晴れた日でも雨傘をさして

 約1時間半の作業を終えて、ログハウスに戻ると既によしかずさんが朝食を用意してくれていた。
 さっき、収穫したミニトマトが入ったサラダに、ベーコンエッグにパン。
 牛乳とヨーグルトもあって、どこかのホテルの朝食みたいだった。

「おつかれさま。初めてなのに頑張ったね」
「美味そうー」
「このパンは美瑛ちゃんが焼いたパンだよ」
「そうなんだ」

 僕たちは手を洗って席に着くと、「いただきます」と言って食べ始めた。
 作業の後のご飯は格別で、学校なんか行かずにずっとここでこういう生活をしたいかも……とちょっと心が動いた。

「パンが美味い! 周りは固いのに中がほわほわ」
「萱くん、表現が上手だね」
「美瑛ちゃんの家は小麦の生産もしているんだよ。美瑛ちゃんはパンも焼くし、ケーキも作れるし、将来はパティシエになってもよさそうだけどな」

 塚田先生はもりもりと食べながらも、話が停まることがない。

「で、どうだった、初めての野菜の収穫は?」
「楽しかったです。俺、なっている物は全部採れるのかと思っていたけど、ちゃんと見分けるんだって知って勉強になりました」
「自分で取ると、よりありがたく食べなきゃって思いました」
「なんだよ、二人ともA評価の感想だなー。まあ、良かったよ。で、ここにいつまでいるんだ?」
「え……」

 僕と萱はまた、顔を合わせた。
 ここは、どう乗り切るべきか……

「いや、俺たちはいつまでいてもらっても構わないんだけどな。こうやって、毎日農作業を手伝ってくれたら、助かるし、飯ぐらいお前ら二人が増えても大したことないしな。でも、勉強しなきゃだろ?」

 僕が口を開こうとすると、先に萱が話しはじめた。

「決めてません。っていうか、今年の夏ぐらいは思いっきり羽を伸ばして、来年の受験シーズンに備えたいと思ってるんです。な、柚」
「は、はい。でも、先生たちに迷惑をかけるわけにはいかないので……」
「好きなだけいていいよ。たまにはエスケープも必要だし、心もケアしないとね」
「え?」

 よしかずさんが、ヨーグルトをスプーンですくいながら言った『エスケープ』という言葉に、僕は異常に反応してしまった。
 エスケープって……
 何か、勘づいているの?

「そうだな。俺もよしかずもエスケープしてるみたいなもんだからな。仲間が増えたってことだな」

 ちょ、ちょっと待って。
 勝手にエスケープ仲間にされているけど、僕たちは……

「そうですね。エスケープ仲間ですね!」

 萱が僕の心の声を拾った。
 とても、清々しい声を出した萱の顔に目を向ける。
 声は爽やかなのに、何かを思いつめているような表情に見えた。

 僕が食器を洗い、萱が布巾で拭いて棚に仕舞う作業を繰り返していた。
 お皿も、コップも棚にはかなりの数が並んでいた。
 いったい、ここには何人で暮らしていたのだろうか。

「不思議だよな」
「なにが?」
「先生が休職したのって、二週間か三週間前だろ? でも、元々ここで暮らしていたみたいに全てに馴染んでいるだろ? どういうことだ?」
「確かに……」

 あれだけの野菜を育てて、こんな広い家に住んで、既に近所の人とは顔馴染み。
 それに育てた野菜を道の駅で売っていたりもする。
 だいたい、よしかずさんは香港の人で、どうして清里で先生と一緒に農作業してるんだ?
 疑問に思うことは、山ほどあるけどじっくりと話を聞く時間がない。

「っていうか、僕たちいつまで居る?」

 さっきは萱が誤魔化したけど、いつまでも有耶無耶にできるわけがなかった。
 でも、まだ一日しか経ってないのに快適過ぎて、東京の暮らしを忘れそうだった。
 それに、萱の表情が気になった。

「……柚はいつまで居たいんだよ?」
「え、僕? 萱が帰るっていうなら一緒に帰る」
「はぁ? そもそもお前が家出するっていうからついてきたんだから、お前主導だろう」
「主導とか、そういう話じゃないよ。そもそも、萱がどうして僕についてきたのか本当の理由を知りたい!」

 あまり大声を出すと、先生たちに聞こえてしまう。
 でも、僕は気になっていたことは言いたかった。
 萱は、少しむくれたような顔をした。

「だから、夏休みの冒険だって言っただろ」
「それは表面上の理由だろ? 本音は違うはず」
「……朝からこんな話はしたくねー。せっかく楽しい気分になってたのにさ」

 確かに、今から揉めてどうするという気持ちにはなった。
 まだ、時間はある。
 僕だけが、一人で余計なことを考え過ぎていたのかもしれない。
 ここは、萱に従おう。

「わかった。もうしない。萱が話したくなったらでいいよ」
「おお」

 萱が俯きながら、頬が緩んだのが見えた。