学校の死神

 翌日の昼休み。
 美奈は教室の隅に雨花を呼びつけた。
 
「どうしたの?」
 
 美奈は何故かもじもじしている。
 
「あのね、私……陽太と付き合うことになったんだ」
 
「えっ! 本当?」
 
「うん」
 
 美奈はとても幸せそうにうなずく。
 
「ど、どっちから告白したの?」
 
「もちろん、わ・た・し……!」
 
「へえ! よかったねえ」
 
 雨花は幸せそうな美奈を見て、顔をほころばせる。
 しかし、美奈はふと真剣な表情になった。
 
「雨花は本当に種沢のこと、好きなの?」
 
「いや……正直よくわかんなくて……」
 
 そう素直に答える雨花を、美奈は心配そうに覗き込む。
 
「やっぱ、種沢はどう考えても秋美と仲良いよ?」
 
「うん、わかってるよ」
 
 雨花は必死に作り笑いをして答えた。



 
 そして放課後……。
 雨花が教室の中から廊下を見ながら、そわそわとラオを待っていると、
 
「ばあ!」
 
 いきなり後ろから誰かが背中を押してきた。
 
「うわあああ!」
 
 雨花が悲鳴を上げて振り返ると、生徒会副会長の京華が笑いながら立っていた。
 
「あははは! やっぱり雨花脅かすのって面白ーい! こんなところでなにしてんの?」
 
「いや、あ、あの、忘れ物!」
 
「本当?」
 
 慌てふためく雨花を、京華は疑いの眼で見つめる。
 雨花は嘘をつくのが致命的に下手だった。
 じりじりと後退りをしながら、居たたまれなくなって教室を離れることにする。
 
「う、うん! バイバイ!」
 
「? バイバーイ!」
 
 文化祭の準備で、生徒会のメンバーは残っているのだ。
 
 雨花が溜息をつきながら階段を曲がると、ラオが階段の上に立っていた。
 
「ははは! 怪しまれたやろ?」
 
「いいよね、視えないから」
 
 雨花は少しムッとしてラオを見上げた。



 
 二人は校舎内を歩き回った末、再び三階に戻ってきていた。
 雨花はあの後も京華に出くわして、またもや怪しまれてしまった。
 
「はあ……もうやだな」
 
 雨花がそうぼやいたとき、三階の廊下の向こう側から、なにかが近づいて来る音がした。


 
 ペタ——ペタ——ペタ——ペタ——


 
「なに?」
 
 雨花は怖くなってラオの後ろに隠れた。
 音は上から聞こえる。
 
「なんやろな……なんか、妖怪っぽい気配が——!」
 
 二人が上の方に目を凝らしていると、前方の天井に、なにやらトカゲのような、黒い大きな影がへばりついているのが見えた。
 
「なんだ、ありゃ?」
 
 ラオが首を傾げてそうつぶやいた途端、その黒い影は突然スピードを上げてこちらへ向かってきた。
 
「うお! とりあえず、逃げろ!」
 
 二人は慌てて階段の方へ走る。
 はっきりと視えた化け物の姿は、トカゲではなく、濡れた長い髪を振り乱し、異様に長い舌を垂らした恐ろしい姿の女の霊だった。
 ものすごい勢いで、一気に二階へ階段を駆け下りると、ラオはその階の廊下へ転がり込んだ。
 雨花も後に続き、二人は息を潜める。


 
 ズル——ズル——


 
 化け物がゆっくりと下りてくる。
 
「うぅ……」
 
 何故か悲しげな声で呻いている。
 化け物が二階まで下りてくると、ラオは廊下から階段へ飛び出して、そいつを後ろから切りつけた。
 
「グガァ——!」
 
 悪霊はいつものように消えていった。
 
「元はこいつも人間だからなぁ……」
 
 ラオは気の毒そうにつぶやいた。
 
「そっか……」
 
 雨花は複雑な気持ちで視線を落とした。
 なにがあったら、こんな姿になってまで、彷徨うことになってしまうのだろう……。
 
「よし、次!」
 
 ラオは気をとり直して、再び階段を上がり始めた。
 
「え? まだいるの?」
 
「うん、三階の女子トイレにな」
 
 ラオはそう言ってニカッと笑った。
 
「え、それって——」



 
 コン、コン、コン——
 
 ラオは女子トイレをノックした。
 
「あれ? 花子さんって呼ばないの?」
 
「は? みんなやたら、トイレの霊は花子さんとか太郎くんとか言うけどな、考えてもみろや。みんなが同じ名前なわけないやろ!」
 
「ああ、それもそっか」
 
 雨花は少し恥ずかしく思った。
 ラオはさらに、隣のトイレのドアをノックした。

 コン、コン、コン——
 
 一瞬の静寂。
 
「なあに?」
 
 驚いたことに中から返事が返ってきたのだ。
 ギイィッと音を立てて、ゆっくりとドアが開く。
 中には、おかっぱ頭の小さな女の子が立っていた。
 
(見た目はベタなんだ……)
 
 雨花は霊の容姿に少し疑問を抱いた。
 
「お前、こんなところに引きこもってないで、早く成仏しろよ」
 
 ラオは率直に言う。
 女の子はうつむいた。
 
「嫌よ……嫌……独りは寂しいもん……」
 
 そして急に顔を上げて、ニタアッと不気味に笑うと、
 
「どうしてもって言うなら、あなたにも来てもらうワァ!」
 
 と凄まじい形相で雨花に襲いかかってきた。
 トイレの中から無数の赤い手が伸びてきて、雨花を包み込む。
 
「勝手なこと言うなよ! 独りで行け!」
 
 ラオはそう声を張り上げると、大鎌を振り下ろした。



 
「……私、もう独りでトイレ行けないかも」
 
 雨花は階段を下りるラオの後ろに続きながら、力なくつぶやいた。
 
「はは! そうか? あんなのまだ可愛いほうじゃん」
 
(そっか、ラオは今までも色んな怖いお化けを、たった独りで倒してきたんだよね)
 
 雨花は急にラオが頼もしく見えた。
 
「にしても、最近やたらと悪霊や妖怪が多いよなあ。あの鏡から出てくる霊の数も増えてきとるし……やっぱ、あの鏡、なんかあるよなあ……」
 
 ラオはそう言ってなにか考え込んだが、雨花は少し疲労感を覚えていたので、聞き流していた。
 
「そういえば、明日で文化祭の準備、最後だね」
 
 雨花は少し残念そうだ。
 
「あ、そっか」
 
「まあ、でも、これであんまり人目を気にしなくて済むようになるよね」
 
「……そうか、明日で最後……か」
 
 ラオはなにか、意味有り気にそうつぶやく。
 
「どうかした?」
 
 雨花が不思議に思ってラオに問いかけたが、彼はいつものように、お得意の笑顔でニカッと笑っただけだった。
 
「別に? なんも!」