流星群は生きる希望になりますか?

数日後。
夏の日差しが容赦無く降り注いで、アスファルトの地面の温度を上げる。
ああもう、なんで夏休みなのに学校に呼び出されなきゃいけないのー……。
憂鬱な気持ちで校門まで歩いて行くと、壁に寄り掛かった斗愛が私を見つけて軽く手を振った。

「みくる、おはよう」
「……おはよー」

あ、ちゃんと女の子の制服だ。……ん?
斗愛は学校指定のシャツにパーカーを羽織って、私と同じプリーツスカートを穿いている。その下に、更にジャージのハーフパンツを穿いている。
……スカート、あんまり好きじゃないのかな?

「斗愛、これ。タオルありがとね」
「わざわざ袋に入れてくれなくてもいいのに」

私は海で借りたタオルを手洗いして斗愛に返した。
クリーニングはお金無くて出来なかったけど、まあ汚れは落ちたからいいよね。

「じゃあ、先生の所行こうか」
「うへぇ~……。行きたくないぃ~」
「バレちゃったものはしょうがないよ。僕も一緒に怒られるからさ」

交番に連れて行かれた私たちは、学校にも連絡されて夏休みなのにこうして学校に呼び出しをくらってしまった。
生徒指導室なんて、初めて行くよ。
斗愛と並んで校門を潜る。渡り廊下まで進めば、校庭には泥まみれで精を出してる運動部。三階の開いた窓からは流行りのアニソンが吹奏楽部の演奏に乗って聴こえる。
楽しそうだな。部活に入れば、夢とか出来るのかな。

「うわ、あいつじゃん」

見下す様な声に顔を上げる。
ギャルっぽい見た目の子が数人で日陰の自販機の前に集まって、斗愛を指さしてクスクス笑っている。
……何あれ。感じ悪い。

「17にもなって”僕”とかマジ痛すぎ~」
「メイクもろくにしないしさ」
「僕スキンケアだけでイケます~って?生意気なんだよ」
「……」

斗愛が立ち止まる私の手を取って引っ張る。
でも、私は足を止めてギャルっぽい見た目の子たちに冷めた目を向けた。

「あの子たち、斗愛のクラスメイト?」
「……うん。気にしないで早く行こう。……みくる?」

私は逆に斗愛に掴まれた腕に力を込めて、日差しで乾燥した廊下を進んた。斗愛のクラスメイト達の前に立つ。

「なんで?別にいいじゃん」

その言葉に、半歩後ろの斗愛が息を呑む音が聞こえた。
私は首だけねじって斗愛の顔を覗き込む。
夜見た時は暗くてよく分からなかったけど、斗愛はすっぴんでも肌が白いし、キメも整っている。ショートカットの黒髪が頬をくすぐって、髪とお揃いの大きな黒目も斗愛の中性的な顔立ちを引き立てている。

「ん~。まあ、メイク映えしそうな顔だけどさ斗愛」
「み、みくる?」

私は顔を戻して斗愛のクラスメイトを見つめる。

「そのままでもかっこいいし、一人称とか何でもよくない?」
「あ?なんだよお前」
「私?私はー……」

ギロリと鋭く細められた視線を無邪気な笑顔で受け止める。
斗愛の手をきゅっと握り返して、嫌みなくらい可愛い笑顔を向けてやった。

「斗愛のともだち!」

くるっと振り返って、斗愛の手を引いて日陰の渡り廊下に向かって駆け出した。

「行こう!うちの先生に怒られちゃう!」
「う、うん……」

渡り廊下から生徒指導室のある校舎へのガラス扉を潜る。
夏の日差しが遮断される。扉が閉まっちゃえば、部活動の喧騒が消えて染み込んだ上履きのゴムの匂いがする。薄暗いワックスがけされた廊下は、上履きで歩くたびにキュッと音が鳴る。
数日来なかっただけなのに、学校特有の空気はどうしてか新鮮な気がしてしまう。
私の後ろで顔を伏せていた斗愛が、そろりと顔を上げる。

「みくる。さっき……ごめん」
「なんで斗愛が謝るの?」
「僕、ちょっとクラスで孤立しているんだ。たまにああやってからかわれたり。別に1人の時に言われるのは何とも思わないんだけどさ。……気を遣わせちゃったよね」
「気なんて遣ってないよ」
「え?」

斗愛が目を真ん丸にして息を呑む。
確かに、初めは私も男の子かなって思っちゃったけど。でもそんなのどっちでも良いんだよね。

「斗愛はかっこいいって、本当に思ってるよ。あんなの気にしないでさ、そのままの斗愛でいればいいじゃん!」
「っ……!?」

斗愛がそっぽを向く。でも耳の縁がじわじわと赤く染まっているから、もしかして嬉しかったのかな?

