晴れた日でも雨傘をさして

 すでに夕方5時を回っていた。
 塚田先生とよしかずさんは、キッチンで夕飯の準備を始めた。
 僕と萱は、二階の一部屋に二人で寝ることにした。
 持ってきた荷物を整理すると、一階に降りて手伝えることがないか聞いた。

「今日は、お前たちの歓迎会だから何もせんでいいよ。今のうちに風呂入っておけ。疲れただろ?」

 僕と萱はお礼を言うと、風呂場に行った。
 風呂場も広くて、二人でも余裕で入れた。
 ヒノキの香りがする湯船に浸かると、4時間バスに揺られてこちこちになった身体がほぐれた。

「なんか、至れり尽くせりだなー。家よりも全然快適だわ」
「今日までだよ。明日からは歩くのも辛くなるぐらいになりそう」

 農作業なんてしたことがない僕たちにとっては、想像出来ないほどの厳しい現実が待っていそうだった。
 それでも、相変わらず萱は楽しそうに見える。

「なんの、不安もないのか?」
「ああ? 不安て?」
「いろいろ……」
「まあ、考えたとこでしょうがないだろ。俺はよしかずさんという中国語の先生に出会えてラッキーだけどな」
「先生? やっぱり萱ってポジティブだよね」

 その場その場で、楽しめる要素を見つけられる萱が羨ましかった。
 でも、このポジティブな萱が一緒にいてくれているから、僕は少し救われているのかも。
 当の、萱は気持ちよさそうに背中をタワシのように固いタオルでこすっていた。

 風呂から上がると、リビングにまたひとり知らない人がいた。
 長い髪の毛を後ろで一つに結んでいる女の子?
 僕も萱も、まさかここで女性に会うとは思ってもいなかったので、わかりやすいぐらいきょどった。

「男子校育ちのお前たちには、刺激が強すぎたか?」
「は? い、いえ……」

 しかも、僕たちは風呂上がりで髪の毛は濡れたままだし、Tシャツに半パン姿だ。
 っていうか、人が来るなら事前に言ってほしい!

「近所に住んでる。貫井美瑛(ぬくいみえ)ちゃん。美瑛ちゃん、こっちが島谷で背の高い方が萱。俺の教え子だ」
「よろしくお願いします」

 通常の萱モードに戻り、ハキハキと挨拶をするのに比べて、僕はまだもじもじとしていた。
 女の子は僕たちから顔を逸らしたまま、軽く頭を下げた。
 僕は何か違和感を覚えた。
 あ! 家の中にいるのに帽子を被っているからだ!
 つばの長いキャップを深く被っているため、鼻から下しか見えない。

「美瑛ちゃんは学生ですか? 俺たちは高二なんだけど」
「……塚さん、もう帰るね」
「おお、お母さんにありがとうって伝えてな」
「へ……」

 萱の質問には答えずに、女の子はリビングから出て行った。
 僕と萱はその後ろ姿をただ見送った。

「まあ、お前たちが帰る頃には『おはよう』ぐらいは言ってくれるだろ。さ、用意出来てるからテーブルに運んでくれ」

 塚田先生の呑気な言い方に、僕は全身の力が抜けた。
 異性がいるだけで、全身がこわばるって免疫がないにも程がある。
 よしかずさんが、僕たちを見て声を出さずに笑っている姿が視界に入った。

「よしかずさんに笑われてますか?」
「あーごめん。二人がカワイイから」
「男子校で、しかも進学校だと異性に現を抜かしている時間はないからなー。まあ、健全、健全」

 塚田先生にからかわれながらも、僕は野菜を中心とした豪華な料理をテーブルに運んだ。

「これ、全部先生が作ったんですか?」
「うん。俺とよしかずでな。野菜は全部今朝畑から採ってきたやつだから新鮮だぞ。こんなに野菜を喰うことないだろ」
「料理できる男ってモテますよねー。今度は料理を究めようかな」
「おー、萱ならすぐ作れそうだな」

 なんにでも興味津々で、躊躇なくチャレンジしようとする萱と、周りの状況を見てから、一歩一歩段階を踏んでことを進めようとする僕とは、本当に真逆だ。

「じゃあ、乾杯しようか。よくぞここまで来てくれた。楽しい夏休みにしてくれ! かんぱーい」
「お世話になりますー。かんぱーい」

 先生とよしかずさんはビール、僕と萱は麦茶で乾杯をした。
 昼ご飯を食べていなかった僕たちの食欲は底なしだった。
 先生たちが作った野菜の天ぷら、炒め物、具沢山の味噌汁、見たことがない野菜が入ったサラダなどの料理はほとんど僕と萱のお腹の中に消えていた。