学校の死神

 放課後、部活が終わった後、雨花は迷ったあげく二年B組の教室で窓辺に寄りかかり、ラオを待っていた。
 無意識に、いつも彼が寄りかかっている場所を選んでしまう。
 
(……どうしよう……キレたし、泣きかけたし、逃げたし……恥ずかしいよ……はは、もう、笑える)
 
 うじうじと考えている自分がおかしくなって、雨花は独り苦笑した。
 
(遅いなあ……もしかして、もう来ないのかも……)



 
 しばらくして、いつもなら思い切り開かれるドアが、静かにスウッと開かれた。
 死神姿のラオだった。
 雨花は思わず目を逸らす。
 
「あ、えっと——」
 
 謝ろうと口を開きかけた雨花より早く、ラオが勢いよく頭を下げた。
 
「さっきは、すみませんでした!」
 
「えっ……いや、私が勝手にキレただけだから! こっちこそ、ごめん……」
 
 雨花も慌てて謝る。
 しかし、それに被せるように、ラオは妙にはっきりとした声でこう言った。
 
「いや、ほんとすまんかった。お前の気持ちも考えずに、無神経なこと言ったと思う! うん!」
 
「いや、でも——」
 
「まあ、もう終わったことは水に流そう!」
 
 ラオの勢いに押され、雨花ももうそれ以上なにも言わないことにした。



 
 次の日、今日から美奈や陽太、生徒会のメンバーは文化祭の準備で遅くまで残るようだった。
 雨花は廊下でばったり出会ったラオに、声を潜めて聞いてみた。
 
「ねえ、今日からどうするの? 他の人たちに見られたら、怪しまれちゃうよ」
 
「ん? ああ、そっか。まあ、オレは他の奴には視えんけえ、怪しまれるのはお前だけやけど」
 
 そう言って、ラオは他人事のように笑う。
 
「ちょっと! それ、困るんだけど!」
 
 雨花はムッとしたが、ラオは軽く笑って受け流す。
 
「ま、ばれんようにすれば大丈夫やろ」
 
「うーん……わかったけど……」
 
 雨花が納得していない微妙な返事をしてトイレに向かうと、美奈がニヤニヤしながらトイレから出て来た。
 
「あーめちゃーん、なあに話してたのかなあ?」
 
「いや、大したことじゃないよ」
 
 雨花が苦笑いしてそう言うと、
 
「ふうーん、そう?」
 
 と美奈はニヤけたまま雨花をじっと見下ろすと、行ってしまった。
 
(なんなんだよ、気味悪いなあ……)


 

 そして、放課後。
 雨花はこそこそと誰にも見られないように、教室へ向かった。
 一階の廊下や体育館周辺にはたくさん人がいる。
 教室に行くと、珍しく先にラオが死神姿で待っていた。
 
「よし! 今日は外へ行くぞ」
 
「校庭?」
 
「そう、外にだって霊はおるからな。やっぱ、学校とか人が集まるところは霊とか集まりやすいけえ、今まではほったらかしにしとったんやけど、その分たくさんおるかもしれん」



 
 外に出ても辺りはもちろん薄暗い。
 誰もいなくなった校庭の隅を歩きながら、ラオはふと振り返って雨花の頭上を指差した。
 
「あ、もうお前、なんか憑いてきとる!」
 
「ええ! ちょっと、なんとかして?」
 
 雨花が慌てて頭上を見上げると、小さな火の玉がふよふよと浮いていた。
 
「あはは、その程度なら大丈夫やろ!」
 
 あたふたする雨花を他所に、ラオはただ笑い飛ばしただけだ。
 そうこうしているうちに、二人はバスケットコートの近くまで来ていた。



 
「ワン!」
 
 不意に雨花の頭上で鳴き声がした。
 
「え! 犬?」
 
 雨花は目を丸くして、再び火の玉を見つめた。
 
「おー、今日はなんかいっぱいいそうな気がするなあ」
 
 ラオが呑気にそうつぶやいたとき、
 
「うわあ!」
 
 雨花は突然なにかに足を掴まれ、前につんのめった。
 なんとか体制を整え足元を見ると、なんと、地面から二本の赤い手が出ていたのだ。


 
 ザワッ——と嫌な風が吹く。


 
「うわあああ! は、早くとってよおお!」
 
「落ち着けえ! 動くなよ!」
 
 言い終えると、ラオは鎌の先でそっとその手をつついた。
 ズルリと地面からその手の主が、ケタケタと笑いながら現れた。
 そいつは全身が真っ赤で赤ん坊のようであり、老人のようでもあった。
 
