『ここにあったのは、大衆の投票結果を受け取り、現在トップだった郷田管理官の椅子へ向けて、現実世界側の処刑システムを作動させるための【第一ゲートウェイ】に過ぎない』
「……第一?」
心臓を氷の刃で撫でられたような悪寒が走った。
『四人の大罪人へ用意した公開処刑だ。当然、そのための中継地点も一つだけじゃない』
「まさか……」
『残り三人のための設備は、東京の別々の場所へ、それぞれ独立して隠してある』
「な……」
私はモニターへ詰め寄った。
「別の場所だと!?」
『考えてみれば分かるだろう?』
犯人の声は静かだった。
『四十万人近い大衆が注ぎ込んだ熱狂――いや、殺意が、中継設備を一つ壊した程度で綺麗に消えてなくなると思ったのかい?』
モニターの降車ボタンが点滅を始める。
『第一ゲートウェイが破壊された場合に作動するフェイルセーフ』
「……」
『第一候補を対象外にすると同時に、次点――第二候補を繰り上げる』
「……なんだと!」
血の気が引いた。
『君が第一の通信を止めたことで、システムは郷田を「対象外」と判断した』
「やめろ……」
『そして行き場を失った十五万人の熱狂は、その瞬間、次点へ移った』
「やめろ……!」
『そう』
犯人が囁く。
『今、この瞬間。東京の別の場所にある第二のゲートウェイが、第二候補側の処刑システムを待機状態へ切り替えた』
「やめろッ!!」
私は叫んだ。
第二の設備がどこにあるのか。
まったく分からない。
今から探し出す時間もない。
ましてや、どうやって止めればいいのかすら分からない。
私が「正義」のつもりで振り下ろした鉄パイプ。
それが結果として。
別の誰かの死へ繋がった?
『もう止まらないよ』
犯人の声が、冷たい地下室へ響いた。
『君が無理やり郷田の特等席を空けたせいで、次の乗客に席が回ったんだ』
一拍。
『……君自身の手でね』
「やめろッ! ふざけるな!!」
私は鉄パイプを握り締め、モニターへ怒鳴った。
だが、犯人は止まらない。
『君が振り下ろした、その「正義の鉄槌」が、どんな結果を生むのか』
「……」
『君自身が選んだ結果だ』
静かな声。
『ゆっくり、特等席から見届けるといい』
プツン、無機質な音、モニターが完全に消えた。
あとに残ったのは、冷たい地下室とカビと錆の匂い。
そして。
遠く離れたどこかで、いままさに失われようとしている命へ何もできないという、取り返しのつかない無力感だけだった。
* * *
それから数時間後。
午後三時。
私は雨の降りしきる路肩へ車を停め、ワイパーが弾く泥水をぼんやりと見つめながら、ハンドルへ突っ伏していた。
身体の震えが止まらない。
カーラジオから流れる無機質なニュース音声が、頭の奥をゆっくりと削っていく。
『――臨時ニュースをお伝えします。本日午後二時四十分頃、都内の市民ホールにて、次期選挙に向けて演説を行う予定だった若手衆議院議員の控室で、爆発が発生しました』
アナウンサーの声が、ひどく遠く聞こえた。
被害者は、アンケートで郷田に次ぐ二位。
十二万人の殺意を集めていた『暴食』の大罪人だった。
爆発は、市民ホールの控室で発生した。
主賓用に用意されていた豪奢な革張りの椅子。
そこへ、あらかじめ仕掛けが施されていたという。
正午。
私が郷田への処刑を止めた、その瞬間にシステムは第二候補へ標的を切り替えた。
そして。
その男が自分のために用意された「特等席」へ腰を下ろす瞬間を、ずっと待っていた。
『亡くなったのは――』
アナウンサーの声が、僅かに上ずった。
『政治家・久我晃一郎(くが・こういちろう)氏の御子息であり、自身も現職の二世議員である、久我晃生(くが・こうき)氏、三十一歳――』
ガンッ!
