晴れた日でも雨傘をさして

 清水川兄弟と会う日は、美瑛ちゃんが塚田先生たちと東京に来る日だった。
 午前中に圭くんたちと作戦会議をした後に、僕と萱で三人に会う予定を立てた。
 僕は美瑛ちゃんにこの話を聞いてから、ずっとウキウキしているようで、夕飯を食べながらも会話はないくせに、ニヤニヤしていた。
 それをお母さんが、怪訝そうな顔で見ているのに気づいた。
 登校日に起こったことは、お母さんたちには話していない。
 一旦、この話は学校では無かったことにされている時点で余計なことは言いたくなかった。

「今夜はご飯はいらない」
「どこ行くの?」
「……たぶん、遅くなるから」
「もう夏休みも終わりなのよ。そんなんで9月からちゃんと学校へ行けるの?」
「毎日5時に起きてるし、登校日だって早く行ったから」

 お母さんは何かを言おうとしたけど、僕は気づかないふりをして家を出た。
 もうすぐ8月も終わりなのに、相変わらず暑い。
 でも、今日はかなり濃厚な一日になる気がしていた。

🔸🔸🔸

 この間会った、品川駅のカフェで待ち合わせをした。
 塚田先生たちとは上野で会うため、ここからだとかなり近い。
 カフェにはすでに圭くんたちが来ていた。
 仲良く並んで座っている、圭くんと了くんはやっぱり双子みたいに似ている。

「おはようございます」
「おはよー。なんか事件があったみたいだね」

 登校日の話は、すでに萱が圭くんには伝えていた。
 圭くんは少し楽しそうな表情をしていた。

「おはようございますー」

 萱が入って来たので、二人で注文の列に並んだ。

「ちょっと、圭くんが楽しそう」
「ああ、俺が相馬先輩の件を電話で話したら、面白い展開になりそうだって言われたよ」
「どういうことなんだろ……」
「まあ、その話を聞くのが本日のメインイベントだからな。それよりも、今日のお前ちょっとおしゃれじゃないか?」

 いきなり、萱につっこまれた。
 確かに、まだ一度も着ていなかったボーダーのTシャツを着ていた。
 だってさ……

「可愛い彼女に会うんだもんなー。おしゃれもするよなー」
「ウルさい!」

 アイスラテを持って、席に戻った。
 テーブルの上には圭くんが持ってきたノートPCがあった。

「結局、その先輩はなかったことにしたってことだよな」
「はい、そうです。でも、それは先輩の選択なので僕たちはどうしようもできないです」
「まあ、俺と同じ選択をしたってことだよね。俺は理解できるけどね」

 相馬先輩は圭くんと同じ選択をした。
 たぶん、そういう人は他にもいるのだろう。
 僕みたいなタイプが特殊なのかもしれない……

「でさ、学校側が何もしないなら、教育委員会に訴えるっていう手もある」
「え! そんな大ごとに……」
「なに、委縮してんだよ! 柚、ここまできたらとことんやろうぜ」

 いきなりハードルが高くなった気がして、気後れした。
 でも、萱は俄然やる気になっていた。

「とは言ったものの、海津は私立だからさ、教育委員会の管轄外なんだよね。だから、外部の手が入り難くて、結局校長や上層部のやりたい放題になっている実態がある」

 僕はホッとしたものの、学校は閉鎖的な場所だという現実をつきつけられた。
 圭くんは厳しい現実を話しながらも、ずっと口角が上がっている。
 萱もイライラしているのか、グラスの中でずっとストローをかき回している。

「じゃあ、何も出来ないってことですか?」
「まあ、萱くんそんなに焦らなくても。結局、クローズされた世界だから問題なわけで、じゃあ、それを公にすればいいじゃんって話」
「どういうことですか?」

 圭くんは、PCの画面を僕たちに向けた。
 そこには、週刊誌の紙面が表示されていた。

「これって?」
「大学のゼミの先輩が、出版社に就職してさ、この週刊誌の編集にいるんだけど。ちょっと戸谷のことを話したら興味持ってくれて。っていうか、海津高校(かいづこうこう)自体に興味を持ったみたいで」
「え! しゅ、週刊誌に話すってことですか!」

 さっきよりも、もっと大ごとになっていた。
 流石に萱も、乗り出していた身体を背もたれに預けた。

「自分の身を守るためには、第三者の介入は必須だと思うよ」

 圭くんの渇いた声が、僕の中に染みこんでいた。
 僕は戸谷がネクタイを握っている写真を圭くんに見せた。

「なるほど。ああ、こういう顔だったなー。貧相なんだよね、実際。なのに、俺はなんで抵抗できなかったのかって今更思うよ」
「……頭ではわかっていても、身体は動かないですよね」
「それがセクハラの怖いところだよね」

 圭くんは、スマホの画面に表示されている戸谷先生の顔を指で弾いた。
 僕はそれを見て、笑ってしまった。

「録音もある、写真もある。島谷くんが証言すれば、記事にはなるかもね。東京の進学校のスキャンダルって、かなり美味しいネタなんじゃないかな」

 萱は、ずっと背もたれによりかかったまま口を開かない。
 でも、僕はなんとなく気持ちがわかった。
 一人のセクハラ教師を責めたいだけなのに、学校全体を巻き込んだ大騒動にする怖さ。
 しかも、僕たちはまだ学校に通っている。
 卒業してしまった圭くんとは立場が違う。

「まあ、考えてみてよ。俺から強制する気はないから。選択肢として、世論を巻き込むのはありって話だから」
「……実際に被害に遭った柚が決めることだとは思うけど。俺は週刊誌を巻き込むのはやり過ぎだと思ってます」
「うん。それはすごく健全な意見だと思うよ。来年は大学受験だしね、今大騒動になったらそれこそ勉強どころじゃないだろうし」

 萱は、はっきりと自分の意見を主張した。

「圭くんの提案はありがたいです。でも、もう少し考えていいですか? 正直、怖いです」
「わかった。まあ、最終手段だと思ってもらっていいよ。こういう手もあるんだって思っておけば、少しは未来に期待ができそうじゃない?」

 圭くんなりの優しさだと受け取った。
 僕らはまだ、未成年の高校生だ。
 やれることには限界がある。
 それを、先輩として、大人として、提案してくれた圭くんに感謝した。