流星群は生きる希望になりますか?

制服のリボンは適度に着崩して、抜け感のあるマスカラはウォータープルーフで滲まない様に。
唇にラズベリーピンクのティントリップを塗れば、海の中でも大丈夫。

「うん。最後くらい綺麗な自分でいたいもんね」

夜空を見上げれば満天の星が浮かんでいる。海から吹く風はしょっぱさを感じる磯の香りで、私の長い黒髪を誘う様に巻き上げる。
砂浜にローファーを放り投げて、素足で波打ち際に足を踏み入れる。ぬるい砂が足の指の間にまとわりつく。

夜の海は――死ぬのにぴったりの絶景だ。

#01 【流星群は生きる希望になりますか?】

ざぶざぶと穏やかな波間に入っていけばすぐに足が重くなって、押し寄せる波が折って短くしたスカートの裾に跳ねる。
夜の8月の空気は澱んでいる。ぬるま湯に浸かっている様な気持ち悪い暑さで満たされて、海水がどんどん服の中に染み込んで肌にへばりつく。

「でもまあいっか。私、暑いのキライだし」

だから、海の冷たさが心地良い。
私はキラキラ光る海の奥まで足を進める。このまま体全部海に浸かってさ、流されちゃえばそれでおしまい。
17歳の——子供の私のまま、このまま消えちゃおう。

「……人魚?」
「えっ?」

少しハスキーで落ち着いた声に首を振って振り返る。海水に濡れた私の髪から水滴が跳ねて海面に落ちた。
砂浜の向こう側。堤防のコンクリートの先に広がる道路に、自転車を押した学生っぽい子が私を見下ろしている。
ジャージの上からフードを被ってるから顔はよく分からない。でも、ショートカットとフードの隙間から見える白い首筋は華奢で綺麗な感じ。
私が振り向きざまににっこりと笑うと、同い年くらいの子の頬がうっすら染まった様な気がした。
……ほら、やっぱりね。
綺麗なうちに、死ぬのが最高じゃん。

「人間だよ~」

私がひらひらと手を振ると、フードの子がハッとして自転車のスタンドを蹴って歩道に固定する。
そのまま堤防から身を乗り指して、私に向かって口を開く。

「ねえ、どうしてこんな深夜に海に居るの?……危ないよ!」

あ~……どうしよう。
でもタイムリミットまで近いし。このまま無視して沈んじゃお。

「じゃあね~。バイバイ」

私は海に視線を戻して、肌に張り付く様になった髪を軽く払いながら進む。
ザクザクと砂浜を踏みしめながらフードの子が私に駆け寄り、躊躇無く海に入って来た。

「ちょ、止めなって!!」

ぐっと肩を掴まれて、私はバランスを崩した。

「あ」

空に浮かぶ星空が反転する。
足を滑らせた私はフードの子の胸元に倒れ込む。抱き留めようと私の両肩を掴んだけど、夜風と太ももまで押し寄せる波に足を取られて2人でバランスを崩した。
私たちはそのまま、浅瀬に押し流される様に倒れ込んだ。
剥き出しの顔と腕に、水を含んだ砂が付いてひりひりと痛む。

「いった……っ。大丈夫!?」
「あ、うん……」

倒れ込んだ拍子にフードが取れて、短い黒髪とぱっちりした目が露になった。
顔に付く砂も水滴もお構いなしに私の両肩を掴んで立たされる。その手の温かさに、私はあっけにとられてしまう。
その子が私の着ている制服を見て、軽く目を見開いた。

「……君、僕と同じ明汐(めいせき)私立?」
「え?……うん」

ハスキーで落ち着いた声は、男の子か女の子か分からない。その中性的な雰囲気に、私は目をぱちぱちと瞬かせる。

「ごめん、受け止め切れなくて。……砂が付いちゃったね」
「そんなの別に、どうでもいいよ」

パーカーの袖口で優しく顔を擦られて、黒い砂が浅瀬に落とされる。鼻先に触れるジャージ素材のごわついた感触がくすぐったくてへらりとほほ笑むと、目の前の子に手を引かれた。海から足が抜けて、砂浜に引き上げられる。

