晴れた日でも雨傘をさして

 隣を歩く美瑛ちゃんはキャップを手に持っている。
 もう、深く被って自分の顔を隠さないのかな?
 あれだけ毎日農作業をしているのに、美瑛ちゃんの肌は真っ白だ。
 それに比べて、僕はおでこから足の先まで真っ黒になっている。
 たった一週間しか経ってないのに。

「もうキャップは被らないの?」
「うん。島谷くんの前では被らないでも大丈夫。でも、萱くんはどうだろう?」
「ああ……でも、あいつも偏見はないよ。事実を事実として受け止めて、そこから自分なりの解釈で自分の中で納得させるって感じかな」
「すごいね! そんなに友達のこと分析できるって!」
「そうかな……」

 確かに、自分で言っていてなんだかムズ痒くなった。
 別に、あいつのことを持ち上げるつもりもないんだけど。
 美瑛ちゃんは、ちょっと跳ねるように歩いている。
 僕は勝手に、隠していたことを打ち明けたことに身体が反応しているのかなと解釈していた。
 そうであったらいいな……

「……今度は島谷くんの隠したいことを教えてね」
「あ! そうだね……聞いておいて自分のことを言わないのはフェアじゃないよね」
「まだ、ここにいるの?」
「うん……まだいつ東京に戻るか決めてない。っていうか、絵を完成させないと戻れないかも」
「じゃあ、時間あるね。だから、今じゃなくてもいいよ」
「そうだね……」
「また、さっきのところで話そうよ。私、好きなのあそこ」

 木がざわざわと風に揺れ、鳥の鳴き声しか聞こえない、空間。
 自分も林の中の一部になったような感覚を覚えた。

「わかった」
「じゃあね」

 美瑛ちゃんは、僕に視線を合わせると手を小さくふって、ログハウスとは別の方向へ走って行った。
 僕は見えなくなるまで、ずっとその後ろ姿を見ていた。

🔸🔸🔸

 ログハウスに戻ると、リビングには誰もいなかった。
 僕はそのまま二階に上がり、ドアを開けようとすると萱が誰かと話している声が聞こえた。

「だから、先生の実家で合宿してるんだよ。特に問題ないから。ああ、わかった」

 萱はスマホを耳から離すと、乱暴にベッドの上に投げた。

「大丈夫か?」
「え? ああ。父さんから。帰って来たら、家がもぬけの殻で、お前はどこにいるんだー! だってさ。今更、遅すぎだろ!」
「家に誰もいないのか?」
「言ったじゃん。親は二人ともアメリカの兄さんのところに行ってるんだよ」
「あれって、その場しのぎの話じゃなかったの?」

 萱が僕のお母さんを説得させるために吐いた嘘だと思っていた。
 萱は、ダルそうな、面倒くさそうな表情をしている。

「去年もそう。夏休みには二人で兄さんのところへ行く。俺はひとりで、予備校に通って、部活して、テキトーに食べてって過ごしたんだ。今年もその予定だったけど、お前の家出に付き合えてホントにラッキー」
「そ、それって育児放棄じゃないのか!」
「育児放棄? それって未就学児に当てはめるんじゃないのか?」
「どっちにしても、未成年をひとりで置いていくなんておかしいよ!」
「この前もそうだけど、お前が熱くなる必要ないからな」

 萱の言う通りだ。
 僕が文句をいったところで、何かが変わるわけでもないし、萱の寂しさが薄れるわけでもない。
 でも、答えのでないことに一人で、悶々としていた。

「で、いつ帰るって言ったんだ?」
「言ってない。でも、そろそろタイムリミットだよな……」

 どうにかなるっしょと言っていた萱から、タイムリミットという言葉が出た。
 やっぱり、限界が近づいているのを萱も感じていたのか。

「家出ってこんなに充実しているものじゃないよね」
「だな。本来は追い詰められての行動だから、もっと切羽詰まった感じになると思うけど。俺たちは快適過ぎて、既に目的を失ってるよな」

 二人して、乾いた笑いが出てしまった。
 普通の旅行よりも楽しい家出ってなんだよ?

「……塚田先生にホントのことを言うよ」
「だな。薄々感じてそうだけど」

 塚田先生には言う。
 でも、この家出が塚田先生に迷惑をかけることは絶対に避けたかった。

「柚は、帰っても後悔しないのか?」
「え? 後悔って?」
「……美瑛ちゃん。一時間も二人で話してたんだろ? 恋愛初心者の柚は俺みたいに効率重視じゃ考えられないよなーって」
「な、なに言ってんだよ!」

 顔がわかりやすいほど熱くなって、俯いた。
 恋愛? これが? まだ何にも始まってないのに?

「まあ、夏休みの思い出としては最高なんじゃないの? 『アオハルしに行け』By塚田」

 萱の言い方に、思わず吹き出した。

「やめろ、つばが出ちゃっただろ」
「面白いよなー。塚田って」

 きちんと向き合う時が来たと、僕は覚悟した。