豹紋もどき

「柳田、本当に大丈夫なのか?」
 マスク越しでも草村の声は野太い。ずしんとお腹に響く。
 草村は、百八十センチはゆうに超える長身でもある。その頂には短く刈り上げた髪がちょこんと鎮座しており、マスクの隙間からは無精髭が覗いている。着古したポロシャツの上から、ビール腹が突き出している。
「…………」
「一応、医務室には言っておけよ。叩かれたところがかなり赤くなっているからな」
「…………」
 雪は無言のままだ。
 その姿を見て、草村は「はぁぁ」と盛大にため息を吐く。この学年主任にも苦手とする生徒はいるらしい。
「どうでも良いけどな、柳田。学校ではマスクをつけておけ。マスクでその赤くなった火傷の跡も隠せるだろうが……」そして彼はヒロにも鋭い視線を向ける「高等部でもマスク着用の規則は同じだろ、鏑木」
「すみません」
 ヒロは素直に頭を下げる。
 彼はスラックスのポケットから、くしゃくしゃになった自分のマスクを取り出した。
 雪もヒロの姿を見てから、自分のスカートのポケットに手を入れた。マスクをつける時に、彼女の表情が少し歪んだのは、張られた頬が痛んだからだろう。
「なぁ、鏑木。高等部のお前に頼むのも悪いが……医務室まで柳田につき添ってやってくれないか? ちょっとこのままだと心配だからな」
 草村の声は意外に優しいものだった。
「お前のクラスの先生には、俺から連絡しておく。午後の授業に少しくらい遅れても気にするな」
 草村が学年主任の職にあるのは、この辺りの気遣いができるからなのかもしれない。
「はい」とヒロは頭を下げる。
「あと、それと……ちょっとそこで待ってろ」
 草村は巨体をくねくねと動かしながら、教員の机の間を縫うように進んでいく。彼は自分の机の上のA四サイズ封筒を掴んで、再びヒロの近くに戻ってきた。
「ほら」
「なんですか、これ?」
 受け取った茶封筒は、それほど厚みはない。
「この間の保護者会の資料だ。柳田のクラス――三年一組のものだ」
 心なしか草村の視線が穏やかになっている気がした。
「鏑木のお母さんに渡してもらえるか? 保護者会には来られなかったが、一応、今の柳田の保護者と言う事になっているからな」
 ああ、とヒロは納得した。
「分かりました」
「まあ、なんだ、その……」草村は口の中をモゴモゴさせながら言う「柳田は、鏑木の家ではちゃんとやってるか?」
「それ、どう言う意味ですか?」
 雪が会話に割り込んできた。
 草村は眉根を寄せて、言葉を逡巡している。
「お前が鏑木のお母さんとうまくやっているかって事なんだけどな……」
「仲は悪くないです」雪は淡々と答える。
「ああ、それなら良いんだ」
「悪くなりようがありませんから」
 ん? と草村は首を傾げる。
 ただ、これ以上余計な詮索をすると面倒になりそうだと思ったのか、
「じゃあ、鏑木、柳田の事を頼んだぞ」
 彼は短く刈り込んだ頭を撫でながら、自席に戻っていった。