晴れた日でも雨傘をさして

 品川駅から東海道線に乗って、上野に向かった。
 僕と萱は、圭くんからの提案の衝撃が大きすぎて口数が少なくなっていた。

「圭くんはスゴイな……でも、俺は受け止めきれない」
「うん。そんな大ごとになるのは怖い」
「だよな……」

 萱が窓の外に目を向けている。
 僕も釣られるように目を向けた。
 来週からは、電車に乗って通学する毎日が戻って来る。
 見慣れた風景を見ながら、ネクタイは曲がってないかチェックしたり、忘れ物がないかを確認したり、予習は十分だったかノートを見たり、昼食は何を食べようかと悩んだり、そんな日常が繰り返される。
 僕らは、普通の高校生だった。

🔸🔸🔸

 上野駅の動物園側の改札口前には、すでに懐かしい三人が立っていた。
 僕は逸る気持ちを抑えきれずに、かなり速足になっていた。
 並んで歩いていた萱に「転ぶぞ」と言われた気がする。

「ひさしぶりだなー! 元気だったか!」
「おひさしぶりです! うわー」

 僕たちは、五人で輪になってぴょんぴょんと跳ねていた。
 高校生の僕たちはともかく、大人の塚田先生とよしかずさんまで一緒になってぴょんぴょん跳ねている姿にみんなで大笑いした。
 さっきまで僕を覆っていた暗い靄が、すっかり晴れてしまった。
 美瑛ちゃんがTシャツや作業着以外の姿を見たのは初めてだった。
 あまりの可愛さに僕はまともに見ることが出来ずに、萱に腕を叩かれた。

「可愛い過ぎるだろ! お前、恥ずかしがってないで何か言えよ」

 美瑛ちゃんはキャップも被らずに、長い髪をそのまま下ろしていて、大きな目は睫毛がくりんとカールしていて、薄く口紅を塗っているみたいに唇が紅かった。

「柚くん、やっと会えた!」
「うん。美瑛ちゃん可愛い……」
「ホント? 足をひさびさに出したらスースーしてる」

 黒いミニスカートから長い脚を出して、短いダンガリーのシャツを着ている美瑛ちゃんに行き交う人の視線が集まっていた。
 僕は自慢したいような気になっていたけど、美瑛ちゃんがどう感じているか気になった。

「大丈夫?」
「何が?」
「じろじろ見られてない?」
「大丈夫! 私は強くなったんだよ」

 美瑛ちゃんは笑顔で親指を上げてサムアップのポーズをした。

「じゃ、行くか」

 塚田先生の声掛けで僕たちは駅を出て歩き出した。
 萱はさっそく、よしかずさんと並んで中国語の復習をしているみたいだ。
 僕と美瑛ちゃんと塚田先生が並んで歩く。

「すっかり、東京の子に戻ったなー」
「そうでもないです。ちゃんと朝は5時に起きて、朝食作って片付けてます」
「ホントか? おー良い習慣が続いているんだなー。お母さんも喜んでるだろ」

 僕はお母さんたちとの関係悪化について、先生には言わないつもりでいた。
 話すことによって、先生がまた余計な心配をしかねないから。

「ですかね……一昨日、登校日だったんです」

 隣に歩いている美瑛ちゃんが、一瞬僕の手を握った。

「そうなのか。ホームルームだけで帰るんだろ?」
「はい……なんか色々ありました」
「そっか……」

 この場で詳細なことは話すつもりはなかった。
 でも、食事の席でも話すべきなのかはまだ決断できてなかった。
 美瑛ちゃんが僕に顔を向けた。
 僕も美瑛ちゃんに顔を合わせて、頬を少しゆるめた。

🔸🔸🔸

 そこは昔からあるような、中華料理屋さんだった。
 
「俺が大学の時から通っている店。年季が入ってるだろー。美味いんだよ。よしかずもお気に入りだ」
「香港の人が美味しいっていうなら、絶対ですね!」

 僕たちは塚田先生が予約してくれた二階の個室に入った。
 中華料理屋さんでよく見る、回転台があった。

「ここは何食べても美味いから。好きな物を頼め!」

 塚田先生のひとことで、僕たちはメニューを見ながら好きなものを頼んだ。

「上野ってことは、塚田先生は芸大なんですか?」
「ああ、そうだよ。言わなかったっけ?」
「スゲー。え、どうしてウチの学校の先生やってるんですか? 正直、海津は美術には全然力入れてないっすよ」
「まあ、空いてるのがそこしかなかったって感じだな」

 萱が聞きにくいことを、何の躊躇もなく聞く度胸にはいつも感心する。
 でも、芸大と聞いて納得してしまった。
 僕が小さいころ入りたいと思っていた大学の卒業生。
 それだけで、僕はより塚田先生への信頼が大きくなっていた。

「じゃあ、再会を祝して乾杯するか」
「かんぱーい!」

 全員で乾杯をすると、テーブルの上はさまざまな料理で埋まった。
 僕も萱も、回転台をくるくる回して飢えた子供のように次から次へと口に入れた。
 美瑛ちゃんも、細いのに食欲は僕たちと変わらなかった。
 先生とよしかずさんは、十代の食欲には勝てないと呆れながらも、ビールや紹興酒を飲んでいた。
 美味しい料理を食べながら、清里での楽しかった思い出話をしていた。
 どうでもいいことで大笑いするこの空間が最高に幸せで、僕が僕らしくいるべき場所だと実感していた。