美瑛ちゃんが持ってきたクッキーを前にして、リビングには全員が揃っていた。
僕は、さっきよしかずさんと話したことで、気持ちは固まっていた。
「僕と萱は、明日帰ります。お母さんたちが本気でここに乗り込んでくるとは思えませんが、もうご迷惑をおかけすることは出来ないので」
「迷惑なんてかかってないぞ!」
塚田先生は、呆れたような声を出した。
事の詳細を知らない、美瑛ちゃんは僕と塚田先生に交互に顔を向けている。
「ここにいる間に、絵を完成させることは出来ませんでしたけど、僕の中で描きたいものは決まったので、東京で仕上げます」
「おお、必ず見せろよな!」
「……先生は夏休み明けに、学校に復職されますか?」
「え……」
先生が初めて、驚いたような表情を浮かべた。
いつも、飄々と何でも受け流していたのに、復職という言葉に反応したように思えた。
「さあ、どうかな。まだまだここでやることがあるしな」
「学校は辞めないですよね?」
先生は口を閉じた。
沈黙が流れる……楽しいお茶の時間が重苦しい空気に支配された。
それでも、僕は言いたかった。
「僕は、先生が学校に不当に扱われたことに対して抗議をしようと思ってます」
「島谷! 何を言ってるんだ? そんなこと生徒は考えないでいい」
「僕も柚と一緒に抗議します。戸谷を守って、塚田先生を排除するような学校側の運営には意義を申し立てます!」
萱と話し合ったわけじゃなかった。
でも、萱も僕と同じ気持ちでいてくれた。
「そんな、無駄なことはせんでいい。お前たちが何を言っても、学校側は変わらん」
「だからといって、逃げるんですか? 逃げてたら何も変わらない……僕はここでの一週間でそれを学びました」
逃げ続けても、隠し続けても、僕たちは前には進めない。
「先生なのに、生徒の方がしっかりしてるって、塚さんわかってる? 島谷くんも萱くんも今のこの状況を変えたいと思ってるんだよ。本当はそれを教えなきゃいけない塚さんが逃げていていいの? 辞めるつもりなら、闘ってから辞めなよ。島谷くんたちを失望させちゃだめだよ」
よしかずさんが、優しい声で塚田先生を諭している。
ずっと俯いている塚田先生の大きな身体が、少し小さく見えた。
黙って、話を聞いていた美瑛ちゃんが、おもむろにキャップを脱いだ。
「え……」
萱は初めて見る美瑛ちゃんの姿に、唾を飲みこんでいる音が聞こえた。
「ふー。私も闘う」
「え、美瑛ちゃんは関係ないよ」
「違う。私は私の闘いをするの。こうでありたい私を主張していくの」
きっぱりと言い切った美瑛ちゃんは、やっぱり眩しかった。
萱は、口を開けたまま、ずっと美瑛ちゃんを見ている。
僕は少しからかいたくなったけど、ここでは自粛した。
「ホラ、美瑛ちゃんも闘うって。塚さん、どうするの? 十代の子の決意にすでに負けてるよ」
「……何をどう闘うというんだ?」
塚田先生の声ではないような、弱い声が聞こえた。
「塚田先生のありもしない話をした人間を特定します。俺たちの中ではすでに目星はついているけど、証拠がないから。あと、柚が実際に戸谷にされたことを証拠として校長に提出します」
「証拠って?」
「僕が夏休み前に、戸谷先生に職員室に呼ばれた時の会話をスマホで録音してあります。会話的には微妙だけど、でも僕が拒否している会話も含まれてるから、セクハラとして認められる可能性はありそうです」
「……俺の話をした相手の特定は無理だろ?」
萱は宣言したけど、確かにその人間に対しての確たる証拠はないし、あったとしても校長が幾らでも言い逃れをすることは考えられた。
「……でも、今の日本でも性的マイノリティを排除するのは問題じゃないのかな? しかも何を校長先生に言ったのかわからないにしても、そもそもその証拠があるのかも怪しいよね。少なくとも、僕たちは何も悪いことはしてないから」
当事者であるよしかずさんの口調は、さっきよりも語気が強くなっていた。
男子校だから、排除したってことなのか? だとしたらやっぱり戸谷先生だって排除されるべきなのに。
僕はこの矛盾が許せなかった。
塚田先生は、質問をしつつも相変わらず俯いたままだった。
いつも、堂々としているのに、僕はそんな姿を見たくなかった。
「先生が決断してくれないと、僕たちは東京には帰れません!」
「少なくとも、夏休み中には決断してください。俺たちはやれることやりますから」
