晴れた日でも雨傘をさして

 品川駅内にあるカフェで僕と萱は清水川くん兄弟を待っていた。
 平日4時の品川駅は、夏休みでも空いていた。
 旅行者やサラリーマンが行き来していたけど、僕たちのような学生の姿はほとんどない。
 僕は初めて降りた駅というだけで、妙に緊張していた。

「あ、来た来た」

 萱が手を挙げると、同じくらいの背丈の二人の男性が近づいてきた。
 僕も萱も立ち上がり、挨拶をした。

「同じ予備校の萱くん。あと……」
「島谷です。よろしくお願いします」
「二人とも海津なんだってね。後輩だ―。よろしくね」

 お兄さんの方の清水川圭(しみずかわけい)くんは大学四年生には見えないほど童顔だった。
 弟の清水川了(しみずかわりょう)くんと並ぶと双子みたいに見える。

「イケメンですね……」

 萱がぼそっと口にした。
 それを聞いた、圭くんは声を出して笑った。

「イケメンじゃないよ、可愛いとか少年ぽいとかは言われるけどさ。だから、島谷くんだっけ? 戸谷に気に入られそうなのもわかるよ」
「え……」

 アイスブレイクなしに、いきなり本題に入られて僕も萱も互いに顔を見合わせた。

「注文してくるね」

 兄弟二人揃って、カウンターに歩いて行く。
 僕も萱もその後ろ姿を見ながら「似てるね」「似てるなー」とつぶやいていた。

「萱くんは予備校でも上位組らしいね。了が悔しがってた」
「兄ちゃん、余計なこと言うなよ! でも萱くんにはいつも負けてる」
「いやー、要領がいいだけなんで」
「やっぱり東大狙ってるの?」
「ああ、いや、微妙っすね。今の時点で迷ってるので無理かなと思ってます」

 圭くんの話し方は落ち着いていて、すごくスマートだった。
 全員の顔を見ながらゆっくりと話す姿勢は、少し威厳を感じる。

「島谷くんは?」
「へ? 僕は……何も考えてません」
「ホントに? 海津に入ってる時点で自ずと絞られてくるでしょ」
「なんか、ヤル気がないんです」

 正直な気持ちを吐いた。
 弟の了くんも大三附属に通っている時点で、東大や京大を狙っているのだろう。
 僕だけが、何の目的もなくふらふらしているということを実感させられた。

「そっか……。でも、ヤル気もなくなるよね。戸谷につき纏われたら。俺もそうだったし」

 圭くんは、ストローでグラスに入っている氷をザクザクと突き刺している。
 さっきまでの余裕ある姿から、微妙に変化したのを感じた。

「そうなんですか? でも、東大入られてますよね」
「まあ、選択肢としては二つあった。全落ちしてあいつのせいにして訴えるという手と、意地でも合格してそんなことで俺がブレるような人間じゃないって見せつけるか。で、意地でも合格した。だってさ、全落ちして損はするのは俺自身だし。そんな低次元なことに自分自身を落とし込む必要はないよなって」

 塚田先生が言っていた『受け入れた』とは違う事実だった。
 圭くんは、自分を追い込み自分で勝ちとったんだ。

「島谷くんは、具体的に何をされたの?」

 圭くんは相変わらずストローでザクザクと氷を突き刺しながら、顔を上げずに僕に聞いた。
 僕はされたこと全てを話した。
 弟の了くんは注文したアイスココアを飲むことなく、唖然としたように口を開いたまま僕の話を聞いていた。
 冷静に話したつもりだったけど、校長と親との話し合いの場ではついつい語気が荒くなっていた。

「そっか、島谷くんには味方がいてくれたんだね」
「はい。でも、そのせいで塚田先生は休職に追いやられてしまいました」
「そんなに最低な先生がいるなんて信じられない。兄ちゃんもそんなことされていたの?」

 圭くんは了くんに肩を揺らされているけど、薄く笑顔を浮かべたまま答えようとはしなかった。
 具体的な話はしてないのだろうか?

「圭くんは、誰にも話さなかったんですか?」
「ああ。言ったところで効力ないだろうなって思ってさ。でも、数学の先生は気づいてたみたいで、俺が戸谷に職員室で呼び出されているとさりげなく、近くの席に座ってくれたりはしていたなー。でも、具体的に動いてくれたことはない。遠野(とおの)先生って言うんだけど、知ってる?」

 僕も萱も首を振った。
 たぶん、もうその先生は学校にはいない。
 塚田先生が聞いた、昔学校にいたという先生かもしれなかった。
 気づいているのに、具体的に何かをしようとはしない。
 学校は生徒を守ってくれる場所じゃないのだろうか。

「どうして、見ないふりをするんでしょうね……そんなに戸谷先生が怖いのかな」
「……戸谷に言われたんだよね。何をどう訴えても無駄だよって。校長以下、この学校の先生は自分にひれ伏さざるを得ないからって。俺はそれを聞いて怖くなったよ。今考えれば、ハッタリだったんだろうけど。高三のさ、ただでさえ受験でナーバスになっている子供にとってはこれ以上ない恐怖だよ」

 僕は理不尽さと怒りで、拳を強く握っていた。