学校の死神

 次の日の朝、雨花はいつも以上に早く学校へ行った。
 もちろん、ラオの様子を見に行くためだ。
 まだ先生も来ていなかったので、雨花は昨日こっそり開けておいた窓から、直接宿直室の中に入った。
 
「おう、根岸!」
 
 ラオは驚くほど元気に挨拶をしてきた。
 しかし、朝だというのに死神姿で畳の上に座り込んだままだ。
 
「え? もう大丈夫なの?」
 
 雨花はそのそばへ座りながら尋ねた。
 
「うーん、まあな。でも今日は学校も夜も無理っぽいなあ……」
 
「そっか」
 
 雨花は人間の姿になれない彼を見て、それを察した。
 
「でも、明日にはもう大丈夫と思うけ、今日はお前、真っ直ぐ帰れ」
 
「わかった。ゆっくり休んでね」
 
「あ、そういえば、昨日ありがとな。運んでくれて……お前は大丈夫だったか?」
 
「ううん、こちらこそ、ありがとう。私はラオのお陰で、全然大丈夫だよ」
 
 雨花はにっこり笑って言いながら、食料を渡しかけて、
 
「あ、でも今日はその姿だから……」
 
 と引っ込めかけた。
 しかし、ラオはそれをガシッと掴んで受け取った。
 
「気にすんな。これ、明日食べる」
 
 雨花は嬉しくて、少し微笑むと立ち上がった。
 
「そ、わかった! まあ、文化祭で暇なときは顔出すよ」
 
「おう」
 
 ラオは素っ気なく返事をしたが、なんとなく嬉しそうにも見えた。


 
 文化祭は役者であるラオが休みだったため、色々と大変ではあったが、なんとか無事に終わった。


 
 次の日、雨花は午前中の部活を終えると、ラオに食料を渡すため、こっそり宿直室へ向かった。
 学校が休みの日でも、いつも通っていたのだ。
 
「おう、来たか」
 
 ドアを開けると人間の姿のラオがいた。
 ラオは私服がないので制服姿だ。
 それにしても、本当に素晴らしい回復力だ。
 
「もう、大丈夫?」
 
「うん、全然平気!」
 
 ラオは元気に答える。
 
「よかった! 今日はカップラーメン持ってきたよ」
 
 そう言って雨花は、鞄からカップラーメンを取り出した。
 雨花がカップラーメンを差し出すが、ラオはそれを受け取ろうとしない。
 
「作って」
 
「はあ? なんで私が……」
 
 雨花が彼の偉そうな態度に顔をしかめると、ラオはニヤニヤしながらこう言った。
 
「オレ、病み上がりやぞ」
 
「いや、こっちだって、部活終わったばっかで疲れてるんですけど……」
 
「まあまあ、そう堅いこと言うなって」
 
「なんか、むかつくな……」
 
 雨花は不服そうにしながらも、宿直室の質素なガスコンロで、しぶしぶ湯を沸かし始めた。
 
「……ところでさあ」
 
 雨花はヤカンを見つめたまま口を開いた。
 
「なに?」
 
「ラオって生きてた頃、どこに住んでたの?」
 
「んーっと、あっちの方の海の近く」
 
 ラオは雨花の家がある方向を指差した。
 
「え? 私の家の近くじゃん! 港がある方? 団地じゃなくて、一軒家?」
 
「そうそう。なんでそんなこと聞くん?」
 
「いや、別に」
 
「なに、それ」
 
 なんでもないという風を装う彼女に、ラオは少し眉を潜めた。
 
(もしかしたら、あの空き家かも……確かにあの家、なんか前から嫌な感じするし……よし!)
 
 そのとき、ちょうどヤカンの湯が沸騰し始めた。


 
 翌日、雨花は自分の家の近くにある、一軒の空き家の前に立っていた。
 周りに近所もなく、孤立した場所にあって雑草だらけだ。
 昔事件があったと噂程度には聞いてはいたが、まさかここがラオの家だったとは。
 
(なんか怖いな……でも、ラオのためだし!)
 
 雨花は意を決して、周りに誰もいないことを確認すると、ガラスが割れていて中に入れそうな窓から、こっそり空き家の中に侵入した。
 
 家の中は荒れ放題だ。
 雨花は心臓をドキドキさせながら、室内を見渡した。
 
「お前、誰や?」
 
 不意に声がして、雨花は心臓が飛び出そうになった。
 
「え!」
 
 目の前に、雨花より少し年上に見える少年の霊が、ふわりと姿を現した。
 どこかラオに似ている。
 おそらく彼の兄だろう。
 
「なにしに来たんや」
 
「こ、こんにちは。あの、勝手に入ってすみません。実は私、死神になったあなたの弟さんの友達で、あの、なんとか弟さんを死神から解放できないかなと思って……なにかないかと、ここを調べに来たんです……」
 
 初めて霊と会話した。
 怖いような不思議なような、なんとも言えない気持ちだ。
 
「そうか……あいつ死神になってしもうたんか……あのことには、わけがあったのにな……」
 
「あの、それって? 良ければ、教えてもらえませんか?」
 
「ああ、ええよ。あいつが死神なら、父さんをなんとかできるかもしれんしな……」
 
「?」
 
「ラオが死んだときの話は聞いとるか?」
 
「はい」
 
「なら話が早い……父さんがおかしくなったのは、母さんが死んだのも原因やけど——それに加えて、悪霊がとり憑いとったけえなんや。俺は成仏できずにそばで見てたから、気づいてたんやけど……」
 
「悪霊……」
 
「心が弱っとると、悪霊に狙われるんや。父さんは母さんが死んで、仕事も上手くいかなくなって……そこで心身共に弱り切ったところを、つけ込まれたんや……それで、自殺しようとしてもうたり、ラオに、あんなことまで……」
 
「そう、だったんですか……」
 
 雨花がそうつぶやいたところで、ラオの兄は不意に上を見上げた。
 
「ああ、そろそろ帰った方がええ。父さんもまだ、ここにおるんや……もう完全に化け物に取り込まれてしもうた……気づかれんうちに……!」
 
 そのとき、雨花の全身をぞわりと酷い悪寒が走った。
 これは尋常ではない。
 
「あ、ありがとうございました!」
 
 雨花は礼を言うと、慌てて帰ろうとした。
 
「あ、その前に一つだけ、お前の名前は?」
 
「根岸雨花です。あなたも、教えてください」
 
「草山(くさやま)名緒(なお)だ……ラオのこと、頼む」
 
「はい!」
 
 雨花はしっかりと返事をすると、空き家を後にした。

 

 
(そっか……ラオのお父さんには、悪霊が取り憑いてたんだ……!)


 
 
 急ぎ足で自分の家へ向かいながら、雨花はぎゅっと拳を握りしめた。