流星群は生きる希望になりますか?

「んん~~~終わったあーーーー!」

私は教室の天井に向かって、ぐっと両腕を伸ばす。
向かい側の椅子を反転させて座った斗愛が、筆記用具を鞄に戻し始める。

「お疲れ様。提出したら帰ろうか」
「斗愛のおかげだよ~!ほんとありがとね!」
「このくらいならお安い御用だよ。……あれ?空、急に暗くなったね」
「え?」

私が教室の窓に視線を投げた瞬間、黒い雨雲が太陽を覆った。
ざあっと音を立てて、空から大粒の雨が校舎に叩き付ける様に降り注いだ。

「ええ!?さっきまで晴れてたのに!」
「通り雨みたいだよ」

斗愛がスマホを取り出して天気予報を確認する。

「じゃあ一緒に待ってよっか。雨上がりまで学校に居れば、メイクも落ちなくて済むし~」
「え?今日もメイクしてたの?」
「当り前じゃん。毎日だよ!」
「スクールメイクってやつ?」
「うん!……そういえば、斗愛ってメイクしないの?」

私の問いかけに、椅子に座り直した斗愛がバツが悪そうに眼を泳がせた。

「あー……うん。僕は別に、可愛くなりたい訳じゃないから」
「可愛くなるだけがメイクじゃないよ~」
「でも、何からしたら良いか分かんないっていうか……」
「そう?……あ!じゃあ私がやってあげる!」

鞄からメイクポーチを取り出して、机の上にトンッと置く。
手の平に収まらない大きなサイズのピンクのメイクポーチに、斗愛の顔が小さくひきつった。

「ず、ずいぶん大きいポーチだね」
「やっぱバイト代使うならごはんとコスメしかないよね~!ほら、反省文手伝ってくれたお礼ってことで!」
「で、でもガーリーな感じは本当に得意じゃなくて……」
「ハンサム系ね~、おっけおっけ」

メイクポーチのジッパーを開けて、グレーベースのアイシャドウと、ベージュの眉ブロウとかを取り出して机にコロンと並べる。

「斗愛、目閉じて」
「う、うん……」

不安そうに目を閉じた斗愛の前髪を猫のクリップで留める。
ん~、眉毛はしっかりあるし、お肌の手入れはしっかりされてる。毛先だけちょっと描いて、後は眉マスカラだけで良さそう。
私はクリアパウダーだけ顔全体に軽く叩いて、眉マスカラを塗って眉毛を整えた。そして、グレーのアイシャドウをチップに取って軽く塗布する。
オレンジのチークをブラシで濃さを調節して、頬骨に沿って斜めに入れる。
自然な血色感を足してくれるリップをブラシに取って、縁に行くにつれてぼかして入れれば、素材を生かしたハンサム系メイクの完成!

「出来たよ」
「え、もう?」

猫のクリップを外して、ポーチからコンパクトミラーを取り出して斗愛に向ける。
おそるおそる目を開けた斗愛は、鏡を見るなりじわじわとその目を見開いた。

「ほら、すっごい綺麗じゃん」
「……凄い。みくる、メイクの才能あるよ」
「えー、才能とか大げさだって」
「そんな事無いよ。初めて会った時だって、海水で濡れていたのに全然メイク崩れてなくってさ」
「……あれはさ、全顔ウォータープルーフなだけだよ」
「あの時のみくるがあんまり綺麗だったから、人魚かと思っちゃった」

斗愛がふわりとほほ笑む。
艶と血色が足された唇がしっかりと弧を描く。やっぱり斗愛ってメイク映えするよね。ちょっとドキッとしちゃった。

「えへへ……。ありがと」

頭を掻きながらへらりと笑う。
丁度そのタイミングで、分厚い雲間から夕日のオレンジが差し込んだ。

「丁度雨も上がったね。じゃあ帰ろうか」
「うん!」

斗愛と並んで教室を後にする。
才能ある、なんて面と向かって言われると嬉しくなっちゃうよね。
ちなみに、うちの学校はメイクとか普通に禁止だから、伊坂先生には2人揃って頭にタオルを被って無理矢理顔を隠して反省文を提出した。
雨に打たれました!なんて乾いた服で堂々と宣言するのが可笑しくて、斗愛と2人でこっそり笑い合った。

