部活が終わり、雨花はいつものように教室へ向かおうと一階の廊下を早足で歩いていた。
今日で文化祭の準備も最後だ。
少し寂しいような気もする。
職員室を通り過ぎたときだった。
「わっ」
いきなり校舎内の電気が消えて、雨花は小さく声を上げた。
職員室からもザワザワと数人の声がする。
「きゃあああ!」
体育館の方からも、まだ残っていたバレーボール部の女子たちの悲鳴が聞こえた。
あちらも停電したようだ。
雨花も怖くなってその場で固まった。
「根岸!」
突然耳元でラオの声がして、雨花は小さく悲鳴を上げた。
「ひっ!」
「これは霊か妖怪の仕業だと思うんや」
「え?」
そのとき辺りがパッと明るさを取り戻した。
雨花の横に、死神姿のラオが立っていた。
「よし、行くぞ!」
二階の廊下へやって来た。
辺りは不気味なほど静まり返っている。
二人は一年生の教室の前で立ち止まった。
中からすすり泣きのような声がする。
「多分、ここやな」
ラオは警戒しながら、そっとドアを開いた。
「うわっ! なにあれ?」
雨花は思わず驚きの声を上げた。
教室の隅で、身体中に目がある巨大な化け物が不気味に蠢きながら、泣いていたのだ。
身体中の目から涙を流して……。
「うぅ……うぅっ……」
その声は、あまりにも悲しげだった。
「よっぽどのことがあったんやろな……」
ラオは少し気が引ける様子で、目の化け物を静かに鎌で成仏させてやった。
「でも、さっきの停電はこいつの仕業だったんかな? なんか、もっとこう——違うような——まあ、いいや」
ラオは近くにあった机の上に、ひょいと座った。
雨花はそれを不思議に思う。
「まあ、お前も座れ」
「えっ、うん」
近くの片付けられていなかった椅子に、雨花も腰を下ろす。
「約束してたこと、話すわ」
「え……いいの?」
遠慮がちにこちらの表情を窺う彼女に、ラオは笑ってうなずいた。
そして、一瞬沈黙すると、静かに口を開いた。
「……オレはな、四人家族で兄がおった。そんで何年も前、オレがまだ生きとった頃、この鼓中に通っとったんよ。そんで、あのことがあるまでは——普通に幸せな家族で仲良くて、普通に友達もおって、金持ちでも貧乏でもなく普通に幸せに生活しとった」
「あのこと……?」
「うん……それは兄ちゃんが交通事故で死んでしまったことから、始まったんや」
「…………」
雨花は言葉が見つからず、黙ったまま話に耳を傾けた。
「——兄ちゃんが死んで、母さんはどんどん精神を病んでいった——そんで、ろくに物が食べれなくなって、元々身体が弱いのに、そんなんだから——病気になって死んだ。……そうなると、今度は父さんがおかしくなっていった。仕事もやめて、家に閉じこもって——オレが話しかけても、上の空で——」
ラオはそこで一旦口をつぐんだ。
沈黙した後、ラオは重重しく言葉を絞り出した。
「オレが帰ってきたら、父さんまで——部屋で首を吊ろうとしてた」
雨花は思わず息を呑んだ。
「オレは、必死に父さんを止めようとした。でも、父さんはオレを突き飛ばして、椅子を蹴った。だから、急いで、ロープを切ろうと思って、包丁を持ってきて——苦しむ父さんをなんとか持ち上げて、抑えつけて——ロープはなんとか切れたし、間に合ったんやけど——」
ラオはひどく悲しそうな表情を浮かべた。
「父さんは——オレを殺そうとした」
雨花は身体が凍りついた。
「そんな……」
「無理心中ってやつやな……」
力なく笑うと、ラオは続けた。
「父さんは、ちぎれたロープで首を締めてきた——だから、だから——オレは、近くにあった包丁で——父さんを——」
