学校の死神

「どうしたん? 冴えん顔して……?」
 
 ラオが不思議そうに雨花の顔を覗き込む。
 ここは朝の教室だ。
 
「いや、なんでもないよ!」
 
 雨花は作り笑いをして答える。
 昨日のことが頭から離れない。
 
(本当のこと知ったのはいいけど……いつ話せばいいのかな……)



 
 文化祭が終わり、今日からまた普通の学校生活の日々だ。
 休み時間、雨花はいつものように美奈と雑談をしていた。
 
「文化祭、楽しかったよねえ。特に、遅くまで残って準備した三日間が……!」
 
 美奈はきっと陽太のことで、頭がいっぱいなのだろう……。
 
「美奈ってすごいよねー。自分から告白しちゃうなんて……」
 
 雨花は昨日からずっと考え過ぎたせいで、顔が疲れている。
 
「雨花もびしっと言っちゃえば?」
 
「いや、無理だよ。ていうか、美奈ほど本気ってわけじゃないし」
 
「ていうかさあ、ラオのこと気になるんじゃないの?」
 
「さあ……?」
 
 雨花は他人事のように首を傾げただけだった。


 
 掃除の時間。
 雨花はなんとなく独りになりたくて、かなり早くから音楽室に来ていた。
 まだ掃除始まりまで五分以上はある。
 雨花は悩むのに疲れ果て、机の上に座って、ぼーっと宙を見つめていた。
 
 不意に例の穴が塞がれたポスターが目に入る。
 雨花は机から降りて、静かに近づいた。
 もうあまり怖いとも思わなくなった。
 色んな霊や妖怪を視たし、昨日なんか霊と話したのだ。
 
 そのときだった。
 ふわりと、雨花の目の前に同い年くらいの女の子の霊が、姿を現したのだ。
 何故か全身がびっしょりと濡れ、黒い髪を肩まで伸ばした女の子だ。
 
「こんにちは」
 
 その子はか細い声で話しかけてきた。
 
「え! こ、こんにちは」
 
 思わず挨拶を返す。
 
「……私、病気で学校行けなくなっちゃって、死んじゃったの……それで、音楽が大好きだったから、ここにいるの……」
 
 その子は悲しそうに語りかけてくる。
 
(こんな子があんな、人に危害を加えるようなことを、してるのかな?)
 
 雨花は一応距離を置きつつ、黙って話しを聞いてあげた。
 
 キーン コーン カーン コーン
 
 掃除始まりのチャイムが鳴り響く。
 
(お願い! あの死神の男の子には、私のこと言わないで……!)
 
 それだけ言い残すと、女の子の霊は消えてしまった。
 階段から足音が響いてくる。
 雨花は急いでその場から離れ、掃除の反省カードを掴んだ。
 
 ガラッと勢いよくドアが開かれる。
 
「もうおったんか!」
 
 ラオだ。
 
「あ、うん。ところで、『良緒』って面白い名前だよね」
 
 雨花は誤魔化すために、他愛のない話題を振った。
 
「まあな。普通『ヨシオ』って読むよな」
 
 ラオは机の上に豪快にドカッと腰を下ろした。
 今日も音楽室はあまり汚れが目立たない。
 二人はいつも、黒板と目立つゴミだけを片して、残った時間は駄弁っていた。
 
「そういえば、ここの霊もはよ、どうにかせんとなー。一応軽く封印されとるから、すっかり忘れとった……」
 
「う、うん」
 
 思わず動揺の色が表れてしまう。
 
「なあんか、お前、今日変じゃないか?」
 
 ラオが疑わしげに、雨花をじっと見つめてくる。
 
「はは、そんなことないよ!」
 
 雨花は誤魔化し笑いをして、結局あの霊のことは黙っておいた。


 
 次の日の掃除も、雨花は早めに音楽室へ向かった。
 あの女の子の霊は再び姿を現した。
 
「また来てくれたんだ」
 
 その子は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 
「うん、まあ……」
 
「私……もっと話したいな。これからも、毎日来てくれる?」
 
 雨花は少しだけ迷ったが、女の子の縋るような視線に、思わずうなずいてしまった。
 
「うん、いいよ」
 
「ありがとう! でも、このことは誰にも言わないでね。もちろん、あの男の子にも……」



 
 それから毎日、学校がある日は掃除場所に早めに行って、その子と会うようになった。


 
 ある日の掃除時間……。
 
「お前、なんか最近顔色悪くないか?」
 
 ラオが不意に雨花の顔を覗き込む。
 
「な、なに? 急に」
 
 雨花は慌ててラオから離れた。
 心臓の鼓動が急激に早くなる。
 
「疲れとるんか?」
 
「いいや、別に……」
 
 雨花はそっぽを向く。
 
「ほんとか?」
 
 ラオはまだ釈然としないようだった。


 
 次の日の朝、今日から十一月なので席替えだ。
 くじを引きに行くとき、美奈が後ろから声を潜めてきた。
 
「また隣だといいね♪」
 
「うるさい」
 
 雨花は小さく顔をしかめて吐き捨てた。


 
 席替えが終了して、めでたく雨花は、窓側の一番後ろと最高の席を陣取っていた。
 
 そして、隣は——
 
「お! また根岸かあ……」
 
 ラオはふざけて大袈裟に溜息をつく。
 
「また?」
 
「ま、よろしくな!」
 
 ラオは軽く笑いかけてきた。
 その前の席で、美奈がニヤニヤしながらこっちを見ている。
 
(信じられない……四回連続とか!)
 
 雨花はラオに向かって顔をしかめながらも、内心喜んでいる自分にも気づいていた。


 
 休み時間になると、美奈は早速雨花のところへ飛んで来た。
 ラオは席を外している。
 
「雨花ー、良かったね!」
 
「いや、別に、そんなことないけど」
 
「そうかなあ?」
 
 美奈は意地悪く笑っている。
 
「美奈こそ、どうなの?」
 
 雨花は必死に話題を逸らそうとした。
 
「えー? 聞いちゃう? 聞いちゃう? 超幸せよ! 毎日メールとかしてさあ」
 
(本当に、幸せそうだな……)
 
 美奈のノロケっぷりに雨花は少し呆れた。
 しかし、美奈は急に心配そうな表情をして、雨花を見つめた。
 
「なんか雨花、最近顔色良くないよ? 寝不足?」
 
「え? そんなことないけど……そんなに良くない?」
 
「うん……」
 
 美奈は真剣な顔でうなずく。
 
(なんでだろう……? 最近は、結構早寝早起きなんだけど……そういえば、ラオにも言われたっけ)