そして、斗愛と2人並んで学校の帰り道。
湿った夏の夕暮れには雨の匂いが漂っている。でも、雨上がりの夕日のオレンジは今年の夏で1番綺麗だった。
歩道橋の手前まで来ると、斗愛は自転車を押す手を止めた。

「そうだみくる。ちょっとだけ、歩道橋の高架上に行かない?」
「ん?良いよ」

斗愛が自転車を道の脇に寄せ、2人で雨が薄く膜を張る高架上に進む。
手すりに身を寄せた斗愛が、すっと夕日を指さした。
オレンジ色の光が町を染め上げて、空に浮かぶ細長い雲も紫色に変わっている。

「この高架上からね、夕日が凄く綺麗に見えるんだよ」
「……本当だね」
「ペルセウス座流星群も、ここから見たらきっと綺麗だ」
「見たことあるの?」
「あるよ。星は好きだから、流星群は毎年見てる。今年はみくると一緒に見たいな」

その言葉に、ぎこちなく顔を伏せた。
だってペルセウス座流星群が降る日は、私の誕生日だから。

「ん?んー……どうしよっかな」
「ねえみくる」

湿気を振り払う様な冷たい風が吹く。
雨の匂いが通り抜けた時、斗愛が真剣な顔で私に体を向けた。

「まだ、死にたい気持ちはある?」
「……」

斗愛が眉尻を下げる。
なんで、そんな悲しそうな顔するんだろう。

「僕はみくるが死んだら悲しいよ」
「……そんなこと、初めて言われた」

私は、風で髪が舞い上がるのも直さずに目を見開いた。
今までそれなりに過ごして来たし、それなりに友達だっている。でも、斗愛みたいに真剣に接してくれる子っていたっけ?
私は俯いて、高架上の(ぬる)い手すりをキュッと掴んだ。

「私、大人になった自分が想像出来無いの。将来の夢なんか何も……思いつかない」

斗愛の顔を見る。縋る様なそんな気持ちで、震え始める唇から声を引っ張り出した。

「斗愛は?斗愛の夢って何?」
「僕はIT系の仕事に就く事」
「……何それ、凄い」
「パソコンで作業するの好きなんだよね。プログラミングとか」

斗愛がふっと微笑む。
雨粒の余韻が残る手すりに身を預けた斗愛が、沈み始める夕日に視線を送った。

「今の内から塾に通って勉強してさ、東京の大学に進学するんだ」

斗愛の黒くて大きな目が夕日のオレンジを映して煌めく。
凄いな斗愛。夢があるだけじゃなくて、もう夢に向かって進んでいるんだ。

「早く実家出て1人暮ししたいからさ、バイトしてお金も貯めてる」
「そう、なんだ」
「うん。僕は親との折り合いが、あんまりよくないから……」
「……」

もしかしたら斗愛は、私には想像もつかないくらいの行き辛さを抱えているのかもしれない。でも、クラスで孤立しても親と上手くいかなくても人生を悲観しないのは、私には無い強さだ。

「だから早く大人になりたい。18歳になって、自分で人生の選択をしたいんだ」

凄いな斗愛は。私は早く大人になりたいなんて、人生で一度も思った事無いのに。
夢がある人って、こんな輝いて見えるんだ。斗愛が夕日なら私は、きっとその傍でただ浮かんでいるだけの雲みたいな存在なんだろうな。

「……斗愛って、誕生日いつ?」
「1月」
「ええ~、私の方が年上なの?」
「あはは。年上って……半年くらいしか変わらないじゃん」
「私の方が先に大人になっちゃうの……なんかヤだ」
「気にしすぎだよ。年齢なんてさ、ただの飾りだよ」
「17歳と18歳は全然違うじゃん!!」

気づいた時には声を張り上げた。夕焼け空に私の声が反響する。
学生は子供のはずなのに、18歳になったら強制的に大人の型にはめられてしまう。
心臓がドクドクと嫌な音を立てる。肋骨の下で暴れ出しそうになって、冷たい血を私の体内に送る。