「とりあえず、座ろうか」
「う、うん」

波打ち際から少し離れた、乾いた砂浜に2人並んで腰を落とす。
頭上の月の光が、雫を作って砂に落ちるショートカットを白く照らした。真っすぐな目に射抜かれると、なんだが居心地が悪くなってしまう。

「同じ学校なんて奇遇だよね~。あっ、私、2年の小鳥遊(たかなし) みくるって言うの」
「僕は藍野(あいの) 斗愛(とあ)。同じ。2年生」
「そうだったんだ。クラス違うと分かんないもんだよね~」
「ねえ、小鳥遊さん。……さっき何をしようとしてたの?」
「……」

斗愛の言葉に意識して引き上げていた口角を下ろす。
なんか不思議な子。ほぼ話した事無い私の事なんて、放っとけばいいのに。

「同学年じゃん。みくるで良いよ」
「みくる、夜に1人で海に入ったら危ないよ。……分かっててやったの?」

あーあ。誤魔化せそうに無いや。
私の空元気を大きな瞳をじっと細めて見透かす斗愛に、目を逸らして苦笑する。
一直線に浴びせられる視線に根負けして、私は口角を緩く持ち上げて視線を戻した。

「そうだよ。私、死にたかったから」
「なんで?」
「夏休みに入る前に進路希望渡されたから」
「……え?」
「大人になりたくないんだよね〜、私。将来の夢とかなんも無いしさ」

両手を組んで手のひらを海に向けてグッと猫みたいに体を伸ばす。
17歳。
今が一番楽しいし、成人が18歳に引き下がった今は、17歳が子供で居られる最後の年齢。
この先に待ち受けてるのは、途方も無く長い”大人”の道のり。
大人になんかなりたくない。大人とかさ、なってなんか楽しい事あるの?
私は笑う。弾ける様に可愛く、子供っぽい笑顔で。

「だから、ギリ子供のうちに死んじゃおっかなって」

進路希望の提出は夏休み前だった。でも、私はクラスで一人、提出しないで帰った。
進路なんて考えたくなかったから。
斗愛は私の冷えた手を取った。手のひらの熱が海水で濡れた手に(じか)に伝わる。その黒くて猫みたいに大きな目は、夜空の星を反射してキラキラしている。

「やめなよ、そんな事で死ぬの」
「”そんな事”なんかじゃない」
「生きていれば夢なんて幾らでも出来るし、夢を持てばそれが生きる希望にだってなるよ」
「なんないよ」
「なるよ」
「なんない。だって私、大人になった自分に何の希望も持てないもん」

重ねられた手を振りほどいて立ち上がる。足にこびりつく砂は指の間に入り込んで擦っても取れない。まあいっか。どうでもいいや。
そのまま雑に靴下に足を突っ込んで、浜辺に散らばったローファーを履く。

「……でも、見つかっちゃったならしょうがないよね~」

私は振り返る。子供みたいに無邪気に、何にも気にしてませんって顔で。

「また今度にするよ。18歳の誕生日までまだ時間あるし」
「誕生日いつなの?」

斗愛も立ち上がって、海を背にする様に立つ。
海から潮風が吹いて、私たちの重たい髪を静かに揺らした。

「8月12日」
「良い日だね」
「そう?全然フツーの日じゃない?」
「8月12日は、ペルセウス座流星群が一番綺麗に見える日だ」
「え?」

斗愛が頭上に煌めく星々を指さす。
夜なのに、斗愛の露になった顔が星明りに照らされて白く輝いて見える。

「夏で一番綺麗な流星群が見られる日に、星に祝福されて生まれたんだね」
「な、何それポエム?」
「そうかも」

斗愛がざくざくとスニーカーで砂浜を踏みしめて再び私の手を取った。
なぜが、その手をもう一度振り払う気にはなれなった。

「ねえ、今年のペルセウス座流星群は特別綺麗なんだって。……そこまで生きてみない?」
「な、なんで?」

斗愛がすっと顔を寄せる。額が触れ合いそうな距離で視線が交わる。

「生きるのって楽しいし、夢を探す事だって楽しいよ」
「……そう、なの?」
「うん。君が良ければ、僕も一緒に考えるから」
「……」

そんな真っすぐな目で見つめられたら、波みたいに押し流されてしまいそうになる。
でもまあいっか。まだ、私は大人にならないし。
そのまま二人で並んで歩いて、海辺を後にした。
堤防に埋め込まれた階段を上って、道路に面した歩道の砂利を踏む。斗愛は歩道に倒された自転車を起こす。

