迷える透明な子羊。

「……寝よ」
呟いて布団をかぶった。

でもなかなか眠れなかった。

次の日。
教室に入ると、いつものように友達が集まっていた。

「十愛、おはよー」
「おはよ」
「聞いてよ。昨日さー」

席に鞄を置く。
友達は昨日のカラオケの話を始めた。

「それでね、こいつが急に彼氏に電話し始めてさ」
「うわ、女子会来てんのに?」

「そう!しかもずっと喋ってんの」
「それはうざい」
「でしょ?」

みんなが笑う。
私も笑った。

いつもと同じ。
何も変わってない……はずだった。

「ねえ」
友達が私の机に手をついた。

「十愛ってさ、好きな人いないの?」
「え?」
突然すぎて、言葉に詰まった。

「なんで?」
「いや、なんか聞いたことないなって」

「いないよ」
「ほんとに?」
「うん」

「じゃあ、気になる人は?」
「……」
頭に浮かんだのは、昨日のことだった。

グラウンドで走っていた彼方。
……それから、廊下で話したこと。

「……いない」
少しだけ間が空いてしまった。

「今、絶対なんか考えたでしょ」
「考えてないって」
「怪しいー」

「ほんとだって」
笑いながら否定する。

でも自分でも分かっていた。
さっき、彼方のことを思い浮かべた。

先生が教室から出ていくと、みんな一斉にスマホを触り始めた。

「ねえ、これ見て」
「なに?」
「昨日の投稿」

友達のスマホを覗き込む。
そこには、クラスの男子が写っていた。

「うわ、盛れてる」
「ね。実物よりいいじゃん」
「本人に言ったら怒られそう」

私は少し離れたところから、その画面を見ていた。
SNSってすごい。
写真1枚でその人の印象が変わる。

楽しそうに見えたり。
幸せそうに見えたり。
でもたまに嫌な人にも見えたりもする。
昨日まで普通だった人が、今日には別人みたいに見えることだってある。

「十愛?」
「ん?」
「ぼーっとしてる」

「ごめん」
私は笑ってごまかした。

そのときだった。
廊下から、男子の声が聞こえてきた。

「彼方じゃん」
反射的に顔を上げる。

教室の前を彼方が通っていった。
陸上部の友達らしい男子と話している。

一瞬だけ目が合った。
彼方が小さく手を上げる。
私は慌てて小さく手を振り返した。

「……」

「……」

隣を見る。
友達がこっちを見ていた。
「何?」

「いや」
ニヤッと笑われた。

「なんでもない」
「その顔やめて」

「別に?」
絶対何か思われてる。

私は机に顔を伏せた。
「……最悪」

昼休み。
私は1人で購買に向かっていた。
友達は委員会があるらしい。

パンを買って、教室へ戻ろうとしたとき。

「十愛」
後ろから呼ばれたから振り返る。

彼方だった。
「……彼方?」
「うん」

「どうしたの?」
「いや、ちょっと聞きたいことあって」

「なに?」
彼方は少し間を開けたあと、口を開いた。

「昨日さ」
「うん」

「俺のSNS、見た?」
心臓がドクン、と跳ねた。

「……え」
「いや、なんとなく」
彼方は笑っていた。

私は答えられなかった。
見た、しかも、何回も。
そんなこと言えるわけがない。

「……ちょっとだけ」
「やっぱり」

「ごめん」

「なんで謝るの?」
「いや……」

彼方は少し笑った。
「いいよ」

「……そう?」
「うん」
少しだけ沈黙した。
廊下を通る生徒の声が聞こえる。

「それよりさ」

彼方が言った。
「昨日、なんでグラウンド見てたの?」

「……」

その質問か。
私はパンの袋を握った。

「暇だったから」
「嘘」

「……なんで分かるの」
「さぁ」

そう言って、彼方は笑った。

「じゃあ、また放課後」
「え?」

「見に来るんでしょ?」
「……分かんない」

「そっか」
彼方はそう言って歩いていった。

私はその背中を見送った。
そして気づけば放課後の予定を考えていた。