学校の死神

 不気味な静けさが訪れる……。
 その静寂を破ってラオが口を開いた。
 
「……お前……オレの姿が視えるんか?」
 
「そ、そうだけど……一体なに?」
 
 雨花はおずおずと答える。
 
「オレは……お前の言うとおり死神や」
 
 ラオは真顔でそう言った。
 
「……えっ? 死神って……?」
 
「もう今日は遅いけ帰れ。夜の学校は、お前が思っとるより危険やけ……」
 
 ラオはただ、そう答えただけだった。
 
「うっ、わ、わかった……。あっ! あと、助けてくれて、ありがとう……」
 
 わけがわからないままお礼だけでもと思い、雨花がそう言うと、ラオは少し表情を緩めた。
 まだガクガクと力の入らない足を奮い立たせて、落とした教科書を広い集め、心臓をバクバクさせたまま帰ろうとする雨花の背中に、
 
「おい、根岸!」
 
 とラオが声をかけた。
 
「な、なに?」
 
 驚いた雨花は、またもや教科書を落としてしまいそうになりながら、振り返った。
 
「このこと誰にも言うなよ」



 
 次の日、雨花は部活の朝練をサボって、だいぶ早めに登校した。
 もちろんあの鏡の前は避けて、違う階段から教室へ上がった。
 誰もいないものと思い込み、雨花はふぅっと溜息をつきながら教室のドアを開いた。
 
 と、思わず足が止まる。
 そこには既に、ラオが独りで窓辺に寄りかかっていたが、雨花を見ると、驚いた様子でその大きな目を丸くした。
 
「おー、根岸か……」
 
 ラオはぎこちなく目を泳がせる。
 
「お、おはよう……」
 
 雨花はもっとぎこちなく挨拶をし、教室に入りながらドアを閉めると、自分の席の上にそっと荷物を置き、少し迷ってから静かに椅子に腰を下ろした。
 
「あ、えー、昨日のこと誰にも言ってないよな……?」
 
 ラオがおもむろに口を開く。
 
「言ってないよ?」
 
 雨花はなるべく笑顔で答えた。
 
「そうか」
 
 ラオは少しほっとしたようだ。
 
「ね、でも……えっと……昨日の死神ってなに? どういうこと?」
 
 雨花は勇気を出して、気になって仕方なかったことを思い切って尋ねてみた。
 
 長い沈黙が流れた。
 聞いてはいけなかったのか、もう答えてくれないのかと雨花が不安になり始めたとき、ラオはようやく口を開いた。
 
「……お前本当は、新学期っていうか、最初っからオレのこと見覚えないって思ってたやろ?」
 
「え……? う、うん、実は」
 
「オレも、他の奴らと、お前のオレを見る目が違うなって思っとった。極めつけは、お前だけオレを『草山くん』って呼んだよな?」
 
「あっ……うん」
 
 雨花は気まずそうにうなずいた。
 ばれていたことにも少し驚いた。
 今まで雨花の目をチラチラとしか見なかったラオが、不意に彼女に真剣な眼差しを向けた。
 しかし、雨花はその視線に耐えられなくなって、さっと目を逸らしてしまった。
 それでもラオは、雨花のことを見つめたまま話を続けた。
 
「オレは根岸のこと信用して、お前にだけ話すけ、今から話すこと絶対誰にも言うなよ」
 
「うん、わかった。絶対言わない」
 
 雨花は、今度はラオの目をしっかり見て約束した。
 ラオは一息つくと、再び顔を上げて話し始めた。
 
「よし。さっきのことやけどな、お前がオレのこと見覚えないのは当たり前なんよ。オレは新学期から鼓中の生徒として紛れ込んだけぇの。他の奴らにとってはオレがずっと前から存在してたことになっとるんやけど……。まぁ、そのことは後で——
「死神ってのは罪を犯して死んだ奴が、その罪を償うために罰として与えられた仕事……と言うべきかはようわからんけど……。とにかくその罪を償い、心から反省し、無念が晴れるまで解放されんもんなんよ。
「その死神がやることっていうのが、悲しみや憎しみで魂を蝕まれて、人に危害を加える悪霊や妖怪になってしまった魂を、死神の大鎌で成仏させることなんや——
「でも、普通の奴には死神の姿は、基本的に視えんはずなんやけどなぁ……。あ……もしかしたらお前——」
 
 そのときちょうど美奈が教室に入って来た。
 
「おはよー、雨花!」
 
「あっ、おはよ!」
 
 雨花は慌てて挨拶を返した。
 気づくともう八時だ。
 ラオは美奈が見ていない隙に右手を軽く上げて、「後でな」と合図した。
 雨花もばれないようにうなずいた。
 美奈は荷物を置くと、すぐに雨花のところへやって来た。
 その途端、次々とクラスメイトたちが教室に入って来た。
 
「おはよぉ!」
 
 千代子が元気に挨拶をしてくる。
 
「おはよー」
 
 他にも次々と挨拶の声が飛んでくる。
 やっと挨拶の嵐が終わると、
 
「二人っきりでなに話してたの?」
 
 と早速美奈が目を輝かせて尋ねきた。
 
「べ、別に大したことじゃないって!」
 
 雨花は焦ってそう誤魔化した。



 
 そして昼休み。
 昼食を食べ終わってみんな外へ遊びに出たりで、教室には珍しく、美奈と雨花の二人だけになった。
 今日は時間が過ぎるのが早く感じる。
 
「ねぇ、雨花ってやっぱりまだ種沢のこと好きなの?」
 
 美奈が唐突に雨花に問いかける。
 
「は? なに急に」
 
 雨花は突然の質問に戸惑った。
 そんな雨花を他所(よそ)に美奈は、
 
「だって、雨花は最近ラオと仲良さ——」
 
 と言いかけたが、雨花は直ぐさまそれを遮った。
 
「——だから、違うって」