「どういうことだよ!」
ホームルームが終わると、午前中で帰宅となった。
竹ノ内先生が教室を出ていくと、萱は真っ先に僕の席に来た。
「帰ろう。話したいことがいっぱいあるから」
僕が教室を出ようとすると、教頭先生に呼び止められた。
「島谷くん、すまないけど校長室まで来てもらえるかな?」
「え? どうしてですか」
「ちょっと、朝のいざこざについて」
「いざこざじゃありません!」
「俺も一緒に行きます」
萱がすかさず援護射撃をしてくれた。
「萱くんは関係ないでしょう」
「いえ、俺が美術室に行こうって島谷を誘ったので」
「はい。そもそもは萱が美術室で待っているという話だったので」
僕たちは顔を見合わせて、口角が上がりそうになるのを抑えた。
「わかりました。じゃあ、二人付いてきなさい」
教頭先生が後ろを向いた瞬間、僕たちはハイタッチをしていた。
校長室には、校長先生と相馬先輩がいた。
肝心な戸谷先生の姿はない。
似たような光景を一ヶ月前にも見た気がする。
僕は相馬先輩と目を合わすと、小さく頷いた。
先輩も視線で応えてくれた。
「萱くんはどうしたのかな?」
「美術室には萱くんも行くつもりだったそうなので」
「ああ、そういうこと。まあいいでしょう。二人とも座って」
校長先生のあの話術にハマらないように、気を引き締めた。
「今朝の美術室でのいざこざですが。正直に話して欲しくてね」
「戸谷先生はどうされたんですか?」
早速、萱の一発が出た。
でも、校長先生は想定内だったのか動じる気配無く続けた。
「私はまず、君たちの話が聞きたくてね」
相馬先輩は俯いたまま、口を開く気配はなかった。
僕が見たままを口にしていいのか、一瞬迷ったけどここで引き下がるわけにはいかなかった。
「僕は美術部なので、夏休み前に描いていた絵を持ち帰りたくて美術室に行きました。塚田先生がお休み中なので開いてないと思っていましたが、ドアは開いていました。中から嫌がる声が聞こえて……」
「どうして、美術室のドアが開いていたんだろうね? 美術部の先生は今も不在だから誰も鍵を持ち出せないはずなのに」
それはこっちが聞きたい!
校長先生は故意に話の焦点をズラそうとしているように見えた。
「そこを管理するのが学校側の責任なんじゃないですか。先生が責任放棄して俺たちにどうしろって言うんですか?」
萱がもう一発、かませた。
流石に、校長先生も返す言葉が見つからないみたいだ。
「嫌がる声が聞こえました。教室は黒いカーテンが閉まっていたので暗かったんですけど、奥側のカーテンの中で何かが動いていて、僕はそのカーテンを開けました。そしたら……」
「戸谷先生にむりやりネクタイを外されました!」
相馬先輩が叫ぶような声を出した。
僕も萱も一瞬ビクっと身体が動いた。
目の前に座っている校長先生と教頭先生は、わかりやすいほど顔をしかめた。
「戸谷先生が相馬先輩のネクタイを握っている写真があります!」
僕は畳みかけるように、スマホの画面を見せた。
教頭は一瞬見ると、顔をそむけ、校長先生は眉間に皺をよせて口をへの字に曲げた。
僕は勝ったと思っていた。
被害者の証言、それを見ていた第三者、裏付ける写真。
これ以上、疑いようがないはず。
「まあ、一方にだけ話を聞いてもフェアじゃないのでね」
「校長先生! それは酷すぎます!」
「でもねえ、相馬くんもこれから大事な時期だし、勉強の妨げになるようなことには関係したくないだろう」
この大人は何を言っているのだろう……
僕は怒りを通り越して、呆れてしまった。
どこまで、見て見ないふりを続けるのだろうか。
「この学校の隠蔽体質は校長先生からの指示ですか?」
「隠蔽って、島谷くんその言い方は校長先生に失礼だよ」
「じゃあ、何だっていうんですか? 僕の親を前にした時の茶番を僕は忘れません。戸谷先生を庇う理由は何ですか? どんな弱みを握られているんですか?」
