男しかいない学校でも、人気者はいる。
常に成績のことしか頭にない人が大半なのに、頭も良く、ルックス的にも抜きんでた人物は存在している。
「相馬先輩に名前を憶えてもらったぞ!」
週明け、席に着くなり友達の萱高史が自慢しにきた。
三年生の相馬先輩はモデルのようなルックスに、学年トップの成績を三年間維持している、異次元な人だ。
テレビや雑誌でも取り上げられたことがある。
学校でも一目置かれる存在。
彼の取り巻きに入りたがる、意識高い系な後輩も多い。
萱もそのひとりかも。
「どういう意味だよ?」
「だから、三年の相馬先輩に、『萱って高校ディベートで2位に入っただろ?』って声掛けられたよ!」
「マジか?」
「まあ、俺の実力が先輩にも伝わったってことよ」
「ウザっ」
萱は成績も上位組だが、人と対話することが得意だ。
それが生じて、ディベート大会に出るようになり、成果を出している。
僕自身は、人と上手くコミュニケーションを取るのが苦手だが、論理的に筋道を立てて話す萱と一緒にいるようになって、感情的ではなく整理しながら自分の気持ちを言語化できるようになった気がしている。
といっても、普段は二人してくだらない話しかしないけど。
「で、なんかお前のことも聞かれたー」
「え? 僕のこと?」
「そう。二年でいつも一緒にいる奴、顔いいよなって。モデルかなんかやってるのかってさ」
「はぁ? なんだそれ」
「だから、あいつは暗い奴で、俺がいないと誰とも会話できない奴なんですよって言っておいた」
「おまえ! それは無いだろう!」
萱がニヤニヤしながら、僕をからかっているのがわかった。
でも、こいつのことは憎めない。
「柚は自覚してなさそうだけどさ、お前、顔はいいからな。ただ、モデルをやるには小せえから無理だよな」
「ほっとけ! 絵ばっかり描いてたから背は伸びなかったんだよ!」
170センチギリの身長。
クラスの中でも、小さいほうだ。
萱は、運動なんかしてこなかったくせに180センチはある。
少し、うらやましい。
「まあ、天は二物を与えずってな。お前は顔の良さを、俺は背の高さをもらったってことだ」
「そんなんでまとめんな!」
へらへらと笑いながら、萱は席に戻って行った。
学校に来るのは、憂鬱だけど萱と話しているだけで、かなり救われている。
そう思っていると、始業のベルが鳴った。
憂鬱にさせる一番の現況である、戸谷先生が入って来た。
先週、塚田先生に助け舟をもらったことが気になった。
「テストも終わったことだし、あと少しで夏休みに入る。二年の夏は三年の受験に向けて一番大事な時期だからな、それぞれのスケールに合った時間を過ごして欲しい。今回のテストの成績で気になった人は、個別指導するから」
げっ! 個別指導って何?
先生の視線が、なんとなく自分に向けられているように感じて思わず下を向いた。
やっぱり、塚田先生に助けてもらうべきかもしれない。
でも、校長先生の耳に入ったら、自ずとお母さんたちにも連絡がいく。
いや、それは僕が悩むことじゃない。
嫌なことをされて、嫌な思いをしているのは僕自身なわけだから。
自分で自分の身を守ることは、間違ってはいない。
クラスの中を見回す。
この中に、僕のように嫌な思いをしている人はいないのだろうか?
