キミの1番にはなれないと思ってたけど、


次の競技が始まっても、さっきの光景が頭から離れない。

長谷部が深町を連れて走っていったこと。

……『大切なモノ』という言葉。

あくまで借り物競走のお題。

分かっているのに…


「瀬良」

『……ん?』

顔を上げると、深町が目の前に立っていた。

いつの間に戻ってきたんだろう。


「もうそろそろリレー呼ばれるんちゃうかな」

『あ……うん』

そう言われた瞬間、タイミング良くアナウンスでリレー出場者の集合を呼びかけられた。


立ち上がる。

深町はそれ以上何も言わず、先に歩き出した。

その背中に続いて、俺も後を追う。

さっきまでなら、ただ嬉しかった。

こうやって自然にそばにいることも。

同じ競技に出られることも。

……でも、今は。

ほんの少しだけ、胸の奥が重かった。


「……瀬良」

『ん?』

「なんか今日、大人しくない?」

『そう?』

「そう」

『体育祭やから疲れてるだけじゃない?』

「ふーん」

深町はそれ以上聞かなかった。

そのことに、少しだけホッとする。

もし「どうしたん?」なんて聞かれていたら。

俺はきっと、何も答えられなかった。

好きな人の1番近くにいるのが自分じゃない気がして、少し苦しい。


…そんなこと、言えるわけがない。

でも。

もう、分かってしまった気がした。


深町にとって一番近いのは、俺じゃない。

俺はきっと、その次だ。

そう思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。

それ以上は考えないようにし、リレーの待機場所に向かうと、すでに何人かのクラスメイトが集まっていた。

バトンを受け取る順番である【2】と表記されたゼッケンを着て、胃のあたりを摩っていると、

「瀬良」

『ん?』

「やっぱ緊張してるやろ」

『……バレた?』

「昨日も言ってたもんな」

『やっぱり本番はヤバいって』

「ふふっ」

深町が笑う。

それから、少しだけ俺の顔を覗き込んだ。

「でも大丈夫やろ」

『……』

その言葉に、思わず深町を見る。

「あの魔法の言葉、言ったろか?」

『…うん』

素直に頷いた俺に少し驚いた表情をしてからすぐに目を細めて言ってくれたのは。


「瀬良なら大丈夫」

昨日聞いたのと、同じ言葉。

でも今日は。

少しだけ違って聞こえた。

俺は深町から目を逸らした。

『……ありがと』

「ん」

深町は、それだけ言って前を向いた。

放送部の声に導かれるがまま入場し、走者順に位置に着くと、歓声が大きくなる。

その歓声に、

心臓が、また速くなる。

大丈夫。

そう言い聞かせる。

何度も練習した。

深町とも、何度もバトンの受け渡しをした。

だから。

大丈夫。

パンッ!

スタートの合図が鳴った。

深町が走り出す。

一気に前へ出ていく。

速い。

何度も練習で見た横顔。

それでも、本番のグラウンドを走る姿は、いつもより少しだけ遠く見えた。

どんどん近づいてくるのが背中を通して、足音や気配で伝わってきた。


「瀬良!!」

呼ばれて、手を後ろへ伸ばす。

バトンが手のひらに触れた。

ぎゅっと握る。

その瞬間、深町の手から俺の手へ、何かを託されたような気がした。

俺は地面を蹴った。

走る。

風が頬を打つ。

周りの声が遠くなる。

ただ、前だけを見る。

ーー瀬良なら大丈夫。

その言葉が、頭の中に浮かんだ。


もっと速く。

あと少し。

足を動かす。

何度も練習した通りに。

途中で少しだけよろけた。

けれど、すぐに体勢を立て直す。

大丈夫。

今まで何度もやってきた。

俺なら、走れる。

次の走者が待っている。

その手に、バトンを渡す。


『はぁはぁ…はい!!』

「っ、ありがと!」

手から離れたバトンを、一瞬だけ目で追う。

俺の役目は終わった。

そのまま少し息を整えながら、グラウンドの方を見る。

俺がバトンを渡した走者が、そのまま走っていく。

1位のまま。

その背中を見送りながら、少しだけ肩の力が抜けた。

しばらくして、最後の走者がゴールする。


「C組が1位でゴールテープを切りましたー!

続きまして、なんと僅差でA組がゴール!!

2位です!!」

放送が響いた。


「惜しかったー!」

クラスメイトから声が上がる。

1位をギリギリまでキープできていたからこそ抜かれたのが、やっぱり練習を重ねたが故に悔しい。

でも。

だからこそ、もちろん仕方がないことだから、この結果を受け入れるしかない。


……2位。

その数字が、妙に引っかかった。

さっきまで頭に残っていた言葉と同じだったから。

ーー2番目。

深町にとって、俺はきっと2番目なのかな。

そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。

……何考えてんだ、俺。

リレーの順位と、自分の気持ちを重ねるなんて。

自分で少し笑ってしまった。


「瀬良!」

声がして、振り返る。

深町がこっちへ歩いてくる。

「お疲れ!」

『お疲れ』

「惜しかったな、2位」

『うん。でも、楽しかった』

「俺も」

深町が笑う。

その笑顔を見ていると、さっきまでのことが少しだけどうでもよくなった。

今日、深町からバトンを受け取って、ちゃんと次に繋げた。

それだけで、今は充分だった。

ー……

体育祭が終わって教室に戻ると、クラスのみんなが口々に今日のことを話していた。

「疲れたー!」

「でも最後に白組が追い抜いたのアツかったよな〜!」

「それな、絶対赤組が勝つと思ってた」

「明日休みなの最高すぎる!」

「ほんとそれ!」

その声を聞きながら、俺も椅子に座る。

身体は思っていた以上に疲れていた。

でも、不思議と嫌な疲れじゃなかった。

今日1日、深町と一緒にいる時間が多かったからだろうか。

……いや。

それを考えるのは、もうやめよう。

俺は深町の隣にいられれば、それでいい。

1番じゃなくても。

今は、それでいい。

そう思いながら、机に突っ伏した。