晴れた日でも雨傘をさして

 美瑛ちゃんが作ったクッキーは、サクっと歯切れがいいのにほろほろと柔らかく、中に挟まっている甘酸っぱいイチゴジャムも美味しくて、僕はぱくぱくと口に入れていた。

「美味しいね。お店で売ったらいいのに」
「塚さんにも言われた。パンとかマフィンとか道の駅で売ればって」
「売らないの?」
「うーん、自信がない。でも、初めて会った島谷くんと萱くんに、美味しいって言われたからちょっとは自信になったかも」

 お世辞じゃなく、本当に美味しかった。
 人工的ではない甘さや、生地の柔らかさに、僕は素直に感動した。
 僕たちの美味しいが、美瑛ちゃんの自信に繋がったのなら、それはそれで嬉しかった。

「何に共感するの?」

 僕は、口の中の水分をクッキーにとられて、モゴモゴと口ごもった。

「ちょっと待って。水飲むから」

 持ってきた水筒の中の水は、一口しか残ってなかったけど、少しは潤った。

「あ、うん。僕が隠したいことにも通じるんだけどさ。僕は高校で先生にセクハラされてたんだ」
「セクハラ?」

 塚田先生以外の人に対して、とうとう自分で口にした。
 でも、セクハラという言葉を使わないと僕の状況は語れないと思った。

「担任の先生が、その……僕の顔が好みだったらしくて、顔を近づけたり、触ったり、教室で二人だけになろうとしたり、帰りに待ち伏せされたり、なんだか、今自分で言っていても腹が立つし、気持ち悪いんだけど、そういうことされていて」

 隣に座っている、美瑛ちゃんの身体がビクっと動いた気がした。

「それがセクハラだとはわからなくて。でも、それが続くようになってから僕はあの雨傘の絵を描くようになって。美瑛ちゃんが隠したいことがあるからでしょって言われて、初めて気がついたんだ」
「……何を?」
「……僕は、僕自身を人の目から隠したかったんだなって。好奇の目で見る担任、僕の気持ちを汲んでくれない親、そういう大人から」

 初めて、自分の気持ちが整理できた気がする。
 本当の自分の姿を見てくれないなら、隠してしまおう。
 そうやって、雨傘の絵ばかりが増えていた。
 美瑛ちゃんは、うんうんと頷いていた。

「僕も美瑛ちゃんも本当の自分を見てもらえなくて、それが嫌で隠した。同じだよね……」

 美瑛ちゃんが持っていた水筒を僕の前に差し出した。

「いっぱい話して喉渇いたでしょ。飲んでいいよ」

 僕が受け取ろうとすると、美瑛ちゃんの手に触れた。
 その手がとても冷たかった。

「……セクハラなんて酷いね。しかも担任の先生って。島谷くんが可哀想!」

 美瑛ちゃんの語気が少し強くなった。
 僕のために怒ってくれている……
 
「でも、同じ思いをしている人がいて嬉しい。私、間違ってないよね」
「うん……。僕たちは誰かの思惑や、無自覚な善意に縛られたくないよね」
「島谷くんと出会わせてくれた、塚さんに感謝だな」
「僕も美瑛ちゃんと出会って良かった……」

 石の上に置いていた美瑛ちゃんの手に僕の手を重ねた。
 美瑛ちゃんの手はやっぱり冷たかった。
 それでも、美瑛ちゃんの熱い気持ちがその冷たい手を通して僕の手にじんわりと伝わってくるようだった。