「言ったな……」
「はい。言ってしまいました。っていうか、先生は気づいてたんですか?」
先生は「はは」と声をあげて、笑っている。
僕も「はは」と恥ずかしさ半分、後悔半分の気持ちで笑っていた。
「家出とは古風だよなー、イマドキの子はしないだろ? 最初は普通に旅行に来たんだろうなって思ったけど、いつまでに帰るとも言わないし、帰る様子もないし。しかも、農作業しに旅行にくる奴なんて、いないぞ」
「はい。それはごもっともです。でも、先生は僕たちに何も言わなかったじゃないですか」
先生は麦茶が入ったグラスをゆるゆると回していた。
お酒を飲んでいるわけでもないのに……
「建前上は好きにいていいぞと言いながら、本音では俺が気づく前に言えよとは思っていたけどな」
「え、そうなんですか。じゃあ、今このタイミング告白したのは良かったんですかね」
「まあ、一週間が限度だろうなーとは思っていたよ」
見抜かれていた。
でも、僕はなんだか安心した。
「……先生が休職になった理由も知りたいです。絶対に戸谷先生のことが関わっているのは確かですよね?」
「……まあ、きっかけはそれだけど、本当のところは違う」
飄々としていた軽い口調の先生の声が、重く低くなった。
僕は何を言われるのか、身構える。
「誰かは知らん。でも誰かが俺とよしかずのことを校長の耳に入れた」
「あ……」
セクシャリティ……さっき先生が切り上げた話題のこと?
「さもスキャンダラスなことを吹聴していった奴がいた。校長としては、タイミングが良かったんだろうな。俺が戸谷のことで口を出したのが気に入らなかっただろうし」
「そ、そんな! スキャンダラスなら戸谷先生こそじゃないですか! どうして、校長先生は戸谷先生をかばうんですか?」
「何かあるんだろうが。もうそれはどうでも良くなった。だから、俺は家からも学校からもエスケープしたってことなんだよ」
僕は急に、体中の力が抜けた。
理不尽なことが、大人のルールで決められていく。
その犠牲になるのは、僕たち生徒だけじゃなくて、そのルールにはみだした大人でさえも。
じゃあ、僕ひとりがどうあがいたって、勝てるわけないじゃないか……
「……ごめんな。負け犬の先生で」
「……先生は負け犬なんかじゃないです。でも、僕は悔しいです」
頬に冷たいものが流れた。
僕は自分自身が理解されなかった時でさえ、泣かなかったのに、今目の前にいる先生のことでは涙を止めることができなかった。
「俺のために泣かんでもいい」
「……ぼ、僕は……負けたくないです」
先生の大きな手が、僕の肩を軽く叩いた。
戸谷先生とは違う。
強要ではなく、そこにあるのは尊重だからだ。
🔸🔸🔸
僕は二階に上がると、アトリエのドアを開けた。
描きたいものが湧きあがってきた。
3Bの鉛筆でデッサンを始める。
部屋の中には、鉛筆を滑らす音しか聞こえない。
全て描き終わる前に、帰らなくてはいけないかもしれない。
それでも、今の僕は無心にキャンバスに向かう。
誰にも、邪魔させない、僕が一番自由でいられる瞬間だから。
「はい。言ってしまいました。っていうか、先生は気づいてたんですか?」
先生は「はは」と声をあげて、笑っている。
僕も「はは」と恥ずかしさ半分、後悔半分の気持ちで笑っていた。
「家出とは古風だよなー、イマドキの子はしないだろ? 最初は普通に旅行に来たんだろうなって思ったけど、いつまでに帰るとも言わないし、帰る様子もないし。しかも、農作業しに旅行にくる奴なんて、いないぞ」
「はい。それはごもっともです。でも、先生は僕たちに何も言わなかったじゃないですか」
先生は麦茶が入ったグラスをゆるゆると回していた。
お酒を飲んでいるわけでもないのに……
「建前上は好きにいていいぞと言いながら、本音では俺が気づく前に言えよとは思っていたけどな」
「え、そうなんですか。じゃあ、今このタイミング告白したのは良かったんですかね」
「まあ、一週間が限度だろうなーとは思っていたよ」
見抜かれていた。
でも、僕はなんだか安心した。
「……先生が休職になった理由も知りたいです。絶対に戸谷先生のことが関わっているのは確かですよね?」
「……まあ、きっかけはそれだけど、本当のところは違う」
飄々としていた軽い口調の先生の声が、重く低くなった。
僕は何を言われるのか、身構える。
「誰かは知らん。でも誰かが俺とよしかずのことを校長の耳に入れた」
「あ……」
セクシャリティ……さっき先生が切り上げた話題のこと?
「さもスキャンダラスなことを吹聴していった奴がいた。校長としては、タイミングが良かったんだろうな。俺が戸谷のことで口を出したのが気に入らなかっただろうし」
「そ、そんな! スキャンダラスなら戸谷先生こそじゃないですか! どうして、校長先生は戸谷先生をかばうんですか?」
「何かあるんだろうが。もうそれはどうでも良くなった。だから、俺は家からも学校からもエスケープしたってことなんだよ」
僕は急に、体中の力が抜けた。
理不尽なことが、大人のルールで決められていく。
その犠牲になるのは、僕たち生徒だけじゃなくて、そのルールにはみだした大人でさえも。
じゃあ、僕ひとりがどうあがいたって、勝てるわけないじゃないか……
「……ごめんな。負け犬の先生で」
「……先生は負け犬なんかじゃないです。でも、僕は悔しいです」
頬に冷たいものが流れた。
僕は自分自身が理解されなかった時でさえ、泣かなかったのに、今目の前にいる先生のことでは涙を止めることができなかった。
「俺のために泣かんでもいい」
「……ぼ、僕は……負けたくないです」
先生の大きな手が、僕の肩を軽く叩いた。
戸谷先生とは違う。
強要ではなく、そこにあるのは尊重だからだ。
🔸🔸🔸
僕は二階に上がると、アトリエのドアを開けた。
描きたいものが湧きあがってきた。
3Bの鉛筆でデッサンを始める。
部屋の中には、鉛筆を滑らす音しか聞こえない。
全て描き終わる前に、帰らなくてはいけないかもしれない。
それでも、今の僕は無心にキャンバスに向かう。
誰にも、邪魔させない、僕が一番自由でいられる瞬間だから。



