晴れた日でも雨傘をさして

 ログハウスに戻ると、ちょうど昼食の準備をしていた。
 僕も手を洗って、手伝おうとキッチンに向かうとスマホが鳴った。
 お母さんからの電話……
 キッチンにいた萱と目が合うと、萱も察知してくれたのか僕の横に来た。

「とりあえず、出ろ」
「う、うん」

 僕は何をどう話すべきか、全く決めてなかったことを後悔した。
 でも、もう萱の家にいるという嘘は吐けないと思った。

「もしもし、お母さん?」
『柚? ねえ、あなたどこにいるの? どういうつもりなの?』
「え……なにが?」
『萱くんのお宅じゃなくて、どこにいるの! どうして嘘を吐くの!』

 耳が破裂しそうなぐらいの大声を出されて、僕は思わず耳からスマホを離した。
 そのスマホを誰かの手に取られた。

「え……」
「もしもし。突然申し訳ありません。美術部の顧問をしております塚田と申します。実は、柚くんは私の田舎の家に来ております。ええ、学習旅行を兼ねて、私が招待しました……」

 塚田先生は、勝手に話を進めていた。
 僕も萱も、塚田先生を巻き込むつもりはなかったのに。
 絶対にお母さんは余計なことを言うはずだった。
 僕は、塚田先生からスマホを奪おうとするが、背の高い塚田先生のスマホを持つ手に届かない。
 萱も、応戦するが、塚田先生に交わされて成す術もない。

「はい。お怒りになるのはごもっともです。いえ、私が至らなかったために、ご心配をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。本人も、反省しておりますので、どうか柚くんをお叱りにはならないでください。全ての責任は教師である、私にあります」
「そんなことない! 先生はなにもしてない! お母さん、僕が家出をしたんだよ!」

 僕は大声で叫ぶが、それがお母さんに届いているかはわからなかった。

「塚田先生、代わってください! 先生!」

 塚田先生は、口元に笑みを浮かべて諦めたように僕にスマホを返した。

「お母さん、先生が言ったことは真実じゃないよ。僕が家出をしたんだ。お母さんや戸谷先生から逃げたくて……。ねえ、聞いてる?」
『……呆れて電話で話すことはないわ。本当に最低な教師ね。この件は校長先生にも伝えますから』
「お母さん! だから、違うんだって! ねえ!」
『明日、帰ってきなさい。帰ってこないなら、そこまでお父さんと迎えに行きます』
「なんで……どうせ住所なんてわからないだろ!」
『そういう問題じゃないの。ねえ、嘘を吐いてまで休職になっている教師の元へ行くなんて常識じゃ考えられないでしょ?』

 お母さんの常識は、僕の常識とは違う。
 また不毛な話が延々と続く。

「だから、僕が勝手に先生のところに行きたいって言ったんだよ。塚田先生は僕たちを受け入れてくれただけ」
『ああ、もう、血圧が上がって、お母さんフラフラよ。これから、お父さんにも学校にも連絡しないといけないから、切るわね』
「お母さん!」

 電話が切れても、僕はずっとスマホを耳に当てていた。
 怒鳴り散らして、声は枯れ、涙や鼻水で顔中ぐちゃぐちゃだった。

「どうして、先生が悪者になるんですか! 悲劇のヒーローになるのは止めてください! それで俺や柚を守っているつもりなら、それは独りよがりな偽善です!」

 萱が、塚田先生に対して理路整然と厳しい言葉を投げていた。
 でも、萱なりの塚田先生に対する、謝罪のようにも思えた。
 そう、塚田先生が犠牲になったところで、何かが変わるわけじゃない。
 相変わらず、お母さんや校長先生は悪者を一人つくっておけば、万事うまくいくと、ほくそ笑むだろう。
 それも、偽善だ……

「まあ、こういう言い訳ひとつで親が納得するなら安いもんだろ」
「……先生はまたエスケープするんですか……」

 僕は掠れた声を出した。
 ずっと先生は逃げ続けるのか知りたかった。

「……そうかもな」
「……先生、ごめんなさい。塚田先生ごめんなさい」

 僕は謝りながら、床に泣き伏せた。
 僕の身勝手な行動で、迷惑をかけたこと、最悪な結果になったこと、そして、塚田先生をまた傷つけてしまったことに。