晴れた日でも雨傘をさして

 相馬先輩ともう一人の先輩に抱えられるように階段を降りる。
 僕は今起きたことを振り返ろうとしたけど、未だに恐怖に襲われていた。

「大丈夫か?」

 相馬先輩が僕の顔をのぞきながら声を掛けてくれる。
 怖い思いしたのは僕以上に、先輩のはずなのに。
 もう一人の先輩は、夏休み前に相馬先輩に声を掛けられた時にいた、取り巻きの一人だ。
 この先輩は、何が起きたのか知っているのだろうか。
 僕たちは登校してきた生徒たちに、ヘンな目で見られながら保健室に着いた。
 でも、ドアを開けても保健医は不在だった。

「やっぱり、いないか。島谷くんだよね? どこか怪我したところないか?」
「だ、大丈夫です。腰が抜けただけなので……」
「助けてくれてありがとう」

 ベッドに腰かけた僕に対して、相馬先輩は最敬礼をした。
 僕は慌てて、立ち上がると両手をバタバタと揺らした。

「止めてください。たまたま声がしたので入ったまでで……」
「相馬、だから早いところ校長に話せって言っただろ!」

 この先輩は事情を知っている?
 相馬先輩は大きくため息を吐くと、隣のベッドに力が抜けたように腰を下ろした。
 成績優秀、イケメン、人望も厚い、この学校の人気no.1の先輩がやっぱりターゲットにされていたってことか。

「……言っても多分、無駄です」
「え?」
「どういう意味だよ?」
「美術の塚田先生が僕が被害にあっていることを校長先生に話してくれました。戸谷先生が謝りたいという体で僕と親が呼ばれて、校長や僕たちを前に戸谷先生は茶番を演じて全てないものとされました。唯一、塚田先生が休職という形で追い払われた事実だけ残りました」

 相馬先輩は自分の身体を抱き締めるように、両腕をさすった。

「……先輩はずっと戸谷先生にああいうことをされていたんですか?」
「二年の時に担任だった。でも、その時はあからさまな行動には出てなかった。ただ、三年になって予備校の講師が戸谷と同級生だって話を聞いて、そのことをあいつに言ってからだな。妙に執着されるようになった。でも、島谷くんもターゲットにされているって噂を聞いたから俺は解放されたと思っていたんだけどな」

 やっぱり、僕と戸谷先生のことは色々なところで噂はされているんだ。
 なのに、誰も助けようとはしてくれない。

「さっき、先輩が教室を出た後に戸谷先生の写真を撮りました。先輩のネクタイを手に持っている写真です」

 僕は右手でネクタイを掴み、呆けた顔をした戸谷先生の写真を見せた。

「マヌケ面しやがって! 変態野郎が!」
「青木、声デかいよ」

 始業ベルが鳴った。
 教室に戻ったら、戸谷先生は何も起こらなかったかのように入って来るのだろうか。
 でも、保健室にいたところで何も変わらない。

「教室に戻ります」
「え、でもあいつが普通に入ってくるぞ」
「今、有利に立っているのは僕たちです。ここで逃げてはダメです。相馬先輩も僕たちと一緒に闘いましょう」
「へ……」

 隠蔽なんて、絶対にさせない!
 僕は自信がみなぎってくるのを感じていた。

 教室に戻ると、全員の目が一斉に僕に向けられた。
 僕はなにごともなかったように、席についた。
 萱もずっと僕のことを見ている。
 萱からのLINEは保健室を出てから読んだ。
 美術室で騒ぎが起きたこと、僕が相馬先輩に抱えられるように保健室に入ったこと、戸谷先生が休みだということ……
 休みって?
 教室のドアが開くと、古文の竹ノ内先生が入ってきた。
 僕のことを一瞥すると、戸谷先生が体調不良で早退したという説明をされた。
 逃げたのか、それとも事実関係を確認されているのか?
 いずれにせよ、僕がやることは決まっていた。
 ダルそうに出席をとる竹ノ内先生の声を聞きながら、机の下で僕は萱に返信していた。