「つっっかれたあーーー!」
ひとみは、ホテルのベッドに両手両足を投げ出し、悲鳴を上げた。
中々にハードな一日だった。
新幹線で朝イチ新大阪に着くや否や、そこからずっと関西方面の取引先に、挨拶回りだ。
ひとみの属する会社が新しく事業を始めるにあたって、関西の会社が幾つか協力してくれた。
故に、そのお礼をする必要があったのだが、その役目として白羽の矢が立ったのが、ひとみだった。
「君なら相手からの好感度も高いからね。よろしく頼むよ」
2つ上の階級の上司にそう言われては仕方がない。
ひとみはグレーのスーツを身に纏い、大阪と兵庫、京都を駆け回った。
荷物を抱え、散々歩き回った足はパンパン。
既に一歩も動きたくない。
だが。
ぐぅ。
「お腹もすいたあ〜〜〜〜!」
ひとみは嘆く。
かといって、これからどこかの店に入ってどうのこうの、など微塵も考えられない。
でも、酒は飲みたい。ご褒美は欲しい。
がばり、とひとみは起き上がった。
もうひと踏ん張りだ、とむくんだ足にパンプスをねじ込み、部屋のドアを開ける。
エレベーターで一階まで降り、エントランスを出ようとしたところで、受付の方が声をかけてくれた。
「いってらっしゃいませ」
ひとみはその声に振り返ると、にっこりと笑みを浮かべる。
「行ってきます」
疲れていても、敬意は大事。
それは、ひとみのモットーだ。
颯爽とホテルのガラス戸を出る。そして、真隣にある建物に入った。
「いらっしゃいませー」
電子音と共に、店員の挨拶が飛んでくる。
ガンガンに効いた冷房が、一挙にひとみを包んだ。
──某、数字が名前に入ったコンビニ。
ひとみは、今日の夕飯兼ご褒美を、ここで調達することにしたのだ。
ひとまず、冷蔵コーナーに向かう。
そばやビーフン、そしてグラタンやパスタなど、多種多様な料理が並び、心が踊る。
それによく見れば、福岡では並んでいない味のうどんがあるではないか。
御当地もの、というやつだ。
一旦、メインは保留することにし、次にお酒のコーナーに行く。
ここは、悩む必要は全くない。
350mlビール、同じく350mlのレモンチューハイ、そして500mlの関西限定柑橘味のチューハイ。
気になったものは、どんどんかごに入れていく。
余った分は、スーツケースに入れて持って帰れば良いだけの話なのだ。
パタン、と冷蔵ケースを閉じたひとみは、なんとはなしに振り返る。
その視線の先は、お菓子とカップ麺の通路だった。
──それこそ、御当地のものが多いイメージ。
お土産がてら、珍しいものがあったら買って帰ろう。
そう考えたひとみは、ふらりとその通路に足を踏み入れた。
やはりお菓子も、この地域ならではの風味が幾つかある。
特にソース味のものは定番らしく、同じ品種でも、福岡では見たことないものが目立つ。
そして、一通りお菓子コーナーに目を通して、カップ麺のゾーンに顔を向ける。
ある物を見つけた瞬間、ひとみは陥落した。
迷うことなくそれをかごに入れ、さあ買い物が終わったとレジに行きかけて──。
「危ない危ない。忘れるところだった」
一旦冷蔵コーナーに踵を返し、ある物を手に取る。
かごの中のものを全て精算してもらい、ぬるくなる前にと急いでホテルの部屋へと戻った。
ポットに水を入れ、お湯をわかす。
その間にばたばたと部屋着に着替えると、ビール以外のお酒を冷蔵庫に入れた。
そうこうしている内に、お湯が100度に達する。
ペリペリと音を立ててカップ麺のビニールを破き、中の線までお湯を注ぐ。
──5分。
長い5分が始まった。
が、しかし、今のひとみにはこれがある。
缶ビールだ。
カシュ、とプルタブを開けるや否や、缶を煽る。
生ビールとは異なる、苦味がいささか増したアルコールをグビグビと飲むと、疲れが吹き飛ぶ気がした。
テレビをつけ、適当なバラエティーを流していると、5分たつのとビールを飲み終えるのは同時だった。
冷蔵庫からレモンチューハイを取り出し、カップ麺の蓋を開ける。
そして、絶対に忘れてはいけない辛味油を投入して──、
「いただきますっ!」
ひとみは手を合わせた。
勢いよく、麺を啜る。
「んーーーー、辛い!美味しい!」
ひとみが選んだのは、いつでも全国どこでも売っている、某有名店の激辛タンメンだった。
味噌ベースのスープを邪魔しない程度に、だが辛さは感じる程度に加えられた辛味が堪らない。
四角い麺はやや硬く、しっかりスープを絡めてくれるので、啜っても啜ってもちゃんと辛い。
一旦レモンチューハイで口内を冷ますと、ひとみは丸いカップの隅にある白い塊を摘む。
豆腐だ。
そのカップ麺は、珍しく豆腐が入っており、それもまたアクセントなのだ。
そして、なんなのか分からないお肉とニンニクのすりおろしを、スープと共に飲み下す。
これら全てが合わさって、辛いだけじゃなく、美味しさも担保されているのだ。
ストレスが解消される気がするから、ひとみは辛いものが好きなのだ。
半分まで食べた所で、もう一つの食料の封をいそいそと開ける。
だが、中の煮汁が溢れてしまうので、あくまで慎重に、だが。
そうして、大きな丸い玉を一つ、袋の中から箸で取り上げる。
「じゃーん、煮玉子ー!」
今日のご褒美に、ひとみはにっこりと笑った。
色んなコンビニの煮玉子を食べ比べたが、このコンビニの煮玉子がもっとも味が染みていて、もっとも半熟なのだ。
とろりとした黄身がこぼれないよう、麺の上で玉子を齧る。
一袋に2つ入っているので、1つ食べてもまだ残っているのが嬉しい所だ。
こうして、無事に机も服も汚すことなく煮玉子を食べたひとみは、再びレモンチューハイを堪能する。
レモンの酸っぱさと炭酸ののどごしが、今日まで生きてて良かったと思わせてくれた。
「はあ……!さいこーー!」
ひとみは、一人、チューハイの缶を宙に掲げた。
別に、出張先だからとか、あまり行かない所だからとか、関係ない。
食べたいものを食べ、飲みたいものを飲む。
それが、一人その背に職務を乗せて、敵地で戦ったものに与えられた賞与なのだ。
ひとみは思う。
うーん、今日も蒙古タンメン◯本は美味しい!!



