迷える透明な子羊。

彼方は、ゆっくりと顔を上げた。
寂しそうな目をしていた。

「……遅」
ぽつりと言った。
拗ねている。
彼方は、私が来るのをずっと待っていたんだ。

「……ごめん」
私は、頭を下げた。

自分のつま先が見える。
砂まみれでみっともない。

「ごめん彼方。私ほんとに最低なことした。怖くなって嘘のメッセージ送った」
涙がまたボトボトと砂の上に落ちていく。
一度出たらもう止まらなかった。

中学のときのトラウマも全部泣きながら彼にぶつけた。
彼方は黙って聞いた。

私が裏垢の本当の言葉を読んだと言ったとき、彼は気まずそうに天を仰いだ。

「……全部読んだん?」
「読んだ。十愛って名前書いてくれてた」

私は顔を上げた。
ボヤける視界のなかで彼方を見つめる。

「嬉しかった」
私は激しく息を吐いた。

彼方は、ゆっくりと立ち上がった。
私の前に立つ。

少し見上げる。

彼方はため息をついた。
それから、ニヤッと笑った。

「十愛って、意外と強引なんだな」
「……強引じゃないしっ」

「強引だよ。わざわざ夜中に学校に忍び込んでさ。ほんまバカすぎる。な……手のひら、血が出てる」

彼方が私の手を取った。
傷を指でなぞる。

「本当に死ぬかと思ったんだ~、俺」
彼方は私の手を握ったまま言った。

「落書きされたり無視されたりして。それはまあ、ぶっちゃけどうでもよかったんだけどさ」
彼方が私の顔をじっと見つめる。

「十愛からあのメッセージが来たとき、心臓が止まるかと思った。十愛にだけは、嫌われたくなかったから」
「彼方……」

「だからさ」
彼方が、私の手におでこを押し当ててきた。

「もう俺の手を離さないで」

心臓が破裂しそう。
そんなことより、今私の目の前にいるこの男子が愛おしくてたまらない。

涙がまた溢れて、視界がぐちゃぐちゃになった。

格好悪い声が出る。
「……ねえ」

私は、握られている彼の手に、ぎゅっと力を込めた。

「なに」
彼方が、おでこを離して私の顔を覗き込む。

「私……彼方のこと好き……」
言った。
ついに言った。

「……大好き」

彼方の目が丸くなった。
あの彼が耳まで真っ赤にして固まっている。

胸が苦しくてたまらない。
「……あのさ」

私は彼のシャツを、指先で掴んだ。

泣きすぎてうまく息ができない。

「ちょっとさ……ハグしてい……?」

彼は笑った。

「いいよ……」
彼方が両腕を広げてくれた瞬間、私は彼の胸に飛び込んだ。
思いっきり抱きついた。

彼の胸に顔をうずめて、子供みたいに声をあげて泣いた。
彼の服から汗と洗剤のいい匂いがした。

背中に回された彼の腕が私を包み込んでくれる。

「裏切ってごめん……」
「うん」

「ほんとに大好き……!」
「知ってる」

彼方は私の背中を優しく叩いてくれた。

「明日一緒に学校行こ」
私は鼻声を出しながら言った。

「うん、一緒に行こ。2人でな」