登校日でも、僕は朝の5時に起きていた。
学校へは8時に着けばいいから、今までは6時30分に起きていたのに。
一ヶ月ぶりに着た制服のワイシャツの白さが、僕の肌の黒さを強調していた。
クラスの同級生にどこで焼いたのか聞かれるのは目に見えていた。
「やっぱり、ズボンもゆるくなってる……」
ベルトの穴がひとつズレた。
ネクタイを締めても、いつもの『僕』じゃないみたいに見えた。
僕はかなり早く家を出た。
朝イチで教室にいるのも悪くない気がしていた。
まだ6時なのに日差しが強い。
でも、すっかり夏の日差しとも仲良しになっていた。
電車に乗るとLINEを開いた。
結局、あの日から美瑛ちゃんに電話はしていない。
それでも、LINEでのやりとりはしていた。
毎日のように電話をしていたのに……
美瑛ちゃんは悪くない。勝手に僕が壁を作ってしまっているだけ。
好きな気持ちは変わらないのに、僕自身が面倒くさい奴になっているだけだった。
――おはよー。今から学校へ行きます。登校日なんて忘れてた
――おはよう。今、塚さんの畑にいる。秋野菜の種まきを始めるよー
美瑛ちゃんが作業中の塚田先生とよしかずさんの写真を添付してきた。
相変わらず真っ黒でこの間よりも髭が濃くなったように見える先生と、対照的に白い肌を維持し続けているひょろりとしたよしかずさんが写っていた。
もう僕は、それだけであの時に戻りたくなっている。
――美瑛ちゃんの自撮りはないの?
――えー
麦わら帽子を被って、Tシャツにオーバーオール姿の美瑛ちゃんの自撮りが添付されてきた。
僕はそれを見ただけで、心臓の鼓動が早くなった。
会いたいな……
無意識にその写真を指でなぞっている自分に気付いて、とっさに周りを見回した。
――やっぱり可愛い。会いたいな
――ホント? 私も柚くんに会いたいよ。あ、制服姿見せて
え! 思わず声を出しそうになって焦った。
――学校行ったら、萱と撮るね
――楽しみにしてるねー
今日は電話しよう……
壁をぶち破っていた自分がいた。
🔸🔸🔸
教室にはまだ、誰も来ていなかった。
ちょうど7時。
人が集まり始めるのが、8時ぐらいで始業ベルが鳴るのは8時30分。
窓からグラウンドを見下ろす。
遠くには富士山が見える時もあるこの場所が好きだった。
僕は上の階の美術室に向かった。
恐らく、鍵が閉まったままだとは思うけど、それでもダメもとで行ってみた。
もし開いていたら、描きかけの絵を持って帰り、まだ迷走している清里から持ち帰った絵と比べることで、気づきにもなるかもしれないと思って。
三年生がいる階も、まだ静まりかえっていた。
流石に、こんなに早く来る物好きな生徒は僕ぐらいか……
美術室のドアに手を掛けると、すーっと横にスライドした。
「え……」
普通に開いたことが逆に僕は怖くなって、思わず後ずさりをしてしまった。
中から何か音がする。
僕は咄嗟に逃げなきゃと思いつつも、足が勝手にドアの方に進んでいた。
ドアが閉まり切らずに、少し開いている部分に顔を近づける。
「……ください。離して……」
鼓動が激しく動いた。
誰かが嫌がっている。
僕は胸の鼓動が、頭に響くほど大きく鳴っているのに、そのままドアを開けて中に入った。
黒いカーテンが閉まった薄暗い教室には、イーゼルが幾つも立っている。
奥のカーテンの中で何かが動いていた。
「やめてください! 先生!」
「どうして騒ぐんだ? わからないから教えてあげてるのに」
僕は聞き覚えがある声に、肌が粟立った。
息苦しくなっているのに、歩みを止められずに、勢いよく黒いカーテンを開けた。
「ひょぇ!」
誰かの高い声が聞こえた。
いきなり白い光が視界に入り、一瞬真っ白になった。
目を開けると、戸谷先生が相馬先輩のネクタイを外そうとしていた。
三人とも、今の状況に唖然とした表情を浮かべていた。
相馬先輩が戸谷先生を突き放すと、僕の肩にぶつかりながら教室から走って出て行った。
残された僕は思わず、スマホで呆然としている戸谷先生の姿を写した。
そのシャッター音で我にかえったのか、先生が手に持っていたネクタイを放り投げると、僕に向かって来た。
僕は、イーゼルを倒しながら逃げようとするが、足がもつれて転んだ。
「柚、どうしてここに来たんだ? 写真なんて撮ってもなんにもならないのに。ホームルームが終わったら職員室に来なさい。あ、ここでもいいや。またお母さんから色々聞いたよ。この部屋の美術教師が余計なことしたらしいね」
先生がじりじりと僕に近づいてくる。
僕に見られたことを、まったく気にしていない様子が尋常ではない。
僕は立ち上がりたいのに、腰が抜けてただ後ろに下がり続けていると、相馬先輩が他の先輩を連れてきた。
「何をしてるんだー!」
その大きな声に戸谷先生は僕の前で止まると、いきなりにこやかな笑顔をその先輩に向けた。
普通じゃない……
そのうち、何人もの人が集まってくると僕は相馬先輩や他の先輩に起こしてもらい、保健室へ向かった。
学校へは8時に着けばいいから、今までは6時30分に起きていたのに。
一ヶ月ぶりに着た制服のワイシャツの白さが、僕の肌の黒さを強調していた。
クラスの同級生にどこで焼いたのか聞かれるのは目に見えていた。
「やっぱり、ズボンもゆるくなってる……」
ベルトの穴がひとつズレた。
ネクタイを締めても、いつもの『僕』じゃないみたいに見えた。
僕はかなり早く家を出た。
朝イチで教室にいるのも悪くない気がしていた。
まだ6時なのに日差しが強い。
でも、すっかり夏の日差しとも仲良しになっていた。
電車に乗るとLINEを開いた。
結局、あの日から美瑛ちゃんに電話はしていない。
それでも、LINEでのやりとりはしていた。
毎日のように電話をしていたのに……
美瑛ちゃんは悪くない。勝手に僕が壁を作ってしまっているだけ。
好きな気持ちは変わらないのに、僕自身が面倒くさい奴になっているだけだった。
――おはよー。今から学校へ行きます。登校日なんて忘れてた
――おはよう。今、塚さんの畑にいる。秋野菜の種まきを始めるよー
美瑛ちゃんが作業中の塚田先生とよしかずさんの写真を添付してきた。
相変わらず真っ黒でこの間よりも髭が濃くなったように見える先生と、対照的に白い肌を維持し続けているひょろりとしたよしかずさんが写っていた。
もう僕は、それだけであの時に戻りたくなっている。
――美瑛ちゃんの自撮りはないの?