🔸🔸🔸
昼休み、美術室に用事があると言って、萱と弁当を食べずに教室を出た。
いつも、昼休みには塚田先生が美術室に居ることは知っていた。
だから、迷わず向かった。
今日、伝えなければ、この先伝えるモチベを維持できないような気がしていた。
美術室のドアをノックして、扉を開いた。
居るはずだと思っていた、先生の姿はなかった。
「どうして……」
意気消沈。
学校を休んでいるのか、昼休みに何か用事があっていないのかわからなかった。
かといって、戸谷先生が居る職員室に行く勇気はなかった。
僕は、描きかけの自分の絵の前に崩れるように座った。
デッサンしかしていない。
どこにあるのか、実際に見たことがあるような、ないような回廊に傘をさした人たちが歩いている。傘に覆われて顔はわからない。 暗く厚い壁に覆われた、細く長い回廊。
迷路じゃない。
回廊だからこの先に出口はある。
傘をさした人たちは出口を求めて歩いているのか、出口の先には何があるのか。
僕は何があって欲しくて描いているのか……
そんなことを、考えていると勢いよく扉が開いた。
「おー、島谷。どうした」
塚田先生が、バナナを頬張りながら入ってきた。
ジャージの上下を着た、異端の美術教師。
そんな言葉がぴったりだ。
「相談があってきました」
「そうか、そうか。いやー、でもこのデッサンいいな。いっそのこと、色を塗らずにデッサンのままで仕上げるっていうのもよさそうだけどなー」
僕の横に立って、バナナを食べながらそんなことを言う。
ホントに面白い人だ。
「色を塗るなら。濃淡を出すだけのモノクロにしたいです」
「……それが、今の島谷の気持ちか」
「ですかね」
「なんだよ、その曖昧な答えは。食べるか?」
塚田先生は、僕の前にバナナを一本差し出した。
昼ご飯を食べずにここにきた僕は、遠慮することなくいただいた。
「で、相談ってなんだ?」
僕は口に入れたバナナを一旦、喉に流し込むと口を開いた。
「戸谷先生のことです。やっぱり、どうにかならないかなって」
「だよなー。先週の今日で、なんか言われたか?」
僕は思いっきり顔を左右に振って否定した。
「なにも。でも、今回のテストの成績が悪かった人は個別指導をするって言ってました。恐らく、僕はその対象者です」
「そうか……。よし、わかった。校長に話してみよう」
「ホントですか? ありがとうございます」
「ただし、もみ消されることもあるかもしれないし、ご両親にも話は届くぞ。それで、お前が不利益を被ることもあるかもしれない」
「……覚悟してます」
そうは言いながらも、内心では校長先生は戸谷先生を擁護するだろうと思っていた。
一生徒の話よりも、長年一緒に働いている同僚の話を信じるだろう。
「これは、お前に話すべきじゃないかもしれないが」
「はい」
「俺がここに入る前に、教師をしていた人に戸谷先生のことを聞いてみた」
塚田先生が、僕が食べ終わったバナナの皮を自分が食べた皮と一緒に、ビニール袋に入れてゴミ箱に捨ててくれた。
「以前もあったらしい。程度はわからないが、気に入った生徒に対して過剰な接触をしていたってことが」
「え! そうなんですか」
「うん。その人曰く……」
「……なんですか?」
「顔だそうだ」
「は? 顔?」
黒板に寄りかかっている塚田先生は、苦い顔をして笑っていた。
「好みの顔の男子を見つけると、必要以上に世話をやく。それが徐々にエスカレートしていく」
「そ、そんな。じゃあ、僕は」
「あいつの好みってことなんだな」
「やめてください!」
僕は思わず立ち上がり、気持ち悪くなって両手を身体に回した。
「悪い。生徒の前でこんな話をするべきじゃなかったな。だけど、これは立派なセクハラだ。だから訴える必要性は十分にある」
「そ、そのやられていた生徒はどうしたんですか? 訴えなかったんですか?」
「……結局、東大に入ったらしいから。ある程度受け入れてたのかもな」
「そ、そんな……」
それじゃあ、僕が過剰に反応し過ぎているってこと?
「他の奴らのことは気にするな。自分がやられて嫌なことは、イコール、ハラスメントに値する」
顔ってなんだよ!
美術室を出ると、教室に戻りたくなかった。
伝えることが出来たのは良かったけど、知りたくなかった情報が耳に入った。
「はぁー」
ため息を吐いて、階段を降りようとすると声を掛けられた。
「二年の、島谷くんだよね?」
「は? はい」
相馬先輩と、その取り巻きだった。
そうだ、この階は三年生の教室がある階。
いきなり、僕は囲まれていた。
「やっぱり、いい顔してる。っていうか、可愛い系か。放課後さ、時間取れる?」
「え、ど、どうしてですか?」
心臓がトクんと鳴った。
ここでも顔か……
「ん? SNSに載せたいから。一緒に動画撮ろうよ」
「動画!」
大きな声を出していた。
先輩の取り巻きたちが笑っている。
「そう。やっぱり顔がいい子は一緒に出て欲しいんだよねー。俺と出たら、島谷くんのSNSもバズるよ。やってるよね? SNS」
「や、やってません」
「そうなの? なんで?」
なにがなんだか、わけがわからなかった。
もう、僕を放っておいてください!
