学校の死神

 美術室に着くと、もうほとんどの生徒たちが集まっていた。
 もちろん、草山良緒も既に椅子に座っている。
 雨花を見て、美術室の掃除担当の千代子が早速手を振ってきた。
 雨花も手を振り返しながら、草山良緒の後ろの方に、少し距離を開けて席に座った。
 千代子は雨花のところへやって来ると、
 
「いいなぁ、雨花!」
 
 と小声で話しかけてきた。
 
「え! なにが?」
 
 なんのことかさっぱりわからない。
 今のところ、雨花にとっては悪いことしか起きていないが……。
 
「だって、ラオと二人っきりじゃん! きゃー! もう、本当羨ましい。でも、私怖いの苦手だからさぁ……」
 
 千代子は頬を赤らめて、本当に羨ましそうにしている。
 
「はは……私は今すぐ帰りたいんだけど……」
 
 雨花は苦笑いしながら、独り言のようにつぶやいた。
 それと同時に、この教室に集う生徒たちを管轄する美術の白滝先生が入ってきた。
 千代子は急いで席に戻った。
 
(へぇ、千代子ってあの人のことが好きなんだ……)
 
 雨花は草山良緒の後ろ姿をぼーっと眺めた。


 
「さぁ、それじゃあ始めましょうかね」
 
 白滝先生ののんびりとした声がかかり、生徒たちの号令の声が上がる。
 白滝先生はいつものほほんとした雰囲気の、年配の女性の先生だ。
 
「それじゃあ、各自で決めてくださいな」
 
 先生はそれぞれの掃除のグループに、反省カードを配っていく。
 これに班長が誰かなどを書き込むのだ。
 そして掃除が終わるごとに、班長はこのカードに感想や気づきなどを書いて、職員室前のボックスに提出しなければならない。
 白滝先生が雨花の前に反省カードを置くと、草山良緒はくるっとこちらに向きながら立ち上がり、目の前の椅子に腰を下ろした。
 
「なんだ、音楽室の掃除って二人しかおらんのか」
 
「あっ、うん、そうだね」
 
 雨花は目の前に座られて内心慌てながら、もごもごと答えた。
 元々かなりの人見知りだ。
 中学生になって、なんとか女子とは気軽に話せるようになったが、男子はまだ超がつくほど苦手だった。
 彼女にとっては、男子はもうなにをどう話していいのかわからないのだ。
 
(あああ、帰りたい! だいたい二人なのに班長もクソもないじゃん……)
 
 雨花は必死に目を合わせないように、目の前の反省カードを穴が開くほど見つめた。
 
「おい! 班長とかどうするか?」
 
 そんな彼女を他所に、草山良緒はぱっと反省カードを取り上げる。
 
「えっ、どうする?」
 
 雨花は相変わらずぎこちなく答える。
 すると、草山良緒はさらりとこう言った。
 
「んじゃ、お前班長ね」
 
「……えっ?」
 
 雨花は突然の宣告に呆気にとられた。
 草山良緒は既に雨花の筆箱から、勝手にシャープペンシルを取り出してカチカチと芯を出している。
 雨花はすぐに我に返って、
 
「はっ? ちょっと待って、班長とか嫌だ!」
 
 と、すかさずシャープペンシルを取り返した。
 
「なっ! チッ、お前ケチじゃの~」
 
 草山良緒はふざけているようだ。
 
「どうせケチだよ!」
 
「仕方ないなぁ」
 
(良かった、なんだ結構話し易い人じゃん)
 
 雨花は少しほっとした。
 しかし、草山良緒がまた筆箱に手を伸ばしてきたので、雨花は慌ててそれを取り上げた。
 
「ねぇ、油性のペン持ってない?」
 
 唐突にそう問いかけられて、雨花は眉を潜める。
 
「なんで?」
 
「いいから、早く!」
 
 鈍い雨花はよくわからないまま、油性のマーカーを差し出した。
 草山良緒が、なにやら反省カードに書き込んでいる。
 
「……なに書いて——っああ!」
 
 なんと、草山良緒は強引にも、班長の名前の欄に雨花の名前を油性ペンで書いていたのだ。
 
「最悪……」
 
 雨花はムスッとしてつぶやいた。
 筆箱の中に修正機はない。
 
「まっ、よろしくな!」
 
 そう言って、草山良緒は悪戯っぽくニカッと笑った。


 
 放課後の部活も終わり、雨花は今日は一番のりで帰りのメンバーが集まる場所に、独りぽつんと座ってみんなを待っていた。
 
(あー、ムカつく。最悪……)
 
 雨花が苛々と考え事をしていると、美奈がバタバタと一人で走って来た。
 
「さぁ、雨花、掃除はどうだった?」
 
 同じバレー部だが、顧問がいたため雑談が出来なかった美奈は、待ちきれないようだ。
 
「えっ? 別に……勝手に班長にされたりで最悪だったけど……?」
 
 雨花は美奈とは反対にどんよりと答えた。
 
「ちゃんと話せた?」
 
「まぁ……」
 
「ていうか、未だに記憶ないの? 有り得なくない?」
 
 雨花は困惑した顔で首を傾げる。
 
「うーん。私もおかしいとは思うんだけど、本当にわかんなくて……もしかして新種のアルツハイマーとかかなぁ……?」
 
 美奈はそれを聞いて、少しおかしそうに笑った。
 
「さぁね? でも本当にわかんないんだね……」
 
「美奈、私本当にふざけてるわけじゃないからね? それだけは信じて欲しい……! あと、このこと、みんなには——」
 
「わかってるって! 信じるよ。みんなにも言いませんから!」
 
 美奈は親指を立ててにっこり笑った。
 
「美奈、ありがとう」