「なんで18から大人になっちゃうの?10代は全部子供でいいのに!」
「みくる……」
「私は大人になんか、一生なりたくない……!!」
「みくるがそう思うのって、将来の夢が無いから?」

斗愛の言葉に、なんでか無性に恥ずかしくなる。頭に熱が集まって顔が赤くなる。
それを夕日で誤魔化せる様に、わざと太陽の方に顔を向けた。

「みくるの将来か……。メイクアップアーティストとか?」
「へ?」

明るく告げられた中性的な声に顔を上げた。
斗愛の瞳はしっかりと私に向けられていた。メイクで彩られた斗愛の顔は、夜の海で見た時よりもずっとその凛とした表情を際立たせている。

「みくる、メイク凄く上手いよ。手際も良かったし」
「そ、それは別に……」
「専門学校とか出てさ、百貨店の地下で働くとか似合いそう」
「百貨店で、メイク……?」

凛とした黒い制服に身を包んで、お客さんに合ったメイクをしたり販売する仕事?
私の心臓がとくりと音を立てる。
それって……キラキラしてて、綺麗かも。

「……いいかも」
「ちょっとでも働く自分が想像出来るなら向いているって事だよ。……仕事の夢はさ、子供のままじゃ叶えられないよ?」
「そ、それは……」

暮れなずむ夕日が空をラベンダー色に染める。
その大人びた紫に染まった儚いマジックアワーが、どうしてか私の胸に深く染み込む。

「ほら、大人になるってワクワクしない?」

斗愛の笑顔に、私は控えめにこくりと頷いた。
心臓がどくどくと温かい血を体内に巡らせる。この鼓動は、さっきみたいな嫌な音じゃない。
結局私たちは一緒にマジックアワーの終わりまで眺めて、空が藍色に染まるまで一緒にいた。



家に帰った私は、リビングの明かりが点いている事に驚いた。
パタパタと足早に扉を開けると、ごみや書類が散乱したテーブルに頬杖を突いて、小さいテレビを見つめるお母さんがいた。

「お母さん、ただいま」
「……」

お母さんはダルそうにパサついた頭を掻いて、首だけをねじって振り返った。
お母さんはお腹に私を身ごもっている時にお父さんに捨てられて、未婚のシングルとして私を育ててくれている。夜勤と、たまに昼のパートを掛け持ちをして。
伊坂先生と変わらないくらいの歳なのに、お母さんは先生よりもずっとやつれて老けて見える。

「もう出るから。夕飯は自分のお金で適当に買って食べなさい」
「あんまりお腹空いてないから大丈夫。お、お母さん。あのね……」
「悪いけどもう仕事だから。電気代を無駄にしないで早く寝なさい」
「……分かった。いってらっしゃい」

玄関から出るお母さんを笑顔で見送る。
うちは裕福じゃないから、今こうやって高校に通わせて貰える事も凄く感謝しなきゃいけない。
私に似た顔がやつれている姿は、どこか未来の自分の暗示にも見える。
だから、私は大人になることが不安でしょうがない——。



自室に戻った私は、電気も付けずにピンクのベッドにぼふりとダイブする。そして、スマホを取り出してクラスメイトの友達同士のグループチャットを開いた。

『皆って進路希望何にした?』

送信すると、数分で既読が付いて返信が返って来る。

『テキトーに進学』
『うちも!やりたい事なんもないわ~!大学行ったら考える笑』
『彼氏に養って貰うか~!』
『あんたの彼氏じゃ無理でしょ笑』
『みくるがなんかに悩むの珍しーじゃん。進路希望なんかテキトーに書いちゃいなよ』

「……そんなもんなのかな」

私は適当なスタンプだけ返して会話を切った。
ベットの上で横向きに体勢を変える。
皆って、案外大人になっても変わらないのかも。……でも、私は?

「今のままの私で大人になって、本当にいいのかな……?」

スマホの検索アプリをタップして、美容の専門学校のサイトを調べてみる。
東京じゃなくても、意外と近場にもある。写真の中の学生達は楽しそうで、見ているだけでなんだか楽しくなってくる。
これも夢の内に入るのかな?そうだったら良いのに。
私は電気を落とした室内で、美容の専門学校のサイトを眺め続けた。

To be continued——