 ——と、突然そいつが雨花目掛けて飛びかかってきた。
 
「うわっ!」
 
「おっと!」
 
 ——ザクッ!
 
 ラオは慌てて大鎌で、その悪霊を切り裂いて片付けた。
 
「はは、取り憑かれるところだったな」
 
「はあ……」



 
 その後も校庭を歩くうちに、数体の無害な霊とすれ違った。
 この鼓中学校にこんなにも霊や妖怪が多いのは、やはりあの階段下の大鏡が関係しているのだろうか………。
 校庭を一周し終わろうとしていると、突然今までとは違う、嫌な寒気が走った。
 
「なに?」
 
 雨花は不安げに辺りを見回した。
 
「あ! ラオ、上、上!」
 
「えっ?」
 
 ガリッと嫌な音がした。
 
「痛……」
 
 ラオの手から血が滴った。
 
「大丈夫?」
 
 ラオが頭上を見上げると、そこには狐のような顔をした女の霊がいたのだ。
 白い着物を着て長い白髪の頭だ。
 
「ふふふ……美味そうな魂だね」
 
「今度は、妖怪か?」
 
 ラオは大鏡を握りしめて、妖怪を睨みつけた。
 
「あはははは!」
 
 それはいきなり笑いながら、青白い火を吹いてきた。
 
「うわ!」
 
 ラオは雨花の腕を引っ張って避けさせる。
 しかし、その瞬間女狐(めぎつね)の長い尾がさらに伸びて、ラオの腕に絡みついてきた。
 咄嗟に踏ん張るが、その尾で力強く引っ張られ、地面に転がってしまう。
 女狐はふと雨花を見ると、不気味な笑みを浮かべた。
 
「ふふふ——なんだ、お前の方が美味そうじゃない——!」
 
 化け物は不気味に笑いながら、雨花に迫ってくる。
 雨花が逃げようとすると、女狐が素早く目の前に立ち塞がった。
 
「根岸!」
 
 ラオが必死に叫ぶ。
 が、女狐が雨花に手を伸ばした瞬間——


 
 ——バチッ!


 
 雨花の前に、なにか見えない結界があるかのように、女狐は手を弾かれた。
 ラオはその瞬間を見逃さず、素早く大鎌で切りかかった。
 
「ぐわっ!」
 
 女狐は悲鳴を上げると、闇に溶けるように消えていった。
 
「危なかったな」
 
 ラオはほっと胸を撫で下ろした。
 
「ところで、さっきのなに?」
 
 ラオがのろのろと雨花の方へ近づきながら尋ねる。
 
「え? なんだったんだろ……あっ! もしかして、これ?」
 
 雨花は少し悩んだ末に、ポケットから御守りを取り出した。
 気休めに一応身につけておいたのだ。
 
「あ、多分それや! そこの神社はいいところなんやな……」
 
「念のため持っててよかったよ」
 
 雨花はお守りに感謝しながらポケットにしまった。
 
「それより、手、大丈夫?」
 
「ああ、これか。大丈夫や」
 
 ラオは、先ほど女狐に引っかかれた右手に目をやった。
 
「多分これくらいなら、人の姿になったときには治っとる。死神は魂やけえな。治りが生身の身体より早いんよ」
 
「へえ」
 
「ワン!」
 
「あっ!」
 
 憑いていた犬の霊の存在を忘れていた雨花は、驚いて頭上の火の玉を見上げた。
 ラオはふうっと息をつくと、
 
「仕方ないな……」
 
 と犬の霊を鎌で優しく成仏させた。