私は額をハンドルへ叩きつけた。
「あ……ああ……ッ」
喉の奥から、血を吐くような嗚咽が漏れた。
久我晃生。
その名前を聞いて。
「見ず知らずの他人が死んだ」
そう割り切れるはずがなかった。
久我家。
それは二十二年前。
父を失ったあと、私と引き離された、まだ七歳だった弟のユウが引き取られていった一族。
絶対的な権力と富を持つ家だった。
ユウは久我家へ引き取られてから、わずか三年後。
十歳の時。
滞在先の海外で、不慮の死を遂げた。
冷たい雨に密やかな葬儀、今でも鮮明に覚えている。
棺の中に氷のように冷たくなった、小さなユウの顔。
私はその身体へ縋りつき、何度名前を呼んでも返事をしない弟を前に、声が枯れるまで泣き続けた。
そして。
そんな私を当時中学生だった久我家の実の息子――晃生は、少し離れた場所から見下ろしていた。
まるで、汚らわしい虫でも見るような目、人間の温度をまるで感じさせない。
あの、底知れず冷たい瞳。
私は一日たりとも忘れたことがない。
『君が無理やり郷田の特等席を空けたせいで、次の乗客に席が回ったんだ。……君自身の手でね』
地下室で聞いた犯人の声が、頭の中で何度も繰り返された。
郷田への十五万票。
久我へ向けられた十二万票。
『色欲』へ投じられていた約八万票。
『怠惰』へ投じられた五万票。
総計。
四十万を超える、名も知らない群衆。
この巨大で狂った「死の多数決」。
私は正義だと信じてレバーを引いた。
私を不当に陥れ続けた郷田を、それでも救った。
だが。
私が十五万人分の殺意を強引に弾き飛ばした結果。
行き場を失った熱狂は、次点にいた久我へ向かった。
四十万人という、国ぐるみの巨大な狂乱。
その流れを私は、自分の「正義」という名の手で、久我へ誘導してしまったのではないか。
そんな感覚が、胸を締めつけた。
「……第一?」
心臓を氷の刃で撫でられたような悪寒が走った。
『四人の大罪人へ用意した公開処刑だ。当然、そのための中継地点も一つだけじゃない』
「まさか……」
『残り三人のための設備は、東京の別々の場所へ、それぞれ独立して隠してある』
「な……」
私はモニターへ詰め寄った。
「別の場所だと!?」
『考えてみれば分かるだろう?』
犯人の声は静かだった。
『四十万人近い大衆が注ぎ込んだ熱狂――いや、殺意が、中継設備を一つ壊した程度で綺麗に消えてなくなると思ったのかい?』
モニターの降車ボタンが点滅を始める。
『第一ゲートウェイが破壊された場合に作動するフェイルセーフ』
「……」
『第一候補を対象外にすると同時に、次点――第二候補を繰り上げる』
「……なんだと!」
血の気が引いた。
『君が第一の通信を止めたことで、システムは郷田を「対象外」と判断した』
「やめろ……」
『そして行き場を失った十五万人の熱狂は、その瞬間、次点へ移った』
「やめろ……!」
『そう』
犯人が囁く。
『今、この瞬間。東京の別の場所にある第二のゲートウェイが、第二候補側の処刑システムを待機状態へ切り替えた』
「やめろッ!!」
私は叫んだ。
第二の設備がどこにあるのか。
まったく分からない。
今から探し出す時間もない。
ましてや、どうやって止めればいいのかすら分からない。
私が「正義」のつもりで振り下ろした鉄パイプ。
それが結果として。
別の誰かの死へ繋がった?
