、もはや疑いではなくなりつつあった。
だとすれば、特捜本部にいる人間だからといって信用するわけにはいかない。誰が味方で、誰が犯人へ情報を流しているのか分からない以上、自分の足で、一人でこの迷宮を歩くしかなかった。
私はエンジンをかけた。
暖房が効き始めた車内でワイパーを動かした、その時だった。
再びスマートフォンが、けたたましい通知音を鳴らした。
「……今度は何だ」
着信ではない。
画面を埋め尽くすように、無数のプッシュ通知が滝のように流れ込んできていた。
『特設サイト【大罪の椅子】が更新されました』
『第二の罪・暴食の処刑完了。特等席は空いた。』
「……っ」
私は舌打ちし、通知をタップした。