「す、すみません。失礼します」
僕は、囲まれている輪をくぐって階段を駆け降りた。
常に成績のことしか頭にない人が大半なのに、頭も良く、ルックス的にも抜きんでた人物は存在している。
「相馬先輩に名前を憶えてもらったぞ!」
週明け、席に着くなり友達の萱高史が自慢しにきた。
三年生の相馬先輩はモデルのようなルックスに、学年トップの成績を三年間維持している、異次元な人だ。
テレビや雑誌でも取り上げられたことがある。
学校でも一目置かれる存在。
彼の取り巻きに入りたがる、意識高い系な後輩も多い。
萱もそのひとりかも。
「どういう意味だよ?」
「だから、三年の相馬先輩に、『萱って高校ディベートで2位に入っただろ?』って声掛けられたよ!」
「マジか?」
「まあ、俺の実力が先輩にも伝わったってことよ」
「ウザっ」
萱は成績も上位組だが、人と対話することが得意だ。
それが生じて、ディベート大会に出るようになり、成果を出している。
僕自身は、人と上手くコミュニケーションを取るのが苦手だが、論理的に筋道を立てて話す萱と一緒にいるようになって、感情的ではなく整理しながら自分の気持ちを言語化できるようになった気がしている。
といっても、普段は二人してくだらない話しかしないけど。
「で、なんかお前のことも聞かれたー」
「え? 僕のこと?」
「そう。二年でいつも一緒にいる奴、顔いいよなって。モデルかなんかやってるのかってさ」
「はぁ? なんだそれ」
「だから、あいつは暗い奴で、俺がいないと誰とも会話できない奴なんですよって言っておいた」
「おまえ! それは無いだろう!」
萱がニヤニヤしながら、僕をからかっているのがわかった。
でも、こいつのことは憎めない。
「柚は自覚してなさそうだけどさ、お前、顔はいいからな。ただ、モデルをやるには小せえから無理だよな」
「ほっとけ! 絵ばっかり描いてたから背は伸びなかったんだよ!」
170センチギリの身長。
クラスの中でも、小さいほうだ。
萱は、運動なんかしてこなかったくせに180センチはある。
少し、うらやましい。
「まあ、天は二物を与えずってな。お前は顔の良さを、俺は背の高さをもらったってことだ」
「そんなんでまとめんな!」
へらへらと笑いながら、萱は席に戻って行った。
学校に来るのは、憂鬱だけど萱と話しているだけで、かなり救われている。
そう思っていると、始業のベルが鳴った。
憂鬱にさせる一番の現況である、戸谷先生が入って来た。
先週、塚田先生に助け舟をもらったことが気になった。
「テストも終わったことだし、あと少しで夏休みに入る。二年の夏は三年の受験に向けて一番大事な時期だからな、それぞれのスケールに合った時間を過ごして欲しい。今回のテストの成績で気になった人は、個別指導するから」
げっ! 個別指導って何?
先生の視線が、なんとなく自分に向けられているように感じて思わず下を向いた。
やっぱり、塚田先生に助けてもらうべきかもしれない。
でも、校長先生の耳に入ったら、自ずとお母さんたちにも連絡がいく。
いや、それは僕が悩むことじゃない。
嫌なことをされて、嫌な思いをしているのは僕自身なわけだから。
自分で自分の身を守ることは、間違ってはいない。
クラスの中を見回す。
この中に、僕のように嫌な思いをしている人はいないのだろうか?