「みくる、これ使って」
「え?」

斗愛が鞄の中からミニタオルを取り出して、私に差し出した。

「僕はそうでもないけど、みくるは結構濡れちゃってるから」
「あ」

そんなこと気にも留めなかった。気温が高いから放っとけば乾くし。
でも断るのもよくないかと思って、そっとふわふわのタオルを受け取ってシャツや髪を拭った。

「綺麗なタオルなのに、どろどろにしちゃってごめんね」
「そんなの別に良いよ」
「ちゃんと洗って返すね。……クリーニングは、ちょっとお金無いから出来ないけど」
「気にしないで」

斗愛が自転車に付いた土を軽く払って、道路の先を指さす。

「僕は家こっちなんだけど……みくるはどの辺?」
「この近所だよ。ってか、斗愛ってなんでこんな時間にこんな所に居るの?」
「ああ、塾帰りだよ。たまたま近くのコンビニ寄って、その帰り。僕も家はここからすぐだよ」
「……あ、だったらさあ」

私はまつ毛の上がった目を悪戯っぽく細めて、タオルを肩にかける。そして、自転車にまたがる斗愛に後ろから抱き着いた。
あ、思ったよりも細い。でもいいや、一緒に乗っちゃお。

「私の家の近くまで送ってよ斗愛~!」
「待って!無理、無理だから……!」
「ほら漕いで漕いで~!その方が服も乾きやすいよ!」

自転車のキャリアに乗り上げて斗愛の両肩に腕を回すと、漕ぎ出そうとした斗愛の上体がぐっと沈み込んだ。

「お、おも……っ!」
「ちょっと!女の子に重いとか禁句!」
「っ……あはは!ごめんごめん!」

ペダルに乗せた足に力を込めて、斗愛がゆっくりと自転車を漕ぎ出す。
夏の夜は空気が重たくて暑いけど、吹く風は冷たくて気持ちいい。
斗愛ってなんか不思議な子。
やっぱ学校って不思議だなー。クラスが別々なだけで、この子の事ずっと知らなかったんだから。

「ちょっとー!朝になっちゃうからもっと力いっぱい漕いでよー!」
「やってるって!……まだ0時だし」
「気にしない気にしない!男なら意地見せろお~♪」
「……一応、男じゃないんだけど」

息を弾ませて告げられた言葉にハッとして、じゃれる様に首に回していた手を肩に戻した。
嘘、男の子だと思ってた。

「えっ!?ゴメン!」
「あははっ。……別に良いよ」

斗愛が少しだけ私の方を振り返る。細い首に、華奢な肩。確かに、触れていた斗愛の体つきは女の子だ。
そんな事を話しながら自転車レーンを二人乗りで進んでいた時、向かいから来た自転車が私たちの前で急停止した。白い自転車を降りて制帽の隙間から私たちをじっと見つめたのは——夜間パトロール中の警察官だった。

「……君たち、明汐(めいせき)私立高校の生徒ですか?」
「げ」
「あ」
「こんな夜に2人乗りとは看過出来ませんね。事情を聴きますのでこちらに」

う、嘘ー!?
私はさあっと青ざめた。ブレーキをかけた斗愛も苦笑している。
なんで馬鹿正直に制服で海に来ちゃったんだろう。あ、可愛いからだ。……バカ私。
そのまま斗愛と2人で警察官に連れられて、交番まで案内された。

深夜外出、自転車2人乗り、ノーヘルメット。
罰金3000円。
ああ、現実って世知辛ーい……。

To be continued——