晴れた日でも雨傘をさして

 早朝、収穫し、野菜を洗う。少し休憩して、再度収穫し、昼食を食べる。午後は草刈りや肥料をまいて、そのまま夕飯まではフリータイム。
 というスケジュールで一日が終わる。
 僕たちは、塚田先生の元に来てから既に四日経っていた。
 一日目が終わると、朝起き上がるのも辛いほどの筋肉痛に襲われたけど、四日も経つとそれもなくなり、早寝早起きにも慣れてきた。
 塚田先生には、若いから順応するのが早いんだなと褒められた。
 でも、いつ帰るのかとは僕たちには聞いてこない。
 僕たちもそれをいいことに、何も言わずに過ごしている。
 美瑛ちゃんは、毎日手伝いに来ている。
 僕も萱も、ごく普通に美瑛ちゃんと会話ができるようになっていた。
 それでも、キャップは被ったままで、美瑛ちゃんの素顔はわからない。

「正直、これで家に帰ったら、萱と何してたんだーって言われそう」
「まあ、見事に焼けたよな……」

 長袖のロンTを着て、手袋して、帽子を被り、日焼けから完全防備でいたつもりだけど、それでも太陽を妨げるものがない畑では、直射日光はビームのように僕たちの身体を射した。

「開き直るしかねーよなー。ま、俺は誰も気にしないけどな」
「ねえ、萱はお父さんたちに連絡してないのか? ずっとそれが気になってるんだけど」
「ああ? まあ、別にそこは問題ないし」
「問題あるよ!」
「なんだよ、お前がムキになることじゃないだろ」

 ムキにもなる。
 家出の道連れにしたのは僕だから。

「あんまり、人の家のことに首を突っ込むべきじゃないけど、萱は僕に何か隠してると思ってる。だから気になる」
「そんな、友達だからって、お前と何かを語りたくはないんだけど……」
「萱!」

 つい声が大きくなり一階まで聞こえてしまったのか、塚田先生が上がって来た。

「どうした、親友二人で熱く語っているってか?」
「あ、いえ……」
「こいつがクサいこと言うんで」

 萱は僕のことを指差してきた。
 僕がその指を掴むと、萱が離れようとして、二人で小競り合いをした。

「まあ、仲が良いことはいいけどな。萱、よしかずが勉強しようって言ってるぞ」
「あ、そうでした! はい、今降ります」

 萱は乱暴に僕の手を振り払うと僕に対して舌を出し、ノートを手に部屋を出て行った。
 僕はなんだか、急に虚しくなってしまった。
 クサいことを言いたかったわけじゃなくて、ただ理由を知りたかっただけなのに……

「……島谷、絵描くか?」

 塚田先生の言葉に、思わず顔を勢いよく上げた。
 絵……そうだ、絵を描きたかったんだ。

「はい、描きたいです」
「うん。ちょっとこっちに来い」

 塚田先生は、二階の別の部屋の扉を開けた。
 そこはカーテンが閉まっていて、薄暗い。
 でも、開けた瞬間油絵独特の、揮発性油の匂いがした。
 先生がカーテンを開けると、真っ白な光が視界に広がり思わず目をつむった。
 恐る恐る、目を開けると、幾つものイーゼルに絵が立てかけられていた。
 塚田先生の絵……
 写実的なのに、幻想的にも見えるその色遣いと繊細なタッチに見惚れる。
 こんなに、野性的な人なのに表現する絵は真逆だ。

「スゴイですね……先生の絵、僕大好きです」
「そうか? でも、よしかずは俺の絵よりもお前の絵の方が好きらしい」

 塚田先生の声が、ちょっと拗ねたようなトーンに聞こえて、顔を二度見してしまった。

「な、なんだよ」
「塚田先生が、拗ねることがあるんだって新鮮でした」
「バカか……大人をからかうな」

 美術部でも、こんなやり取りをしていた。
 先生と生徒というよりも、絵を描く同志だ、と先生はよく言っていた。

「必要最低限なものは揃えてある。描きたくなったら描けよ。お前の描いた絵を見たい奴らがここにはいるから」
「先生も描いてるんですか? これだけの数があるってことは」
「ああ、これは週末や、冬休みにここに居た時に描いたもので、休職してここに来てからは時間がなくて描いてないんだ」

 ここは塚田先生の実家だと、よしかずさんが言っていた言葉を思い出した。

「先生は、清里の生まれだったんですね」
「よしかずに聞いたのか?」
「はい」
「でも、大学で東京に出てから二十年以上寄り付かなかったからなー。逆に新鮮だよ」

 塚田先生は、大きな窓から外を見ながら、軽い口調で話す。
 エスケープ……先生は生まれた家から逃げていたってこと?

「……一枚でも絵を完成させたら、東京に戻ればいいんじゃないか。その時にはもうお前の中で整理はついているだろ」
「え……」

 先生は僕の肩を軽く叩いて、部屋から出て行った。
 僕がここに来た理由を知っているように、感じた。