この日は真面目に部活の朝練を終えて、雨花は他の女子バレー部のみんなより、一足早めに教室に上がった。
教室にはもう女子バレー部以外の生徒たちみんながいて、それぞれ談笑したり机に伏していたり、思い思いに過ごしている。
そして、もちろん草山良緒の姿も……。
普通に他の男子たちと、仲良さそうにつるんでいる。
今日は休み明けのテストで、時間はあっという間に過ぎていった。
ところが、雨花はまだ夏休みの提出物が少し終わっておらず、六時間目の掃除の担当決めのときも、必死に残りを片付けていた。
そしてやっと提出物が終わり、深い溜息をついて、黒板の掃除決めの表を見た雨花はぎょっとした。
提出物に必死でどこにも手を挙げなかった雨花は、音楽室で女子男子それぞれ一人ずつの場所に、草山良緒と揃って担当になっていたのだった。
幸い、掃除替えは体育祭が終わってからだが……。
いつも音楽室が最後に残るのには、わけがあった。
音楽室は校舎の一番西側の一階にある美術室前の階段を、最上階の三階まで上がったところの、孤立した場所にある教室だ。
教室からかなり離れているというのも理由の一つだが、そこには変な噂があるのだ。
音楽室には、小さな棚の近くの壁に、少し大きな穴がある。
そして、その穴はポスターで塞がれおり、噂ではポスターの裏に御札が貼られていると言われている。
これは四年前、雨花がまだこの学校にいないときの話らしい……。
一人の男子生徒が面白半分にこのポスターを剥がし、穴に手を突っ込んだ際、なにかに手を掴まれたそうだ。
それから数日後にその男子生徒は、突っ込んだ方の右手に大やけどを負ったらしい。
そしてつい最近の一学期頃、雨花の学年の別クラスの男子が、この噂を面白がって、音楽室の例の穴のポスターを少し剥がし、隙間から手を入れたのだ。
その男子もやはり、なにかに手を掴まれた感覚がして、その手を三日後に骨折するということがあった。
それからはみんな怖がって、音楽室には授業以外で近寄らなくなったのだ。
雨花は絶望的な気分になった。
怖い話は大好きだが、こういうのはわけが違う。
つい最近実際に起こったことだし、自分だけが知らない謎の人物・草山良緒と二人っきりで掃除をしなければならないのだ。
本来なら隣のクラスからも男女一名ずつ掃除に加わるはずだが、隣のクラスには二名の不登校の生徒がいて、おそらく音楽室の枠にはその生徒二人が割り当てられている。
音楽室の掃除自体は楽なので、先生たちも黙認している。
いつもそのパターンだ。
(ああ……これからどうなるんだろう……)
それから体育祭までは、あっという間に過ぎていった。
暑い中厳しい練習を乗り気って、今年も雨花の白組が勝利を収め、疲労と達成感の中、体育祭は幕を閉じた。
草山良緒や掃除のことをもうだいぶ忘れかけて、辛い体育祭も終わり、雨花は楽しみな文化祭の準備が始まるのを喜んでいた。
今は四時間目の数学の授業中だ。
雨花は大嫌いな数学の授業が早く終わらないかと思いつつ、眠気と闘いながらノートをとっていた。
まだ席替えはしていないので、相変わらず真ん中の一番後ろの席で、草山良緒と隣同士だ。
と、不意に草山良緒の机から消しゴムが転がり落ちた。
雨花はぴくっと顔を上げた。
相手は消しゴムが落ちたことに、全く気づいていない。
雨花はそわそわした後、少し躊躇いながらも勇気を出して消しゴムに手を伸ばし、向こうの机にひょいと置いた。
「おっ、ありがと」
草山良緒はそれに気づいて、雨花に小声で礼を言った。
一応雨花にとっては初めての会話(?)だ。
雨花は内心ほっと胸をなで下ろした。
それからやっと授業が終わり、待ちに待った昼食の時間だ。
雨花がみんなで楽しく弁当を食べていると、不意に美奈がなにか思い出したようにニヤッと笑い、
「雨花~、今日から新しい掃除場所だねぇ!」
と意地悪く言った。
「……えっ?」
雨花は最初なんのことかわからずに、ポカンと口を開けた。
しかし、じわじわと不安と一緒に記憶が蘇ってきた。
「ああー! そうだった!」
雨花が突然大声を上げたので、一緒に食べていた友人たちは驚いて目を丸くした。
「びっくりしたあ」
「うわぁ、やだなぁ……本当にどうしよう……」
雨花ががっくりと肩を落として、ぶつぶつとつぶやいているのを見て、美奈は面白がり追い打ちをかける。
「本当どうすんの? 二人っきりだよぉ~かわいそぉ~!」
そしてとうとう、清掃オリエンテーションの時間がやってきた。
清掃オリエンテーションとは新しい掃除場所に変わるとき、その場所の担当の班長や係を決めるための時間だ。
雨花が清掃オリエンテーションを行う場所に向かおうとしていると、
「おい、音楽室の掃除ってどこに集まるん?」
と草山良緒に呼び止められた。
「ぅえ? えっと美術室……」
雨花は、声が裏返りそうになりながら答えた。
「ああ、そう」
草山良緒は素っ気なくそう言うと、走り去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、憂鬱な気分で溜息をついていると、今度は美奈が背後から、
「雨花~! 頑張れ~♪」
と雨花の頭をポンポンと叩くと行ってしまった。
雨花はぐぐっと顔をしかめて苦悶の表情を浮かべると、美術室に向かって重い足取りで歩き出した。