「……そのままの僕で良いなんて、初めて言われた。ありがとう、みくる」
「どーいたしまして!」

髪の隙間から斗愛がはにかむ。何かを噛み締める様なその笑顔は、どこか儚げにも見える。
確かに、斗愛は他の子とちょっと違う。
学生にとって、その”ちょっと違う”は案外致命的だったりする。
悪目立ちしたりハブられたり……。私も子供っぽいから、それに近い経験はある。それでも自分らしさを貫く斗愛は、誰よりもかっこよく映るから。
私はぴょこぴょこスキップしながら廊下を進むと、少し先の生徒指導室の扉が控えめに開いた。

「小鳥遊さん、廊下を走ってはいけません」
「あ!いさっちゃん!」
伊坂(いさか)です。それと、あだ名も原則禁止です」

担任の伊坂先生は地味な色の半袖姿に、深い赤の眼鏡を掛けている。
伊坂先生は生徒指導室の扉を大きく開けて、眼鏡の奥の暗い瞳で静かに私たちの姿をフレームに収めた。

「時間通りに来てくれてありがとうございます。さあ、入って下さい」
「……はあーい」

私は憂鬱な気持ちを引きずりながら、斗愛と一緒に生徒指導室の扉を潜った。



中央に設置された長机とパイプ椅子に2人並んで腰掛ける。私は両腕で頬杖を突いて、目の前に座って書類を取り出す伊坂先生を見上げた。

「てかさー、なんでいさっちゃんが私たちの指導してるの?斗愛クラス違うじゃん」
「藍野さんの担任の先生は現在産休なので」
「え!?おめでたじゃん!」
「はい。ですので私が」

さらりと告げられた言葉に目を丸くする。
私が胸の前でぱちぱちと手を叩くと、先生が眼鏡のブリッジを押し上げて、感情の見えない黒い瞳で私たちを見た。

「それで、どうして深夜に自転車の2人乗りをしていたのですか?」
「え~……。えっとお……」
「2人で遊んでいたら会話が弾み過ぎて、うっかり深夜になってしまいました」

目を泳がせる私に、すかさず斗愛が助け舟を出してくれる。
良かった。死のうとしました~とか、どう冗談っぽく言っても先生流してくれなそうだし。

「それは……仲が良いのですね」
「ね~許してよいさっちゃ~ん!青切符代3000円も払ったんだよお!?」
「割り勘で1500円だけどね」
「期日が守れて偉いですね。でも、それとこれとは別です」

私は頬杖を突いて唇を尖らせ、隣で斗愛が苦笑いしている。
先生は机の上に置かれたファイルからA4の原稿用紙をピッと取り出して、私たちの前に1枚ずつ置いた。

「反省文を書いて提出して下さい。原稿用紙1枚で良いので」
「いつまでですか?」
「本日中です。提出したら帰って良いですよ」
「無理ムリ書き方分かんないっ!」
「無理じゃありません。”仲の良い”2人で相談しながらやって下さい」
「うへえ~」

取り付く島もないじゃん、いさっちゃん。
しぶしぶ原稿用紙を受け取ると、パイプ椅子を引いて立ち上がった。

「じゃあ私の教室でやろ~斗愛」
「良いの?じゃあお邪魔しようかな」
「……小鳥遊さん。貴女は少し残って下さい」
「え!?なんで?」
「まあまあ。じゃあ、僕は先に行ってるから」

斗愛が原稿用紙を持って私の肩をポンと叩いた。
2人だけになった生徒指導室。斗愛の足音が遠ざかったのを確認してから、先生が口を開いた。

「小鳥遊さん。進路希望、クラスで出していないのは貴女だけですよ」

先生のその言葉にすっと目を細める。
ああ、そういえば夏休み前が提出期限だったよね。

「書いてませ〜ん」
「夏休み明けで構いませんので、必ず提出して下さい」
「……はあ~い」

夢とか進路とか、そんなの考えられない。
勉強なんか出来無いし、人より秀でている所も何も無い。そんな私って、大人になる意味あるの?

「……ねえ、いさっちゃん。大人って楽しい?」

私がポツリと言葉を零すと、先生がゆっくりと瞬きをした。そして、至極当たり前の様に口を開いた。

「楽しいですよ」
「え、即答?」
「はい」

地味な見た目に、肩ぐらいのあんまり手入れされていない黒髪。でも、深い赤色の眼鏡は綺麗。
いつも淡々と授業をする先生は、とても楽しそうには見えないのに。

「ねえ、いさっちゃんって学生の時から先生になるのが夢だったの?」
「大まかにはそうですが、私にとって先生は通過点です」
「え?先生がゴールじゃないの?」
「はい。私の夢は校長先生になる事ですから」

先生の言葉に私は目をぱちりと見開いた。
次いで思わずグッとテーブルに身を乗り出す。パイプ椅子が、キシリと音を立てる。

「え!?校長って女の人でもなれるの!?」
「当り前じゃないですか」

し、知らなったー……!頭の光ってるおじいちゃんのイメージしかなかった。

「なので、先生の夢は50代で叶う予定です」
「50歳!?」
「はい。早くても40代後半ですね」
「……いさっちゃんって、今いくつだっけ?」
「37です」

先生はふっと口角を上げて、包み込むような微笑みを私に向けてくれた。
窓から差し込む日差しが、先生の髪をきらりと輝かせる。

「私は夢を追いかけながら貴女達と接する今が、人生で一番楽しいですよ」
「……そう、なんだ」
「小鳥遊さん。進路希望に迷っているならいつでも相談に来て下さい。就職でも進学でも、小鳥遊さんの夢を見つけるお手伝いを私にもさせて下さい」

私の夢……?
私は机の上に腕を組んで、そこに顎を乗せて俯いた。

「……夢ってさ、絶対に持たなきゃダメなの?」
「絶対ではありませんが、生きていれば夢に生かされる瞬間は必ず訪れます。……夢は、人生に潤いを与えるものですよ」

確かに、伊坂先生は地味だけど芯がしっかりしていて、生きているのが楽しそう。
……いつか私にも、夢に生かされる瞬間があるのかな?

To be continued——