最後まで言い切らず、ラオは大鎌を強く強く握りしめた。
「それなのに、結局、オレが——オレ自身が、その後すぐに首を吊って死んだ——なにやってんだろな」
雨花は身動き一つ出来ずにいたが、ようやく震える声で静かに問いかけた。
「……それが、罪に、なるの?」
「はは……見ての通り」
ラオは苦笑すると、大鎌を前に突き出した。
「…………ごめんっ」
雨花はうつむくと、スカートをぎゅっと握りしめた。
「は……?」
「ごめん、私が詮索しなかったら、こんな話しなくて済んだのに——本当に、ごめん」
雨花はぽろぽろと涙をこぼした。
「ええ? いや、いいって! オレだって誰かに聞いて欲しかったし、なんか話してちょっとスッキリしたし」
ラオは慌てて机から下りると、雨花へ近寄った。
「でも……」
それだけじゃなかった。
こんな自分と同じ子供が、そんな辛い経験をしていることが——雨花は悲しくて悲しくて、やり切れなかった。
雨花は必死に涙を止めようとした。
「オレは、本当に話せてよかったって思っとるよ! うん!」
ラオは重苦しい空気を振り払うように、明るい声で言った。
彼の優しさが染みて、涙が中々止まらない。
「あはは、そんな暗くなんなって! オレ、お前のお陰で死神でも結構楽しくやってんだから——お前だけが、オレに気づいてくれたしな!」
ラオは雨花の背中をポンと叩く。
しかしそのとき、ゾワリと背筋が凍るような悪寒が走り、二人ははっと顔を上げた。
「なんか——」
「——すごい嫌な感じ、するな」
雨花の言葉を引き継いで、ラオは辺りを見回す。
急いで涙を拭うと、雨花も不安げに立ち上がった。
ゴロゴロと急に、不穏な雷が鳴り始める。
「こりゃあ、やばいな。なんで気づかんかったんやろ」
ラオは慌てて教室を飛び出した。
雨花も後へ続く。
今日で文化祭の準備も最後だ。
少し寂しいような気もする。
職員室を通り過ぎたときだった。
「わっ」
いきなり校舎内の電気が消えて、雨花は小さく声を上げた。
職員室からもザワザワと数人の声がする。
「きゃあああ!」
体育館の方からも、まだ残っていたバレーボール部の女子たちの悲鳴が聞こえた。
あちらも停電したようだ。
雨花も怖くなってその場で固まった。
「根岸!」
突然耳元でラオの声がして、雨花は小さく悲鳴を上げた。
「ひっ!」
「これは霊か妖怪の仕業だと思うんや」
「え?」
そのとき辺りがパッと明るさを取り戻した。
雨花の横に、死神姿のラオが立っていた。
「よし、行くぞ!」
二階の廊下へやって来た。
辺りは不気味なほど静まり返っている。
二人は一年生の教室の前で立ち止まった。
中からすすり泣きのような声がする。
「多分、ここやな」
ラオは警戒しながら、そっとドアを開いた。
「うわっ! なにあれ?」
雨花は思わず驚きの声を上げた。
教室の隅で、身体中に目がある巨大な化け物が不気味に蠢きながら、泣いていたのだ。
身体中の目から涙を流して……。
「うぅ……うぅっ……」
その声は、あまりにも悲しげだった。
「よっぽどのことがあったんやろな……」
ラオは少し気が引ける様子で、目の化け物を静かに鎌で成仏させてやった。
「でも、さっきの停電はこいつの仕業だったんかな? なんか、もっとこう——違うような——まあ、いいや」
ラオは近くにあった机の上に、ひょいと座った。
雨花はそれを不思議に思う。
「まあ、お前も座れ」
「えっ、うん」
近くの片付けられていなかった椅子に、雨花も腰を下ろす。
「約束してたこと、話すわ」
「え……いいの?」
