その後も競技は続いた。
俺たちはクラスの応援席へ戻る。
しばらくして。
「瀬良、飲む?」
群青色のジャンパーを着た深町が、後方の方で座っていた俺の横に立ち、ペットボトルを差し出してきた。
『え?』
「さっき頑張ってたから」
『……え?わざわざ買ってきてくれたの?』
差し出された先にはスポーツドリンクだった。
「いらん?」
俺は受け取った。
『いや!いる!嬉しい、ありがと』
「ふふっ、どういたしまして』
そう言いながら俺の隣に座わった。
ミルクティーにしかり、いつも俺の喉を潤してくれるな…、まあ嬉しいけど(笑)
『仕事は終わったの?』
「一旦ね、リレー終わったらまた行くけど」
そう話しながら肩が触れそうな距離に意識を集中してしまう。
前なら、こんな距離にいるだけで妙に意識していた。
今は、
意識はする。
でも、離れたくない。
そんなことを思っていた。
二人三脚が終わって、しばらくして。
また次の競技が始まった。
俺たちは応援席から、グラウンドを眺める。
「次、学年対抗の借り物競走やって」
「俺らの学年、誰出るんだろ」
「てか、あれっていつもモテるやつが出てるくね?」
「偏見だな、って言いたいところだけどこのメンツは納得だわ」
スタートラインに並んだメンバーを見て、クラスメイトが話していた。
確かによく噂話を聞く他クラスの生徒や、
カッコいいと騒がれている先輩、可愛すぎると人気の後輩まで。
『あれ?』
その中に、見覚えのある姿があった。
あれは……長谷部だ。
学年から代表2名のうちの1人に選ばれたんだ。
俺がそう気づいたのと、ほとんど同時だった。
パンッ!
スタートの合図。
お題が書いてあるカードを確認するために、
一斉に運動場に引かれたブルーシートの元へ走り出す。
到着した長谷部はしゃがみ込み、紙を開いた。
「何引いたのかな」
俺らの前に座っている女子が呟いた。
長谷部が顔を上げる。
そして。
キョロキョロ周りを見渡したあと、パァーと顔を晴らして、まっすぐこちらを見た。
「……え?」
次の瞬間。
長谷部が、こっちへ走ってくる。
いや。
正確には。
俺のいる場所の、隣。
「環!」
長谷部が呼んだ。
「……え、なに……え、俺?」
「お前!」
長谷部が生徒たちをかき分けながら、笑って手を伸ばす。
「来い!」
「なんで俺?」
引っ張られるがまま立ち上がったのをボッーと見届けた。
「いいから!」
「ちょ、待って(笑)」
『……』
そのまま長谷部に腕を引かれて、グラウンドに走っていくのを俺はただ見ているだけだった。
胸の奥が、ざわついた。
「おーナイス、1着!」
実行委員である佐藤が、お題と持ってきたモノが合っているか確認するみたいだ。
「ありがとう」
「長谷部、一応カード見せて」
カードを見た佐藤が、少しだけ目を丸くした。
「おぉ……これ、マイクで言っていいやつ?」
長谷部が笑う。
こちらからは歓声にかき消されて何も聞こえないが、
長谷部から何かを聞かれたのか、深町が頷いたのが見えた。
そして、佐藤がマイクを持ち直し、
「えー、借り物競走、2年生代表、2年B組、長谷部くんのお題はーー…」
少しだけ間を置いて。
「『大切なモノ』でしたー!」
「「「きゃーーー!!」」」
女子たちの声が、一斉に上がった。
「え、なにそれ!」
「誰連れてくるかと思ったら深町くん!?」
「やば!」
周りが一気に騒がしくなる。
長谷部はそんな声も気にせず、隣にいる深町を見て笑っている。
深町も、
《なんやねん》とでも言ってそうなツッコミをしながら困ったように笑っていた。
……大切なモノ。
その言葉だけが、頭の中に残った。
別に、借り物競走のお題だ。
長谷部が深町を選んだ。
……さっきまで二人三脚で、あんなに近くにいたはずの深町が。
今は、遠く見えた。
長谷部と仲がいいことなんて、前から知っていた。
昔から一緒にいることも。
でも。
好きになった今は、それまで気にしていなかった距離まで、やけに遠く感じる。
俺よりずっと前から、深町の隣にいる。
「……俺、何考えてんだ」
周りが騒がしく、小さく呟いた俺の声は誰にも届かなかった。
長谷部が悪いわけじゃない。
深町だって、何も悪くない。
ただ。
好きな人の隣に、自分よりずっと前からいる人がいる。
それだけのことが、今は少し苦しかった。
握っていたペットボトルに、無意識に力が入る。
近くにいるはずなのに。
なんだか、遠く感じた。
その距離が、よく見えるようになっていく。
ーー深町の一番近くにいるのは、俺じゃない。