「島谷くん。いい加減にしなさい! その言葉は聞き逃せませんよ!」
教頭先生がどんなに校長先生や戸谷先生を庇ったところで、ここに被害を受けた人間がいるのは事実だ。
傷ついている生徒を前に、どうしてそんな残酷な仕打ちが出来るのだろう。
「……わかりました。もういいです」
「え……先輩」
相馬先輩はよろよろと立ち上がると、校長室を出て行った。
僕と萱は後を追いかけた。
後ろでは教頭先生がまだ話が終わってないと怒鳴っていたけど、無視した。
「先輩、相馬先輩!」
立ち止まり、僕たちに振り向いた先輩の目には涙が溜まっていた。
僕は誰よりも傷ついている相馬先輩に胸が疼いた。
「……確かに、受験なんだよね。こんなことに時間を掛けられないよ」
「で、でも、先輩は傷ついているのに、あの人が何の罰も受けずに学校にくるなんて理不尽です!」
「そうだね。理不尽だよね。でもさ、全ての正解を出すのは難しいよね」
「え……」
「今、僕が最も求めている正解は、大学に合格することなんだよ。戸谷の教師生命が終わることじゃない。だから、無駄なことに時間を掛けられない」
圭くんの答えと同じ……
東大に受かることで、自分がそんなことでブレるような人間じゃないと証明する。
僕はそれ以上、相馬先輩に掛ける言葉がなかった。
それぞれの中に正解がある。
それが共感できるかは、別の話だ。
僕は涙を溜めている相馬先輩の顔を見て、大学に受かるという選択をすることで割り切ろうとしているのかもしれないと思った。
「ごめんね、一緒に闘えなくて。でも、今日のことは絶対に忘れないから」
相馬先輩は笑顔を浮かべて、僕たちの前から去って行った。
萱は何も言わずじっと、先輩の後ろ姿を見ている。
それでも、僕は負けたくはなかった。
ホームルームが終わると、午前中で帰宅となった。
竹ノ内先生が教室を出ていくと、萱は真っ先に僕の席に来た。
「帰ろう。話したいことがいっぱいあるから」
僕が教室を出ようとすると、教頭先生に呼び止められた。
「島谷くん、すまないけど校長室まで来てもらえるかな?」
「え? どうしてですか」
「ちょっと、朝のいざこざについて」
「いざこざじゃありません!」
「俺も一緒に行きます」
萱がすかさず援護射撃をしてくれた。
「萱くんは関係ないでしょう」
「いえ、俺が美術室に行こうって島谷を誘ったので」
「はい。そもそもは萱が美術室で待っているという話だったので」
僕たちは顔を見合わせて、口角が上がりそうになるのを抑えた。
「わかりました。じゃあ、二人付いてきなさい」
教頭先生が後ろを向いた瞬間、僕たちはハイタッチをしていた。
校長室には、校長先生と相馬先輩がいた。
肝心な戸谷先生の姿はない。
似たような光景を一ヶ月前にも見た気がする。
僕は相馬先輩と目を合わすと、小さく頷いた。
先輩も視線で応えてくれた。
「萱くんはどうしたのかな?」
「美術室には萱くんも行くつもりだったそうなので」
「ああ、そういうこと。まあいいでしょう。二人とも座って」
校長先生のあの話術にハマらないように、気を引き締めた。
「今朝の美術室でのいざこざですが。正直に話して欲しくてね」
「戸谷先生はどうされたんですか?」
早速、萱の一発が出た。
でも、校長先生は想定内だったのか動じる気配無く続けた。
「私はまず、君たちの話が聞きたくてね」
相馬先輩は俯いたまま、口を開く気配はなかった。
僕が見たままを口にしていいのか、一瞬迷ったけどここで引き下がるわけにはいかなかった。
「僕は美術部なので、夏休み前に描いていた絵を持ち帰りたくて美術室に行きました。塚田先生がお休み中なので開いてないと思っていましたが、ドアは開いていました。中から嫌がる声が聞こえて……」
「どうして、美術室のドアが開いていたんだろうね? 美術部の先生は今も不在だから誰も鍵を持ち出せないはずなのに」
それはこっちが聞きたい!