遠慮がちにこちらの表情を窺う彼女に、ラオは笑ってうなずいた。
そして、一瞬沈黙すると、静かに口を開いた。
「……オレはな、四人家族で兄がおった。そんで何年も前、オレがまだ生きとった頃、この鼓中に通っとったんよ。そんで、あのことがあるまでは——普通に幸せな家族で仲良くて、普通に友達もおって、金持ちでも貧乏でもなく普通に幸せに生活しとった」
「あのこと……?」
「うん……それは兄ちゃんが交通事故で死んでしまったことから、始まったんや」
「…………」
雨花は言葉が見つからず、黙ったまま話に耳を傾けた。
「——兄ちゃんが死んで、母さんはどんどん精神を病んでいった——そんで、ろくに物が食べれなくなって、元々身体が弱いのに、そんなんだから——病気になって死んだ。……そうなると、今度は父さんがおかしくなっていった。仕事もやめて、家に閉じこもって——オレが話しかけても、上の空で——」
ラオはそこで一旦口をつぐんだ。
沈黙した後、ラオは重重しく言葉を絞り出した。
「オレが帰ってきたら、父さんまで——部屋で首を吊ろうとしてた」
雨花は思わず息を呑んだ。
「オレは、必死に父さんを止めようとした。でも、父さんはオレを突き飛ばして、椅子を蹴った。だから、急いで、ロープを切ろうと思って、包丁を持ってきて——苦しむ父さんをなんとか持ち上げて、抑えつけて——ロープはなんとか切れたし、間に合ったんやけど——」
ラオはひどく悲しそうな表情を浮かべた。
「父さんは——オレを殺そうとした」
雨花は身体が凍りついた。
「そんな……」
「無理心中ってやつやな……」
力なく笑うと、ラオは続けた。
「父さんは、ちぎれたロープで首を締めてきた——だから、だから——オレは、近くにあった包丁で——父さんを——」
最後まで言い切らず、ラオは大鎌を強く強く握りしめた。
「それなのに、結局、オレが——オレ自身が、その後すぐに首を吊って死んだ——なにやってんだろな」
雨花は身動き一つ出来ずにいたが、ようやく震える声で静かに問いかけた。
「……それが、罪に、なるの?」
「はは……見ての通り」
ラオは苦笑すると、大鎌を前に突き出した。
「…………ごめんっ」
雨花はうつむくと、スカートをぎゅっと握りしめた。
「は……?」
「ごめん、私が詮索しなかったら、こんな話しなくて済んだのに——本当に、ごめん」
雨花はぽろぽろと涙をこぼした。
「ええ? いや、いいって! オレだって誰かに聞いて欲しかったし、なんか話してちょっとスッキリしたし」
ラオは慌てて机から下りると、雨花へ近寄った。
「でも……」
それだけじゃなかった。
こんな自分と同じ子供が、そんな辛い経験をしていることが——雨花は悲しくて悲しくて、やり切れなかった。
雨花は必死に涙を止めようとした。
「オレは、本当に話せてよかったって思っとるよ! うん!」
ラオは重苦しい空気を振り払うように、明るい声で言った。
彼の優しさが染みて、涙が中々止まらない。
「あはは、そんな暗くなんなって! オレ、お前のお陰で死神でも結構楽しくやってんだから——お前だけが、オレに気づいてくれたしな!」
ラオは雨花の背中をポンと叩く。
しかしそのとき、ゾワリと背筋が凍るような悪寒が走り、二人ははっと顔を上げた。
「なんか——」
「——すごい嫌な感じ、するな」
雨花の言葉を引き継いで、ラオは辺りを見回す。
急いで涙を拭うと、雨花も不安げに立ち上がった。
ゴロゴロと急に、不穏な雷が鳴り始める。
「こりゃあ、やばいな。なんで気づかんかったんやろ」
ラオは慌てて教室を飛び出した。
雨花も後へ続く。

