放課後、萱と一緒に録音したスマホの音源を聞く。
「スゲー、ちゃんと録音されてるじゃん」
「ポケットの中でも収音できるんだね」
一語一句、漏れずに聞くことができた。
それだけで、満足していた。
「それにしても、キメーな、あいつ。ホントになんで捕まらないんだ?」
「校長が弱みを握られているとか? 私立の先生は公務員じゃないから、他の学校で問題を起こしていても歴には残らないって聞いたことはある」
「でも、戸谷は大卒ですぐここ来たんだろ? 物好きだなーと思ったけど、若い男を求めてってことだったのかもな。自分で言っていて鳥肌立ったわ!」
でも、どうして僕なんだろうか。
それが一向に解せなかった。
もっと顔が良い生徒はいるのに。
「相馬先輩は狙われなかったのかな?」
「ああ、タイプじゃなかったんじゃね? お前みたいに反発しなさそうな、大人しくて可愛い顔が狙いやすいのかもな」
「ゲーっ……分析されるだけでキモいよ」
駅のホームに立つ。
家に帰るのも憂鬱、学校に来るのも憂鬱。
昨日、知らない行き先のバスに乗って、よくわからない駅に降りた時の、何か解放されたような気持ちを思い出した。
どこか知らない場所へ行きたい。
漠然と、そんな考えが浮かんだ。
「……萱」
「ん?」
「夏休み、家出しようと思う」
「はぁ? 家出? ってお前何言ってんの?」
「家出するのに、人に話しちゃダメだよな……」
自分で口にしながら、気持ちはもう揺るがなかった。
「……いいな、家出。俺が隣にいる余地はありか?」
「え!」
横に立つ、萱の顔を見上げた。
してやったり、というような笑顔を見せられた。
「……ありだ」
入って来た電車の窓に映った二人の口角は、最大限上がって見えた。
🔸🔸🔸
――よくこのFBがわかったなー。元気にしてるか? 俺は元気だ
「きた! 塚田先生からきた!」
返信が届いていた。
やっぱり療養なんかじゃないんだ!
――先生、お元気なんですね! 良かった。病気療養で休職されたと説明されました。じゃあ、やっぱり戸谷先生の件が原因ですか? 先生が居なくなって僕の味方は友達の萱だけになってしまいました。僕は追いつめられています
正直、ここまで書いていいのか迷ったけど、指が勝手に入力していた。
でも、辛いのは事実だ。
――お前のせいじゃないぞ。それだけは言っておく。前々から校長ともいざこざがあっての今だ。気にするな! もうすぐ夏休みだろ、気分転換は大事だぞ。島谷の絵がまた見たいな
――先生は今どこで何をされているんですか?
――田舎にいる。自給自足の生活をしてみたくてな
家出……
僕は思ったことをありのまま先生に伝えた。
――夏休み、先生のところへ行ってもいいですか?
あまりにも自分勝手な文言に、一瞬引いた。
先生の気持ちを無視しているような気がして。
――来いよ。招待してやる
ホントに?
僕はスマホの画面から目を離せずにいた。
それは、僕の家出が決まった瞬間だった。
🔸🔸🔸
終業式が終わり、逃げるように校舎を出た。
また、戸谷先生に捕まらないように。
僕は萱に塚田先生と連絡がついたことを話した。
「田舎かー。なんか、塚田っぽいな。校長とも合わない感じはするよな。そもそもなんでウチの学校に来たんだろうな」
「僕もそれが不思議。だから聞いてこようかと思って」
「は? どこで、誰に聞くんだ?」
「塚田先生のところに行って、聞いてくる」
僕の言葉に、萱はわかりやすいほど唖然としていた。
「え、どういう意味だよ? お前、塚田のところに行くの?」
「そう。家出の行く先は塚田先生のところだ」
「マジか!」
僕は萱が一緒に家出をするとは、本気で考えていなかった。
僕と違って、予備校もあるし、両親が絶対許さないだろう。
だから、あの時はノリでそう言ってくれただけだと思っていた。
「じゃあ、いつ決行する?」
「は? え、お前も一緒に家出するの?」
「おお。この前そう言ったじゃん。俺は家出する気満々!」
萱はスマホを取り出して、行き先を検索し始めた。
っていうか、こっちが焦るんだけど!
