学校の死神

 そして放課後……。
 雨花はいつものように教室でラオを待っていた。
 雨花はラオについていくうちに、はっきりと霊の姿を視るのにも次第に慣れてきていた。
 
「おっす!」
 
 ラオはいつも通り死神姿でやって来た。
 彼の話では部活が終わった後の夕方になると、自然と死神の姿に戻るらしい。
 早速二人は悪霊退治に出かける。
 
「ところでさあ」
 
 雨花は廊下を歩きながら口を開いた。
 
「ん?」
 
「ラオっていつもどこに帰ってるの?」
 
「ふふーん、それはなあ……宿直室だ!」
 
 ラオは得意気に答えた。
 雨花はそれを聞いて、今朝の職員室から聞こえてきた会話を思い出した。
 
「えっ! じゃあ、もしかして……」
 
「なに?」
 
「先生たちの冷蔵庫から食べ物盗ったりとか、してる?」
 
「あー、まあな!」
 
 ラオは一瞬ギクッと顔を強張らせたが、お得意の笑顔でニカッと笑って誤魔化した。
 
「うわあ、それって泥棒じゃん……」
 
「……まあまあ、細かいことは気にすんな!」
 
 ラオは少し焦りを見せたが、急に困った表情を浮かべた。
 
「でもなあ、最近オレが盗むせいで、先生たちが冷蔵庫にあんまり食べ物入れんようになってな……白滝先生くらいしかなあ……」
 
「ていうか死神でもお腹減るんだね」
 
 雨花はふと疑問を口にした。
 
「いや、お腹減るっていうか、多分気持ちの問題。死神の姿では腹も減らんし、そもそも物を食べたりとか出来んかったから、食べられるのが嬉しくってなあ」
 
「そうだったんだね……」
 
 雨花は少し可哀想に思ってしんみりとうなずくと、ふと顔を上げてある提案をした。
 
「あ、じゃあ私が、今度からなにか持ってきてあげるよ!」
 
 ラオは驚いて振り返った。
 
「え、いいんか?」
 
「うん、全然!」
 
 雨花は元気にそう答えたが、実はダイエットにもなるかもという、やましい気持ちも少しあったのだ……。
 
「よっしゃ! 本当にありがとな」
 
 そんなことはつゆ知らず、ラオは大喜びだった。



 
 次の日から、雨花はさらに早くに学校へ行くようになった。
 もちろん、ラオに食料の差し入れをするためだ。
 ラオは差し入れを渡す度にすごく喜んでくれた。
 雨花は痩せることより、それが嬉しくてならなかった。



 
 数日後、文化祭の準備中……。
 
「はー! もう作るもんもないし、後は作業するふりしてサボるのみ!」
 
 裏方はだいたいの作業が終わったので、達成感に浸りながら陽太はうんと伸びをした。
 
「ちょっと待って! その前に片付けなきゃ……」
 
 秋美が、使わずに大量に余った新聞紙を返却するために集めていると、ちょうど役者が休憩に入ったようで、ラオがやって来た。
 
「おー、終わったか」
 
 秋美が集めた新聞紙を持ち上げようとすると、ラオがひょいとその新聞紙を持ち上げた。
 
「いいよ、オレが持ってく」
 
「ありがと」
 
 秋美は微笑んで礼を言う。
 ラオに続いて、陽太も残りの道具等の返却物を持ち上げた。
 
「じゃあ、オレも行くよ」
 
 二人は連れ立って片付けに行った。
 そんな二人を見送りながら、不意に秋美がつぶやいた。
 
「ラオって結構いい奴よね……」
 
 他の片付けをしていた雨花は、思わずちらりと秋美の表情を窺った。
 
「そうだよね……!」
 
 千代子は抑えて言ったつもりが、好きなことがバレバレな声色だ。
 
「ねえ、あめちゃん」
 
 そしてまたしても雨花に抱きついてくる。
 
「う、そうだね」
 
 雨花は困り顔で受け答えた。



 
 ラオと陽太が帰ってきた後も、役者の方はラオの出番がまだなようで、彼はしばらく裏方の中に混ざっていた。
 
「あんたって意外と剣道強いよね」
 
「なんだよ意外とって」
 
 秋美はさっきからずっとラオと話している。
 雨花は気づいていたが、この二人はよく話す方だ。
 千代子は羨ましそうに、ちらちらと二人を見ている。
 雨花はなんとなく苛々してきた。
 
「私、背景描いてる人たち見てくるね!」
 
 たまりかねたのか、千代子はそう言って立ち上がると、雨花の頭をポンと叩いて技術室へ行ってしまった。
 陽太と早野も背景の方へ行っており、さっきからずっと姿がない。
 
「ちょっとトイレ行ってくる」
 
 話が一段落したようで、ついに秋美まで立ち上がって行ってしまった。
 雨花とラオは、なんとなく二人になってしまった。
 しかし雨花は、押し黙って会話しようとはしなかった。
 
「お前なにムスッとしてんだよ」
 
 ラオがそんな彼女に茶化すような口調で声をかけたとき、ガラッと教室のドアが開いた。
 
「おい、猫耳ないか?」
 
 雨花が少し気にしていた、種沢が教室に入ってきた。
 雨花は驚いて目を泳がせる。
 
「さあな、お前らに渡したと思うけど?」
 
「そっか」
 
 ラオの返答を聞いて、種沢はあっさり教室から出て行ってしまった。
 しかし、雨花がふと見回すと誰の仕業か、ロッカーに猫耳が入っていた。
 ちなみにフェルト生地で仕上がっている。
 
「あ、あった!」
 
 雨花は思わず声を上げて、ラオがなにか言う前に、猫耳を引っ掴んで種沢の後を追った。
 
「待って!」
 
 雨花は勇気を振り絞って、廊下にいた種沢を呼び止めた。
 
「え?」
 
 種沢が振り返る。
 
「あ、えっと、猫耳あったよ!」
 
 雨花はぎこちなく、猫耳をずいっと差し出した。
 
「お、どーもッス!」
 
 種沢はニコッと笑って受け取ると、持ち場へ向かって歩き出す。
 が、ちょうどトイレから帰ってきた秋美とばったり出会って、また二人で楽しそうに話し込んでいる……。
 雨花はすぐに目を背けると、教室に戻ろうと向きを変えた。
 
「うわっ!」
 
 いつの間にか真後ろにラオが立っていて、雨花は驚いて飛び退いた。
 
「な、なに?」
 
 雨花は顔をしかめる。
 
「お前、種沢のこと好きなんか?」
 
「えっ」
 
 思わず赤くなってしまった雨花を見て、ラオはニヤニヤと笑った。
 
「やっぱりなー」
 
「なに? 関係ないじゃん!」
 
 雨花は苛々して声を荒げ、ラオを睨みつけた。
 ラオがなにか言おうと口を開きかけたのも構わず、雨花はとげとげしい口調で言い放った。
 
「ラオだって秋美と仲良いくせに!」
 
 自分の目頭が熱くなっているのに気づき、雨花は慌てて彼に背を向けた。
 
「もう、意味わかんない!」
 
 雨花はそう吐き捨てて、ラオから逃げるようにその場から走り去った。
 
「お、おい! 根岸!」
 
 ラオは茫然と雨花の後ろ姿を見送った。
 
(なに……あいつ……)