🔸🔸🔸
昼休み、美術室に用事があると言って、萱と弁当を食べずに教室を出た。
いつも、昼休みには塚田先生が美術室に居ることは知っていた。
だから、迷わず向かった。
今日、伝えなければ、この先伝えるモチベを維持できないような気がしていた。
美術室のドアをノックして、扉を開いた。
居るはずだと思っていた、先生の姿はなかった。
「どうして……」
意気消沈。
学校を休んでいるのか、昼休みに何か用事があっていないのかわからなかった。
かといって、戸谷先生が居る職員室に行く勇気はなかった。
僕は、描きかけの自分の絵の前に崩れるように座った。
デッサンしかしていない。
どこにあるのか、実際に見たことがあるような、ないような回廊に傘をさした人たちが歩いている。傘に覆われて顔はわからない。 暗く厚い壁に覆われた、細く長い回廊。
迷路じゃない。
回廊だからこの先に出口はある。
傘をさした人たちは出口を求めて歩いているのか、出口の先には何があるのか。
僕は何があって欲しくて描いているのか……
そんなことを、考えていると勢いよく扉が開いた。
「おー、島谷。どうした」
塚田先生が、バナナを頬張りながら入ってきた。
ジャージの上下を着た、異端の美術教師。
そんな言葉がぴったりだ。
「相談があってきました」
「そうか、そうか。いやー、でもこのデッサンいいな。いっそのこと、色を塗らずにデッサンのままで仕上げるっていうのもよさそうだけどなー」
僕の横に立って、バナナを食べながらそんなことを言う。
ホントに面白い人だ。
「色を塗るなら。濃淡を出すだけのモノクロにしたいです」
「……それが、今の島谷の気持ちか」
「ですかね」
「なんだよ、その曖昧な答えは。食べるか?」
塚田先生は、僕の前にバナナを一本差し出した。
昼ご飯を食べずにここにきた僕は、遠慮することなくいただいた。
「で、相談ってなんだ?」
僕は口に入れたバナナを一旦、喉に流し込むと口を開いた。
「戸谷先生のことです。やっぱり、どうにかならないかなって」
「だよなー。先週の今日で、なんか言われたか?」
僕は思いっきり顔を左右に振って否定した。
「なにも。でも、今回のテストの成績が悪かった人は個別指導をするって言ってました。恐らく、僕はその対象者です」
「そうか……。よし、わかった。校長に話してみよう」
「ホントですか? ありがとうございます」
「ただし、もみ消されることもあるかもしれないし、ご両親にも話は届くぞ。それで、お前が不利益を被ることもあるかもしれない」
「……覚悟してます」
そうは言いながらも、内心では校長先生は戸谷先生を擁護するだろうと思っていた。
一生徒の話よりも、長年一緒に働いている同僚の話を信じるだろう。
「これは、お前に話すべきじゃないかもしれないが」
「はい」
「俺がここに入る前に、教師をしていた人に戸谷先生のことを聞いてみた」
塚田先生が、僕が食べ終わったバナナの皮を自分が食べた皮と一緒に、ビニール袋に入れてゴミ箱に捨ててくれた。
「以前もあったらしい。程度はわからないが、気に入った生徒に対して過剰な接触をしていたってことが」
「え! そうなんですか」
「うん。その人曰く……」
「……なんですか?」
「顔だそうだ」
「は? 顔?」
黒板に寄りかかっている塚田先生は、苦い顔をして笑っていた。
「好みの顔の男子を見つけると、必要以上に世話をやく。それが徐々にエスカレートしていく」
「そ、そんな。じゃあ、僕は」
「あいつの好みってことなんだな」
「やめてください!」
僕は思わず立ち上がり、気持ち悪くなって両手を身体に回した。
「悪い。生徒の前でこんな話をするべきじゃなかったな。だけど、これは立派なセクハラだ。だから訴える必要性は十分にある」
「そ、そのやられていた生徒はどうしたんですか? 訴えなかったんですか?」
「……結局、東大に入ったらしいから。ある程度受け入れてたのかもな」
「そ、そんな……」
それじゃあ、僕が過剰に反応し過ぎているってこと?
「他の奴らのことは気にするな。自分がやられて嫌なことは、イコール、ハラスメントに値する」
顔ってなんだよ!
美術室を出ると、教室に戻りたくなかった。
伝えることが出来たのは良かったけど、知りたくなかった情報が耳に入った。
「はぁー」
ため息を吐いて、階段を降りようとすると声を掛けられた。
「二年の、島谷くんだよね?」
「は? はい」
相馬先輩と、その取り巻きだった。
そうだ、この階は三年生の教室がある階。
いきなり、僕は囲まれていた。
「やっぱり、いい顔してる。っていうか、可愛い系か。放課後さ、時間取れる?」
「え、ど、どうしてですか?」
心臓がトクんと鳴った。
ここでも顔か……
「ん? SNSに載せたいから。一緒に動画撮ろうよ」
「動画!」
大きな声を出していた。
先輩の取り巻きたちが笑っている。
「そう。やっぱり顔がいい子は一緒に出て欲しいんだよねー。俺と出たら、島谷くんのSNSもバズるよ。やってるよね? SNS」
「や、やってません」
「そうなの? なんで?」
なにがなんだか、わけがわからなかった。
もう、僕を放っておいてください!
「す、すみません。失礼します」
僕は、囲まれている輪をくぐって階段を駆け降りた。