「いや、だって予備校は? 親だって許さないだろ?」
「予備校は別に、俺のペースなら夏ぐらいさぼったって支障はないし、ウチの親は放任主義だから、特に問題ないだろ」
「ダメだよ! ダメ!」
「なんでお前が拒否するんだよ! 俺の意思で行くの!」
「でもさあ……」
正直、萱が一緒なのは心強かった。
でも……
萱も塚田先生みたいに、僕のせいで巻き込まれた人にはしたくなかった。
「何かあったら連帯責任だから。そう決めておけば、互いに気が楽だろ?」
「そ、そういうもんなのかな……」
「夏休みの大冒険って感じでワクワクすんじゃん! どうせ、三年になったら受験でヒーヒー言うのは目に見えてるからさ、二年の今しかこんな大それたことできねーだろ」
家出というネガティブな行為を、ここまでポジティブに捉える萱が羨ましかった。
それに、萱の言葉のひとつひとつに心がじんわりと温かくなっていた。
「うん。俺は萱が一緒にいてくれて嬉しい」
「任せておけ! 俺のアクシデントに対する適応力は半端ねーから」
「はい、はい」
暑い夏が始まろうとしていた。
「スゲー、ちゃんと録音されてるじゃん」
「ポケットの中でも収音できるんだね」
一語一句、漏れずに聞くことができた。
それだけで、満足していた。
「それにしても、キメーな、あいつ。ホントになんで捕まらないんだ?」
「校長が弱みを握られているとか? 私立の先生は公務員じゃないから、他の学校で問題を起こしていても歴には残らないって聞いたことはある」
「でも、戸谷は大卒ですぐここ来たんだろ? 物好きだなーと思ったけど、若い男を求めてってことだったのかもな。自分で言っていて鳥肌立ったわ!」
でも、どうして僕なんだろうか。
それが一向に解せなかった。
もっと顔が良い生徒はいるのに。
「相馬先輩は狙われなかったのかな?」
「ああ、タイプじゃなかったんじゃね? お前みたいに反発しなさそうな、大人しくて可愛い顔が狙いやすいのかもな」
「ゲーっ……分析されるだけでキモいよ」
駅のホームに立つ。
家に帰るのも憂鬱、学校に来るのも憂鬱。
昨日、知らない行き先のバスに乗って、よくわからない駅に降りた時の、何か解放されたような気持ちを思い出した。
どこか知らない場所へ行きたい。
漠然と、そんな考えが浮かんだ。
「……萱」
「ん?」
「夏休み、家出しようと思う」
「はぁ? 家出? ってお前何言ってんの?」
「家出するのに、人に話しちゃダメだよな……」
自分で口にしながら、気持ちはもう揺るがなかった。
「……いいな、家出。俺が隣にいる余地はありか?」
「え!」
横に立つ、萱の顔を見上げた。
してやったり、というような笑顔を見せられた。
「……ありだ」
入って来た電車の窓に映った二人の口角は、最大限上がって見えた。
🔸🔸🔸
――よくこのFBがわかったなー。元気にしてるか? 俺は元気だ
「きた! 塚田先生からきた!」
返信が届いていた。
やっぱり療養なんかじゃないんだ!
――先生、お元気なんですね! 良かった。病気療養で休職されたと説明されました。じゃあ、やっぱり戸谷先生の件が原因ですか? 先生が居なくなって僕の味方は友達の萱だけになってしまいました。僕は追いつめられています
正直、ここまで書いていいのか迷ったけど、指が勝手に入力していた。
でも、辛いのは事実だ。
――お前のせいじゃないぞ。それだけは言っておく。前々から校長ともいざこざがあっての今だ。気にするな! もうすぐ夏休みだろ、気分転換は大事だぞ。島谷の絵がまた見たいな
――先生は今どこで何をされているんですか?
――田舎にいる。自給自足の生活をしてみたくてな
家出……
僕は思ったことをありのまま先生に伝えた。
――夏休み、先生のところへ行ってもいいですか?
あまりにも自分勝手な文言に、一瞬引いた。
先生の気持ちを無視しているような気がして。
――来いよ。招待してやる
ホントに?
僕はスマホの画面から目を離せずにいた。
それは、僕の家出が決まった瞬間だった。
🔸🔸🔸
終業式が終わり、逃げるように校舎を出た。
また、戸谷先生に捕まらないように。
僕は萱に塚田先生と連絡がついたことを話した。
「田舎かー。なんか、塚田っぽいな。校長とも合わない感じはするよな。そもそもなんでウチの学校に来たんだろうな」
「僕もそれが不思議。だから聞いてこようかと思って」
「は? どこで、誰に聞くんだ?」
「塚田先生のところに行って、聞いてくる」
僕の言葉に、萱はわかりやすいほど唖然としていた。
「え、どういう意味だよ? お前、塚田のところに行くの?」
「そう。家出の行く先は塚田先生のところだ」
「マジか!」
僕は萱が一緒に家出をするとは、本気で考えていなかった。
僕と違って、予備校もあるし、両親が絶対許さないだろう。
だから、あの時はノリでそう言ってくれただけだと思っていた。
「じゃあ、いつ決行する?」
「は? え、お前も一緒に家出するの?」
「おお。この前そう言ったじゃん。俺は家出する気満々!」
萱はスマホを取り出して、行き先を検索し始めた。
っていうか、こっちが焦るんだけど!
「いや、だって予備校は? 親だって許さないだろ?」
「予備校は別に、俺のペースなら夏ぐらいさぼったって支障はないし、ウチの親は放任主義だから、特に問題ないだろ」
「ダメだよ! ダメ!」
「なんでお前が拒否するんだよ! 俺の意思で行くの!」
「でもさあ……」
正直、萱が一緒なのは心強かった。
でも……
萱も塚田先生みたいに、僕のせいで巻き込まれた人にはしたくなかった。
「何かあったら連帯責任だから。そう決めておけば、互いに気が楽だろ?」
「そ、そういうもんなのかな……」
「夏休みの大冒険って感じでワクワクすんじゃん! どうせ、三年になったら受験でヒーヒー言うのは目に見えてるからさ、二年の今しかこんな大それたことできねーだろ」
家出というネガティブな行為を、ここまでポジティブに捉える萱が羨ましかった。
それに、萱の言葉のひとつひとつに心がじんわりと温かくなっていた。
「うん。俺は萱が一緒にいてくれて嬉しい」
「任せておけ! 俺のアクシデントに対する適応力は半端ねーから」
「はい、はい」
暑い夏が始まろうとしていた。



