学校の死神

「多分三階や!」
 
 ラオは一気に廊下を駆け抜け、三階へ続く階段を駆け上がった。
 二人は息を切らしながら、三階の廊下に辿り着いた。
 まだ雷は鳴り響いている。
 
「ヴゥ……」
 
 廊下の向こうの暗がりで、微かになにか動いた。
 なにかがこちらへ向かって来る。
 ミシミシと、廊下が軋む。
 ラオは大鎌をしっかりと構えて、音のする方に目を凝らした。
 
 ピカッと雷の光に照らされて、一瞬なにかの姿が浮かび上がった。
 それは恐ろしい——『鬼』のような姿をしていた……。
 
「なんや? 鬼?」
 
 空気がいつもと違う。
 ラオはより一層大鎌を握りしめた。
 
「ウゥ……ググ……ガハハハハ!」
 
 鬼のような化け物は、身体中が震え上がるような声で笑いながら近寄って来る。
 雨花が想像していた鬼とは、ほど遠い姿だ。
 目は赤く血走り、口には鋭く巨大な牙、爪はまるで獣の手——身体中がどす黒く濁っている。
 おまけに、今までの悪霊や妖怪とは桁違いに大きく、廊下の空間を埋め尽くしてしまいそうだ。
 節分の豆撒きなんかでは、とてもじゃないが退治できないだろう……。
 
「気をつけろよ——!」
 
 ラオも珍しく恐怖の色を浮かべている。
 そうこうする内に、鬼はどんどん近づいて来る。
 
「ホシイ——オマエノ魂——ヨコセ——ヨコセ——オレガ喰ラッテヤル——!」
 
 恐ろしい声で叫んだ途端、鬼は二人に襲いかかってきた。

 
 ——キィインと、大鎌の刃と鬼の爪がぶつかる音が鳴り響く。

 
 ラオはなんとか、鬼の爪を大鎌で食い止めていた。
 大鎌の刃と鬼の爪が擦れて、ガチガチと音を立てる。
 細身の彼の力では、自分よりはるかに大きな鬼の力に
 は敵わない。
 
「根岸! 下がっとけ!」
 
 ラオはそう言うと後ろへ身を引いて、鬼の爪から逃れた。
 雨花はすぐそばの女子トイレの方へ逃げ込んで、そこで見守ることにした。
 
(大丈夫かな……)
 
「フフフ……死神ノ魂ハ、トクニウマイカラナ……罪ト憎シミニ——マミレテイルカラナ!」
 
 どす黒い鬼は、鋭い爪でラオを攻撃してくる。
 
「くっ、うるせえな」
 
 ラオは必死にその爪を避けていたが、ザッと爪が肩をかすめてしまった。
 
「いてっ! くっそ!」
 
 ラオは悪態をつきながら、鬼の足元に入り込んで大鎌で腹を切りつけた。
 
「グワッ! ヨクモ——!」
 
 鬼は身体が大きい分、足元に隙ができていた。
 しかし、鬼はこの程度ではやられなかった。
 
「うわ!」
 
 ラオは鬼の足に蹴飛ばされてしまった。
 鬼は切られたことに腹を立てて、唸り声を上げている。
 そして、ものすごい勢いでラオへ向かってくる。
 振り下ろされた爪をなんとか避けると、今度は足を狙って切りつけた。
 
「ナメルナ——!」
 
「舐めてないし!」
 
 ラオは言いながら、今度は蹴飛ばされまいと急いで逃げる。
 
(でかいし、凶暴やし、意外と素早いし——中々深く切りつけられんなあ)
 
「ウオオオ!」
 
 雄叫びと共に振り下ろされた爪を、かろうじて避けた次の瞬間——
 
「うぐっ!」
 
 間髪入れずに、ラオは鬼の足に蹴飛ばされてしまったのだ。
 ラオの口から血が滲む。
 
「ラオ!」
 
 雨花は思わず叫んだ。
 
「フフ……アトハ、オマエノ魂ヲ喰ラウダケダ」
 
 鬼は弱って力の抜けたラオに、舌舐めずりをしながら手を伸ばした。
 
「やめろお!」
 
 雨花はとっさに、ポケットに入れていた御守りを、力いっぱい鬼に投げつけた。
 バチィっと音と共に光が弾ける。
 
「グワァ!」
 
 鬼は一瞬怯んだだけで、雨花を睨みつけてきた。
 
「オマエェ!」
 
 鬼はラオに背を向けて、こちらに向かってくる。
 雨花は慌てて逃げようとしたが、判断を間違えて、逃げ場のない女子トイレの方へ身を引いてしまった。
 
「フフフ……ヨクミタラ、オマエノ魂モウマソウダ!」
 
 そう言って、鬼は雨花をトイレの方へじりじりと追い詰めてくる。
 
「うう……」
 
 雨花は恐怖に立ち尽くして震えている。
 
「ハハハハハ!」
 
 鬼が鋭い爪を振り上げた。
 
 そのとき——ザクッ! ——と、なにか大きく切り裂くような音が響いた。
 
「グワアアア——!」
 
 大きな悲鳴が上がり、鬼が消滅していく。
 消えゆく鬼の後ろには、ラオが大鎌を振り下ろして立っていた。
 
「ラオ!」
 
「うっ……」
 
 ラオは鬼が消えるのを見届けると、その場にがっくりと膝をついた。
 
「大丈夫?」
 
「はは……ちょっとやばいかも……」
 
 ラオは力なくヘラヘラと笑う。
 雨花は慌ててふらつくラオを支えながら、彼の腕を自分の肩に回した。

 宿直室に辿り着くと、雨花はラオをゆっくりと床に寝かせた。
 ラオはすぐに安心したように、がっくりと眠ってしまった。
 
「ちょっと!」
 
 あまりに一瞬で意識を失ったので、雨花は焦って彼の顔を覗き込んだ。
 しかし、本当にただ眠っているだけなようなので、雨花はとりあえず安心して、できる範囲で怪我の手当てをしておいた。
 といっても、保健室はもう開いてないので、血を拭ったりすることしかできない。
 タオルで拭った血は溶けるように消えた。
 やはり魂だからなのか……。
 
 雨花はそっとラオの頭を撫でた。
 今までどれだけのものを背負ってきたのだろう……。
 家族を失い、父親に手をかけられそうになり、自ら命を絶った少年——死してもなお、死神として苦しんで、傷を負って……。
 
 雨花はぐっすりと眠るラオの傍らで、独り、再び涙を流した。