それでも、先生からの答えは、もらえなかった。
僕は、さっきよしかずさんと話したことで、気持ちは固まっていた。
「僕と萱は、明日帰ります。お母さんたちが本気でここに乗り込んでくるとは思えませんが、もうご迷惑をおかけすることは出来ないので」
「迷惑なんてかかってないぞ!」
塚田先生は、呆れたような声を出した。
事の詳細を知らない、美瑛ちゃんは僕と塚田先生に交互に顔を向けている。
「ここにいる間に、絵を完成させることは出来ませんでしたけど、僕の中で描きたいものは決まったので、東京で仕上げます」
「おお、必ず見せろよな!」
「……先生は夏休み明けに、学校に復職されますか?」
「え……」
先生が初めて、驚いたような表情を浮かべた。
いつも、飄々と何でも受け流していたのに、復職という言葉に反応したように思えた。
「さあ、どうかな。まだまだここでやることがあるしな」
「学校は辞めないですよね?」
先生は口を閉じた。
沈黙が流れる……楽しいお茶の時間が重苦しい空気に支配された。
それでも、僕は言いたかった。
「僕は、先生が学校に不当に扱われたことに対して抗議をしようと思ってます」
「島谷! 何を言ってるんだ? そんなこと生徒は考えないでいい」
「僕も柚と一緒に抗議します。戸谷を守って、塚田先生を排除するような学校側の運営には意義を申し立てます!」
萱と話し合ったわけじゃなかった。
でも、萱も僕と同じ気持ちでいてくれた。
「そんな、無駄なことはせんでいい。お前たちが何を言っても、学校側は変わらん」
「だからといって、逃げるんですか? 逃げてたら何も変わらない……僕はここでの一週間でそれを学びました」
逃げ続けても、隠し続けても、僕たちは前には進めない。
「先生なのに、生徒の方がしっかりしてるって、塚さんわかってる? 島谷くんも萱くんも今のこの状況を変えたいと思ってるんだよ。本当はそれを教えなきゃいけない塚さんが逃げていていいの? 辞めるつもりなら、闘ってから辞めなよ。島谷くんたちを失望させちゃだめだよ」
よしかずさんが、優しい声で塚田先生を諭している。
ずっと俯いている塚田先生の大きな身体が、少し小さく見えた。
黙って、話を聞いていた美瑛ちゃんが、おもむろにキャップを脱いだ。
「え……」
萱は初めて見る美瑛ちゃんの姿に、唾を飲みこんでいる音が聞こえた。
「ふー。私も闘う」
「え、美瑛ちゃんは関係ないよ」
「違う。私は私の闘いをするの。こうでありたい私を主張していくの」
きっぱりと言い切った美瑛ちゃんは、やっぱり眩しかった。
萱は、口を開けたまま、ずっと美瑛ちゃんを見ている。
僕は少しからかいたくなったけど、ここでは自粛した。
「ホラ、美瑛ちゃんも闘うって。塚さん、どうするの? 十代の子の決意にすでに負けてるよ」
「……何をどう闘うというんだ?」
塚田先生の声ではないような、弱い声が聞こえた。
「塚田先生のありもしない話をした人間を特定します。俺たちの中ではすでに目星はついているけど、証拠がないから。あと、柚が実際に戸谷にされたことを証拠として校長に提出します」
「証拠って?」
「僕が夏休み前に、戸谷先生に職員室に呼ばれた時の会話をスマホで録音してあります。会話的には微妙だけど、でも僕が拒否している会話も含まれてるから、セクハラとして認められる可能性はありそうです」
「……俺の話をした相手の特定は無理だろ?」
萱は宣言したけど、確かにその人間に対しての確たる証拠はないし、あったとしても校長が幾らでも言い逃れをすることは考えられた。
「……でも、今の日本でも性的マイノリティを排除するのは問題じゃないのかな? しかも何を校長先生に言ったのかわからないにしても、そもそもその証拠があるのかも怪しいよね。少なくとも、僕たちは何も悪いことはしてないから」
当事者であるよしかずさんの口調は、さっきよりも語気が強くなっていた。
男子校だから、排除したってことなのか? だとしたらやっぱり戸谷先生だって排除されるべきなのに。
僕はこの矛盾が許せなかった。
塚田先生は、質問をしつつも相変わらず俯いたままだった。
いつも、堂々としているのに、僕はそんな姿を見たくなかった。
「先生が決断してくれないと、僕たちは東京には帰れません!」
「少なくとも、夏休み中には決断してください。俺たちはやれることやりますから」
それでも、先生からの答えは、もらえなかった。