――えー
麦わら帽子を被って、Tシャツにオーバーオール姿の美瑛ちゃんの自撮りが添付されてきた。
僕はそれを見ただけで、心臓の鼓動が早くなった。
会いたいな……
無意識にその写真を指でなぞっている自分に気付いて、とっさに周りを見回した。
――やっぱり可愛い。会いたいな
――ホント? 私も柚くんに会いたいよ。あ、制服姿見せて
え! 思わず声を出しそうになって焦った。
――学校行ったら、萱と撮るね
――楽しみにしてるねー
今日は電話しよう……
壁をぶち破っていた自分がいた。
🔸🔸🔸
教室にはまだ、誰も来ていなかった。
ちょうど7時。
人が集まり始めるのが、8時ぐらいで始業ベルが鳴るのは8時30分。
窓からグラウンドを見下ろす。
遠くには富士山が見える時もあるこの場所が好きだった。
僕は上の階の美術室に向かった。
恐らく、鍵が閉まったままだとは思うけど、それでもダメもとで行ってみた。
もし開いていたら、描きかけの絵を持って帰り、まだ迷走している清里から持ち帰った絵と比べることで、気づきにもなるかもしれないと思って。
三年生がいる階も、まだ静まりかえっていた。
流石に、こんなに早く来る物好きな生徒は僕ぐらいか……
美術室のドアに手を掛けると、すーっと横にスライドした。
「え……」
普通に開いたことが逆に僕は怖くなって、思わず後ずさりをしてしまった。
中から何か音がする。
僕は咄嗟に逃げなきゃと思いつつも、足が勝手にドアの方に進んでいた。
ドアが閉まり切らずに、少し開いている部分に顔を近づける。
「……ください。離して……」
鼓動が激しく動いた。
誰かが嫌がっている。
僕は胸の鼓動が、頭に響くほど大きく鳴っているのに、そのままドアを開けて中に入った。
黒いカーテンが閉まった薄暗い教室には、イーゼルが幾つも立っている。
奥のカーテンの中で何かが動いていた。
「やめてください! 先生!」
「どうして騒ぐんだ? わからないから教えてあげてるのに」
僕は聞き覚えがある声に、肌が粟立った。
息苦しくなっているのに、歩みを止められずに、勢いよく黒いカーテンを開けた。
「ひょぇ!」
誰かの高い声が聞こえた。
いきなり白い光が視界に入り、一瞬真っ白になった。
目を開けると、戸谷先生が相馬先輩のネクタイを外そうとしていた。
三人とも、今の状況に唖然とした表情を浮かべていた。
相馬先輩が戸谷先生を突き放すと、僕の肩にぶつかりながら教室から走って出て行った。
残された僕は思わず、スマホで呆然としている戸谷先生の姿を写した。
そのシャッター音で我にかえったのか、先生が手に持っていたネクタイを放り投げると、僕に向かって来た。
僕は、イーゼルを倒しながら逃げようとするが、足がもつれて転んだ。
「柚、どうしてここに来たんだ? 写真なんて撮ってもなんにもならないのに。ホームルームが終わったら職員室に来なさい。あ、ここでもいいや。またお母さんから色々聞いたよ。この部屋の美術教師が余計なことしたらしいね」
先生がじりじりと僕に近づいてくる。
僕に見られたことを、まったく気にしていない様子が尋常ではない。
僕は立ち上がりたいのに、腰が抜けてただ後ろに下がり続けていると、相馬先輩が他の先輩を連れてきた。
「何をしてるんだー!」
その大きな声に戸谷先生は僕の前で止まると、いきなりにこやかな笑顔をその先輩に向けた。
普通じゃない……
そのうち、何人もの人が集まってくると僕は相馬先輩や他の先輩に起こしてもらい、保健室へ向かった。



