晴れた日でも雨傘をさして

「もし、柚が美術室に行かなかったら永遠にあの二人のことは隠されていたんだろうな」

 萱が歩きながらぼそっと呟いた言葉が響いた。
 相馬先輩も『隠していた』ことがあった。
 それも、かなり辛い状況を。

「柚に相馬先輩は狙われなかったのかなって聞かれたじゃん。俺はお前みたいに大人しいやつを狙うんだろって答えたけど、そういう問題じゃなかったな」
「誰彼構わずって感じだよ。もっと被害者はいるんだろうけど。でも、これ以上僕たちが立ち入っちゃいけないよね。相馬先輩の決意は尊重すべきだよね……」

 萱が「あーあ」と大きな声を出した。
 やりきれない気持ちの表れのような気がした。

「でもさ、疑問なのは、相馬先輩は戸谷よりも身体的には勝ってるのにさ、なんでもっと強く抵抗しなかったんだろうな。あんな骨と皮みたいな戸谷になら、いくらでも抵抗できそうじゃん」

 あのカーテンを開けた時の状況をいくら思い返しても、戸谷先生がネクタイを先輩の首から外したシーンしか覚えていなかった。
 その時、相馬先輩はどうしていたのか……

「でも、もうそこすらも追及できないよね……PTSDとかにならないといいな」
「それなー。大学に合格した途端にトラウマに襲われるとかありそうだけど。でもまあ、圭くんに報告するネタはできたけどな」

 校長先生や教頭先生の、全てを隠蔽しようとする姿勢に対抗できるのかはわからなかった。
 でも、証拠はひとつ増えている。

「なにも、正面突破だけが戦じゃないからな。そこは圭くんの頭脳を信頼しようぜ」

 萱の冷めているようで、熱い言葉に僕は力強く頷いた。

🔸🔸🔸

『もしもし、どうだった学校?』

 家に帰ると、すぐ美瑛ちゃんに電話をした。
 とにかく、彼女の声が聞きたかった。
 僕は自分が思っている以上に、心も身体も疲弊しているようで、誰かに慰めてほしかった。

「もう、最悪だった……」
『大丈夫? 元気ないね』

 僕は学校で起こったことを、事細かく、校長先生の言葉を一字一句漏らすことなく美瑛ちゃんに話していた。
 話しているうちに、気持ちが昂って来て、涙声になっていた。

『柚くん、泣いてる? 泣かないで。柚くんは頑張ったよ。相馬先輩の決断は残念だけどでも強制はできないもんね。先輩は先輩自身で自分を守りたかったんだよ』

 美瑛ちゃんの言葉は真理だ。
 相馬先輩は、隠すことで自分自身を守った。
 それは、かつての僕や美瑛ちゃんの姿だった。

「泣くつもりなかったけど、興奮したら泣けてきた。ごめん……」
『……じゃあ、これで泣き止んで』
「なに?」
『私ね、来週の月曜日に東京へ行く』
「え! え! ホント? 嘘、からかってる?」
『なんで、嘘を吐く必要があるのよ! 塚さんとよしかずさんも一緒だよ』
「マジで……」

 全く想像していなかったことを言われて、嬉しいはずなのに妙に冷静になってしまった。

『え、何? 嬉しくないの? なんか声が沈んでない?』

 美瑛ちゃんは鋭い……

「なんか信じられなくて、冷静になっちゃった。でも、今じわじわ効いてきた。え、どうして三人なの?」
『よしかずさんが香港に行くの。で、羽田空港まで塚さんが送りに行って、ついでに美瑛ちゃんも柚くんに会いに行けばって言われて。横浜にいるおばさんに連絡したら泊まっていいって言われたから行くことにした!』
「……よしかずさん、香港に行くの? 帰るってこと?」
『違う。お友達が亡くなったって言ってた』

 十年以上、香港からエスケープしていたよしかずさんが、香港へ行く。
 塚田先生は送りに来るだけだとしても、東京には来る。
 そして、美瑛ちゃんは僕に会いにきてくれる……
 僕はやっと、実感が湧いてきてホワホワした気持ちになっていた。

「会えるんだね……どうしよう」
『なにが?』
「嬉し過ぎて、踊りそう」

 電話の向こうの美瑛ちゃんが大笑いしていた。
 でも、ホントに踊りだしそうなぐらい気持ちが高揚していた。

『具体的な時間が決まったら、連絡するね』
「うん。待ってる」