「仕事、大変だったかい?」
カリカリに焼けた肉を頬張り、感無量の面持ちでマッコリのグラスを見つめていた私に、オモニが優しく目を細めて話しかけてきた。
「え……?」
「長年いろんな人と接してるとね、その人がドアを開けて入ってきた瞬間の空気で、大体何があったかわかるのよ。あんた、世界の終わりみたいな顔をして、自分を責めながら入ってきたからさ」
オモニの温かい口調に、ピンと張り詰めていた心の糸がぷつりと切れた。
我慢していた感情が波のように押し寄せ、喉の奥がキュッと絞られる。
「ああ……はい。もう、本当……死ぬほど嫌な思いをしました。大失敗して、恥ずかしくて、もう逃げ出したいです。こんな情けない姿じゃ、東京にも帰れない……」
「何があったの? 愚痴ならいくらでも聞くよ。ここはそういう店だから」
オモニはトングを置き、カウンターに両肘をついて、私の目線をじっと覗き込んだ。
その眼差しがあまりにも優しくて、私はぽつり、ぽつりと、溜め込んでいたドロドロとした感情を吐き出し始めた。
「地元の大きな流通会社へのプレゼンだったんです。この半年間、土日も返上して、東京の最新マーケティングデータをこれでもかと詰め込んだ、完璧な企画書を作ってきたつもりでした。これで会社での自分の評価も上がるはずだって、自信満々で……。でも、相手の部長さんに『うちの現場のこと何にも分かってない。綺麗事の提案なら東京でやってくれ』って、一蹴されてしまって……」
話しているうちに、また目頭が熱くなってくる。鼻の奥がツンと痛み、涙で視界が歪む。
「明日の朝、上司が東京から怒鳴り込んできます。私はただ、この街の熱さも、現場で毎日汗を流して働く人たちの顔も何も見ないで、自分をデキる人間だと思わせたいだけの、カッコつけた提案ばっかりしてたんです……」
絞り出すような私の告白を、オモニは黙って深く、深くうなずきながら聞いてくれた。そして、冷えたカメからトクトクと静かな音を立てて、私のグラスへマッコリを注ぎ足してくれる。
それから、目の前でジュウジュウと力強い音を立てている黒い溶岩プレートを、愛おしそうにトントンと指先で叩いた。
「ふふ。この街の熱と桜島に、ちょっと気負いすぎちゃったんじゃないの〜?」
「気負い……ですか?」
「そうよ。人間も、このお肉と同じ。自分の自信のなさとか、“デキる社員に見せたい”っていう見栄とか、“失敗したらどうしよう”っていう恐怖……そういう『余計な脂』を最初からぎゅうぎゅうに肉に付けたまま焼こうとしたって、表面ばかり黒焦げて、中は生焼けのままで食べられないでしょう?」
「あ……」
「この溶岩を見てごらん。じっくり遠赤外線で熱を通して、余分な脂をポタポタと外に落としていくから、一番おいしい『お肉本来の旨味』だけが残るの。仕事も人間関係も同じよ。カッコつけた見栄や不安の脂をポタポタと削ぎ落としたら、あんたが本当に相手に伝えたかった『一番おいしい本質』だけが、ちゃんと心に届くんだから」
じゅうじゅうと鳴る溶岩の縁から、ポタポタと下のカップへ落ちていく、透明な脂のひとしずくを見つめる。
そうか。
私は「東京から来た優秀な若手コンサルタント」という見栄と自負の脂を全身に塗りたくって、自分を実物以上に大きく見せようとしていただけだったのだ。
この街の人たちが日々何に悩み、現場で働くパートや社員さんたちがどんな思いでお客さんと向き合っているのか。そんな泥臭い熱量に真っ直ぐ向き合おうともせずに。
最新用語や綺麗なデータという鎧で身を固めていたのは、素の自分を見せて失敗するのが、ただ怖かったからだ。
肉を一口、噛み締める。じわっと広がる肉の純粋な甘み。
冷たいマッコリを一口。喉を爽やかに駆け抜ける快感。
飲み込むたびに、胃の底からポカポカとした温かいエネルギーが、全身の血を巡っていくのがわかる。情けない自分を認めたら、不思議と心が軽くなっていた。
「……オモニ、すごく美味しかったです。心まで温まりました。ごちそうさでした」
「はいよ! お腹も心も満たされたら、さっきと違ってすごく良い顔になったね」
お勘定を済ませて店の重い扉を開けると、地下から地上へ抜ける風が心地よく頬をなでた。
いつの間にか空を覆っていた桜島の煙は去り、夕立のようなさっと激しい雨が降ったあとだったようだ。
アスファルトにへばりついていた黒っぽい灰はすっかりきれいに洗い流され、濡れた路面に天文館の鮮やかなネオンがキラキラと美しく反射している。
鞄から、灰と涙で少し汚れ、角が折れ曲がった企画書を取り出す。
「……落ち込むのは、やめよう。さぁて、ホテルに帰って、ゼロから全部書き直そうかなぁ」
濡れた街並みを踏みしめる私の足取りは、店に入る前とはまるで違う、確かな力強さを取り戻していた。