(帰りたい……)
教室にはもう女子バレー部以外の生徒たちみんながいて、それぞれ談笑したり机に伏していたり、思い思いに過ごしている。
そして、もちろん草山良緒の姿も……。
普通に他の男子たちと、仲良さそうにつるんでいる。
今日は休み明けのテストで、時間はあっという間に過ぎていった。
ところが、雨花はまだ夏休みの提出物が少し終わっておらず、六時間目の掃除の担当決めのときも、必死に残りを片付けていた。
そしてやっと提出物が終わり、深い溜息をついて、黒板の掃除決めの表を見た雨花はぎょっとした。
提出物に必死でどこにも手を挙げなかった雨花は、音楽室で女子男子それぞれ一人ずつの場所に、草山良緒と揃って担当になっていたのだった。
幸い、掃除替えは体育祭が終わってからだが……。
いつも音楽室が最後に残るのには、わけがあった。
音楽室は校舎の一番西側の一階にある美術室前の階段を、最上階の三階まで上がったところの、孤立した場所にある教室だ。
教室からかなり離れているというのも理由の一つだが、そこには変な噂があるのだ。
音楽室には、小さな棚の近くの壁に、少し大きな穴がある。
そして、その穴はポスターで塞がれおり、噂ではポスターの裏に御札が貼られていると言われている。
これは四年前、雨花がまだこの学校にいないときの話らしい……。
一人の男子生徒が面白半分にこのポスターを剥がし、穴に手を突っ込んだ際、なにかに手を掴まれたそうだ。
それから数日後にその男子生徒は、突っ込んだ方の右手に大やけどを負ったらしい。
そしてつい最近の一学期頃、雨花の学年の別クラスの男子が、この噂を面白がって、音楽室の例の穴のポスターを少し剥がし、隙間から手を入れたのだ。
その男子もやはり、なにかに手を掴まれた感覚がして、その手を三日後に骨折するということがあった。
それからはみんな怖がって、音楽室には授業以外で近寄らなくなったのだ。
雨花は絶望的な気分になった。
怖い話は大好きだが、こういうのはわけが違う。
つい最近実際に起こったことだし、自分だけが知らない謎の人物・草山良緒と二人っきりで掃除をしなければならないのだ。
本来なら隣のクラスからも男女一名ずつ掃除に加わるはずだが、隣のクラスには二名の不登校の生徒がいて、おそらく音楽室の枠にはその生徒二人が割り当てられている。
音楽室の掃除自体は楽なので、先生たちも黙認している。
いつもそのパターンだ。
(ああ……これからどうなるんだろう……)
それから体育祭までは、あっという間に過ぎていった。
暑い中厳しい練習を乗り気って、今年も雨花の白組が勝利を収め、疲労と達成感の中、体育祭は幕を閉じた。
草山良緒や掃除のことをもうだいぶ忘れかけて、辛い体育祭も終わり、雨花は楽しみな文化祭の準備が始まるのを喜んでいた。
今は四時間目の数学の授業中だ。
雨花は大嫌いな数学の授業が早く終わらないかと思いつつ、眠気と闘いながらノートをとっていた。
まだ席替えはしていないので、相変わらず真ん中の一番後ろの席で、草山良緒と隣同士だ。
と、不意に草山良緒の机から消しゴムが転がり落ちた。
雨花はぴくっと顔を上げた。
相手は消しゴムが落ちたことに、全く気づいていない。
雨花はそわそわした後、少し躊躇いながらも勇気を出して消しゴムに手を伸ばし、向こうの机にひょいと置いた。
「おっ、ありがと」
草山良緒はそれに気づいて、雨花に小声で礼を言った。
一応雨花にとっては初めての会話(?)だ。
雨花は内心ほっと胸をなで下ろした。
それからやっと授業が終わり、待ちに待った昼食の時間だ。
雨花がみんなで楽しく弁当を食べていると、不意に美奈がなにか思い出したようにニヤッと笑い、
「雨花~、今日から新しい掃除場所だねぇ!」
と意地悪く言った。
「……えっ?」
雨花は最初なんのことかわからずに、ポカンと口を開けた。
しかし、じわじわと不安と一緒に記憶が蘇ってきた。
「ああー! そうだった!」
雨花が突然大声を上げたので、一緒に食べていた友人たちは驚いて目を丸くした。
「びっくりしたあ」
「うわぁ、やだなぁ……本当にどうしよう……」
雨花ががっくりと肩を落として、ぶつぶつとつぶやいているのを見て、美奈は面白がり追い打ちをかける。
「本当どうすんの? 二人っきりだよぉ~かわいそぉ~!」
そしてとうとう、清掃オリエンテーションの時間がやってきた。
清掃オリエンテーションとは新しい掃除場所に変わるとき、その場所の担当の班長や係を決めるための時間だ。
雨花が清掃オリエンテーションを行う場所に向かおうとしていると、
「おい、音楽室の掃除ってどこに集まるん?」
と草山良緒に呼び止められた。
「ぅえ? えっと美術室……」
雨花は、声が裏返りそうになりながら答えた。
「ああ、そう」
草山良緒は素っ気なくそう言うと、走り去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、憂鬱な気分で溜息をついていると、今度は美奈が背後から、
「雨花~! 頑張れ~♪」
と雨花の頭をポンポンと叩くと行ってしまった。
雨花はぐぐっと顔をしかめて苦悶の表情を浮かべると、美術室に向かって重い足取りで歩き出した。
(帰りたい……)
