迷える透明な子羊。

翌朝教室に入ると、友達がすぐにこっちを見た。

「十愛」
「なに?」

「昨日ほんとに用事だったの?」
「……うん」

「ふーん」
その顔。

「何?」
「別に」
絶対別にじゃない。

私は席に座って、教科書を机の上に出した。
「ていうかさ」
友達が椅子を寄せてくる。

「昨日、陸上部の彼方くんと喋ってなかった?」
手が止まった。

「……見てた?」

「帰るとき、グラウンドにいたじゃん」
「いたけど」
「2人で?」

「ちょっとだけ」
「え、なにそれ」
友達の声が一段大きくなる。

「声大きいって」
「ごめんごめん」

そう言いながら全然悪びれていない。
「で?何話したの?」

「普通に話しただけ」
「普通にって?」

「SNSの話とか」
「SNS?」
「うん」

「彼方くんってSNSやってるんだ」
「やってるよ」

答えてから気づいた。
しまった。

「……なんで十愛が知ってんの?」
「昨日見たから」

「昨日?」
「……」

もう誤魔化せない。
「ちょっと見ただけ」

「えー!」
友達が笑う。

「十愛、意外とやるじゃん」
「違うって」

「はいはい」
「ほんとに違うから」

周りの何人かがこっちを見る。
私は慌てて声を落とした。

「……お願いだから、誰にも言わないで」

友達は一瞬きょとんとした。
「なんで?」

「う、いや……なんでも、ない」

「別に言わないけど」
「……ほんと?」

「うん」

それから少し考えて。
「でもさ」

「なに?」
「十愛は彼方くんのこと好きなの?」

「……違う」
反射的に答えていた。

「まだ何もないって……」

「まだ?」

「そういう意味じゃない!」

友達が笑うけど。
好きという言葉が頭から離れなかった。

昼休み。
1人廊下を歩いていた。

購買から戻る途中にスマホが震える。

通知を見る。
彼方からだった。

『今日の放課後ちょっと話せる?』
「……え」

思わず立ち止まる。
昨日まで、ほとんど話したこともなかったのに。
どうして。

考えているうちに、もう一件メッセージが届いた。
『昨日のこと、ちゃんと聞きたい』

昨日のこと……SNSの話だろうか。

私は少し迷ってから、『分かった』と返した。

放課後。
教室にはまだ何人か残っていた。

私は鞄を持って、なるべく早く教室を出る。
階段を下りる。
昇降口を抜ける。

グラウンドの横まで来ると、彼方が待っていた。
「来た」

「うん」
「ありがと」
「何の話?」

彼方は少し黙った。
「昨日、俺が言ったこと」

「SNSの?」
「そう」

彼方がスマホを取り出す。
画面を見せてきた。

そこには、知らないアカウントから届いたメッセージがいくつか並んでいた。

「最近、こういうの増えてて」
「……結構来てるね」

「うん」
「大丈夫なの?」

「今は」
彼方はスマホをしまった。

「ちょっと嫌なんだよね」
「そっか」
「だからさ」

彼方が私を見る。
「十愛には、あんまり俺のこと変に広めてほしくない」

「もちろん」
「ごめん。疑ってるわけじゃないんだけど」

「分かってる」

「ありがとう」
彼方が笑う。
その顔を見て、少しだけ安心した。

「じゃあ」
彼方がグラウンドへ向かう。

「またね」
「うん」
そのまま帰ろうとした。

でも。
「十愛」

「ん?」
「明日も来る?」

私は振り返った。
「……分かんない」

「そっか」
彼方は笑った。

「じゃあ、気が向いたら」
「うん」

私はそのまま歩き出した。
校門を出たところで、スマホが鳴る。
友達からだった。

『今日も彼方くんといた?』

私は画面を見つめた。
昨日誰にも言わないでって頼んだ。

なのにもう知っている。

『なんで?』
そう返す。

すぐに返信が来た。
『さっき見たから』

私は後ろを振り返る。
校門の向こう。
グラウンドでは、彼方が走っている。

その姿を見ながら、私はスマホを握りしめた。