校長先生は故意に話の焦点をズラそうとしているように見えた。
「そこを管理するのが学校側の責任なんじゃないですか。先生が責任放棄して俺たちにどうしろって言うんですか?」
萱がもう一発、かませた。
流石に、校長先生も返す言葉が見つからないみたいだ。
「嫌がる声が聞こえました。教室は黒いカーテンが閉まっていたので暗かったんですけど、奥側のカーテンの中で何かが動いていて、僕はそのカーテンを開けました。そしたら……」
「戸谷先生にむりやりネクタイを外されました!」
相馬先輩が叫ぶような声を出した。
僕も萱も一瞬ビクっと身体が動いた。
目の前に座っている校長先生と教頭先生は、わかりやすいほど顔をしかめた。
「戸谷先生が相馬先輩のネクタイを握っている写真があります!」
僕は畳みかけるように、スマホの画面を見せた。
教頭は一瞬見ると、顔をそむけ、校長先生は眉間に皺をよせて口をへの字に曲げた。
僕は勝ったと思っていた。
被害者の証言、それを見ていた第三者、裏付ける写真。
これ以上、疑いようがないはず。
「まあ、一方にだけ話を聞いてもフェアじゃないのでね」
「校長先生! それは酷すぎます!」
「でもねえ、相馬くんもこれから大事な時期だし、勉強の妨げになるようなことには関係したくないだろう」
この大人は何を言っているのだろう……
僕は怒りを通り越して、呆れてしまった。
どこまで、見て見ないふりを続けるのだろうか。
「この学校の隠蔽体質は校長先生からの指示ですか?」
「隠蔽って、島谷くんその言い方は校長先生に失礼だよ」
「じゃあ、何だっていうんですか? 僕の親を前にした時の茶番を僕は忘れません。戸谷先生を庇う理由は何ですか? どんな弱みを握られているんですか?」
「島谷くん。いい加減にしなさい! その言葉は聞き逃せませんよ!」
教頭先生がどんなに校長先生や戸谷先生を庇ったところで、ここに被害を受けた人間がいるのは事実だ。
傷ついている生徒を前に、どうしてそんな残酷な仕打ちが出来るのだろう。
「……わかりました。もういいです」
「え……先輩」
相馬先輩はよろよろと立ち上がると、校長室を出て行った。
僕と萱は後を追いかけた。
後ろでは教頭先生がまだ話が終わってないと怒鳴っていたけど、無視した。
「先輩、相馬先輩!」
立ち止まり、僕たちに振り向いた先輩の目には涙が溜まっていた。
僕は誰よりも傷ついている相馬先輩に胸が疼いた。
「……確かに、受験なんだよね。こんなことに時間を掛けられないよ」
「で、でも、先輩は傷ついているのに、あの人が何の罰も受けずに学校にくるなんて理不尽です!」
「そうだね。理不尽だよね。でもさ、全ての正解を出すのは難しいよね」
「え……」
「今、僕が最も求めている正解は、大学に合格することなんだよ。戸谷の教師生命が終わることじゃない。だから、無駄なことに時間を掛けられない」
圭くんの答えと同じ……
東大に受かることで、自分がそんなことでブレるような人間じゃないと証明する。
僕はそれ以上、相馬先輩に掛ける言葉がなかった。
それぞれの中に正解がある。
それが共感できるかは、別の話だ。
僕は涙を溜めている相馬先輩の顔を見て、大学に受かるという選択をすることで割り切ろうとしているのかもしれないと思った。
「ごめんね、一緒に闘えなくて。でも、今日のことは絶対に忘れないから」
相馬先輩は笑顔を浮かべて、僕たちの前から去って行った。
萱は何も言わずじっと、先輩の後ろ姿を見ている。
それでも、僕は負けたくはなかった。