『もう止まらないよ』
犯人の声が、冷たい地下室へ響いた。
『君が無理やり郷田の特等席を空けたせいで、次の乗客に席が回ったんだ』
一拍。
『……君自身の手でね』
「やめろッ! ふざけるな!!」
私は鉄パイプを握り締め、モニターへ怒鳴った。
だが、犯人は止まらない。
『君が振り下ろした、その「正義の鉄槌」が、どんな結果を生むのか』
「……」
『君自身が選んだ結果だ』
静かな声。
『ゆっくり、特等席から見届けるといい』
プツン、無機質な音、モニターが完全に消えた。
あとに残ったのは、冷たい地下室とカビと錆の匂い。
そして。
遠く離れたどこかで、いままさに失われようとしている命へ何もできないという、取り返しのつかない無力感だけだった。
* * *
それから数時間後。
午後三時。
私は雨の降りしきる路肩へ車を停め、ワイパーが弾く泥水をぼんやりと見つめながら、ハンドルへ突っ伏していた。
身体の震えが止まらない。
カーラジオから流れる無機質なニュース音声が、頭の奥をゆっくりと削っていく。
『――臨時ニュースをお伝えします。本日午後二時四十分頃、都内の市民ホールにて、次期選挙に向けて演説を行う予定だった若手衆議院議員の控室で、爆発が発生しました』
アナウンサーの声が、ひどく遠く聞こえた。
被害者は、アンケートで郷田に次ぐ二位。
十二万人の殺意を集めていた『暴食』の大罪人だった。
爆発は、市民ホールの控室で発生した。
主賓用に用意されていた豪奢な革張りの椅子。
そこへ、あらかじめ仕掛けが施されていたという。
正午。
私が郷田への処刑を止めた、その瞬間にシステムは第二候補へ標的を切り替えた。
そして。
その男が自分のために用意された「特等席」へ腰を下ろす瞬間を、ずっと待っていた。
『亡くなったのは――』
アナウンサーの声が、僅かに上ずった。
『政治家・久我晃一郎(くが・こういちろう)氏の御子息であり、自身も現職の二世議員である、久我晃生(くが・こうき)氏、三十一歳――』
ガンッ!
私は額をハンドルへ叩きつけた。
「あ……ああ……ッ」
喉の奥から、血を吐くような嗚咽が漏れた。
久我晃生。
その名前を聞いて。
「見ず知らずの他人が死んだ」
そう割り切れるはずがなかった。
久我家。
それは二十二年前。
父を失ったあと、私と引き離された、まだ七歳だった弟のユウが引き取られていった一族。
絶対的な権力と富を持つ家だった。
ユウは久我家へ引き取られてから、わずか三年後。
十歳の時。
滞在先の海外で、不慮の死を遂げた。
冷たい雨に密やかな葬儀、今でも鮮明に覚えている。
棺の中に氷のように冷たくなった、小さなユウの顔。
私はその身体へ縋りつき、何度名前を呼んでも返事をしない弟を前に、声が枯れるまで泣き続けた。
そして。
そんな私を当時中学生だった久我家の実の息子――晃生は、少し離れた場所から見下ろしていた。
まるで、汚らわしい虫でも見るような目、人間の温度をまるで感じさせない。
あの、底知れず冷たい瞳。
私は一日たりとも忘れたことがない。
『君が無理やり郷田の特等席を空けたせいで、次の乗客に席が回ったんだ。……君自身の手でね』
地下室で聞いた犯人の声が、頭の中で何度も繰り返された。
郷田への十五万票。
久我へ向けられた十二万票。
『色欲』へ投じられていた約八万票。
『怠惰』へ投じられた五万票。
総計。
四十万を超える、名も知らない群衆。
この巨大で狂った「死の多数決」。
私は正義だと信じてレバーを引いた。
私を不当に陥れ続けた郷田を、それでも救った。
だが。
私が十五万人分の殺意を強引に弾き飛ばした結果。
行き場を失った熱狂は、次点にいた久我へ向かった。
四十万人という、国ぐるみの巨大な狂乱。
その流れを私は、自分の「正義」という名の手で、久我へ誘導してしまったのではないか。
そんな感覚が、胸を締めつけた。
