担任の声に微睡んでいるうちに、ホームルームが終わった。
海渡くんと冬馬くんが、また女子たちに囲いこまれているのが、両腕を枕にして伏せている俺の耳から伝わってくる。
もういいや、このまま寝ていよう。
そう思って完全に脱力していると、両肩を強い力で引かれて、強制的に体を起こされる。
「ふぁ……?」
ぼんやりしている俺の目の前に、海渡くんの顔が滑り込んでくる。
思考が停止している俺は、いや〜イケメンっすね〜、なんて当たり前の感想しか浮かばない。
「優里も行くぞ」
「え……?なんで……?」
よく回らない口で言ってる間に腕を持ち上げられて、無理やり立たされた俺は、その勢いで海渡くんの胸にトンとぶつかってしまった。
あ、いいにおい。
どことなく安心するような感じがして、ゆっくり瞬きをする。
と、今度は肩を押されて、頭が不安定に揺れた。
「起きろって!」
ちょっと強めの声に、ブルッと頭を震わせる。
少しすっきりしてきた。
「……なに?俺に用あるの?」
「ある。長澤が油断ならないから」
「ん?」
周りを見ると、不思議そうに見ている女子たちの顔が映る。
ぜんっぜんお呼びじゃない感じだけど?
「ほらほら、海渡が用があるんだってさ〜」
冬馬くんがするりと右腕に絡んできた。
とっさに振りほどこうとするけど、がっちりホールドされてビクともしない。
冬馬くんのこの力強さは一体どこから来るのか。
おそるおそる海渡くんの様子を伺うけど、いつもの険しい顔じゃなくて、どこかホッとしたように眉が上がっていた。
連れてこられたのは隣のクラスで、三人の女子たちが机をくっつけて、いろんなお菓子を広げている。
おお、これが学園ドラマでも見たことあるお菓子パーティーってやつか。
「あれ?南くん?ずいぶんめずらしいお客さんだね」
そう言ったのは、丸橋さちさん。
一年のとき同じクラスだったから覚えている。
飾らない気さくな人で、席が近くなったときはよく話しかけてくれたっけ。
あとの二人は顔を見たことがあるというくらい。
俺たち三人と、クラスの女子を合わせて、総勢九人の大所帯だ。
他にも、窓際に立ってスマホゲームをしているらしい三人組のうちの二人もうちのクラスの男子だった。
みんな、放課後いなくなるの早いなぁと思ってたら、他のクラスに遊びに行ったりしてたんだ。
部活ガチ勢ばっかりなのかと思ってた。
「海渡が連れてきたんだよ。やっとだけどね」
冬馬くんが言うと、丸橋さんは近くの椅子を引っ張ってきて、俺にも座るよう勧めてくれた。
海渡くん、俺、冬馬くん、丸橋さんの並びだ。
俺の予定外の参加によって狭くなってしまったんだろう。
海渡くんの肩と腕がぴったりと俺にくっついて、左側だけ温かい。
丸橋さんが冬馬くんに耳打ちするように顔を近づけた。
「海渡のやつ、どういう風の吹き回し?」
「近くに置いておきたいんでしょ」
「ずっと嫌がってたのに」
「教室が安全じゃないことに気づいたらしいよ」
まさか海渡くん、俺を呪物がなんかだと思ってるんだろうか。
ボソボソと呟くような二人の会話は、はっきりとは聞こえないけど、やっぱり俺はお呼びじゃないらしい。
……それよりも、冬馬くんと丸橋さん、さっきから近すぎないか?
なんだか親密な雰囲気だけど。
心臓がドキドキして思わず左側を見るけど、海渡くんは気づいていないらしく、膝の上でスマホをいじっていた。
こんなときなのに、りんごの皮を細く長く剥く動画なんか見てる……。
「海渡くん、それ面白いの?」
「ん、まあまあ」
俺に見えるように持ち上げて、画面をスクロールする。
今度はかくれんぼをするゲームの解説らしかった。
俺は普段あんまりこういうの見ないけど、けっこう面白い。
「すごいね」
「そうだな。優里、口開けて」
海渡くんが、いつの間にか持っていたチョコレートを俺の口に放り込む。
コロコロと舌の上で転がすと、溶け出したチョコの甘みが広がった。
海渡くんの親指が画面を滑っていく。
つい夢中になって、短い動画を次々と見ていく。
三つ目のチョコが放り込まれたとき、ハッと気づいて顔を上げた。
「ちょっ!なにやってんの?海渡くん」
「……餌付け?」
「餌付けって、猫じゃないんだから」
「そんなようなもんだろ」
シマリスの次は猫かよ。
中毒性のある動画を見させられて、自動的に口にお菓子が投げ込まれて……。
これじゃ猫どころか、ダメ人間製造機だ。
「もうやめろよ。俺はまだ普通の人間でいたい」
「バレたか」
やっぱり嫌がらせかよ。
正面に座る女子と目が合ったと思ったら、一瞬でそらされた。
あまりの恥ずかしさに、顔が一気に熱くなる。
海渡くんの舌打ちが聞こえて右側を見ると、冬馬くんは丸橋さんとグミの食べ比べをしていて、全く気づいていないようだ。
もしかして海渡くん、二人の様子に嫉妬して、冬馬くんの気を引きたかったのかもしれない。
冬馬くんって、誰に対しても距離感バグってるところがあるから。
なんだか不憫になってくる。
いや、俺がいるせいか。
俺がドラマのディレクターになったら、間に邪魔なモブを挟むのは禁止しよう。
「海渡くん、元気出せ。あ、マシュマロ食べる?」
「食べる」
縦に開いた口にマシュマロを放り込むと、海渡くんの目が細くなって、無駄に色気を出してきた。
残念ながら冬馬くんは見てないよ。
俺に色気振りまいても意味ないし、ちょっとドキッとするから止めてほしいです、マジで。
当て馬にはなりたくないんで。
……でも、人に食べさせるのってけっこう面白いかもしれない。
形のいい口がもぐもぐと動くのを見るのは、さっきの動画よりも中毒性がありそうだ。
もう一つマシュマロを放り込むと、海渡くんの顔がちょっとだけ歪んだ。
「わっ、珍しい!春山くんが甘いのって。……ねぇねぇ、南くん、だっけ?」
海渡くんの隣の子が、ひょっこりと顔を覗かせた。
肩までの黒髪をさらりと耳にかける仕草がなんとも上品で、すごくきれいな人だ。
「はい、南です」
「あはは!なんで敬語?」
「えっと……」
「春山くんと仲良いんだねぇ」
「いや〜、俺は二人の金魚のふんみたいなもんだから」
「あははは!金魚のふんって」
見た目だけだとツンと澄ましていそうな美人だけど、実際はよく笑う人らしい。
ギャップのあるヒロインって感じでいいなぁ。
ヒーローもイケメンで優しくて、彼女のこと、可愛くて仕方ないって顔で見つめるんだろう。
あ、ちょっと海渡くんっぽいかも……。
って、ダメダメ!
海渡くんには冬馬くんがいるんだから。
おこがましい妄想にふるふると首を振っていると、海渡くんが体制を変えて、身を乗り出した。
「若菜ぁ、俺らって必要?もう帰っていい?」
なるほど、若菜さんというらしい。
「だめだよ。お菓子食べた分はいてもらわないと」
「うわ〜、騙されたんだけど」
「相談したいことがあるのは本当だから」
「だべってるだけじゃん」
「まあまあ。そういえばこの前、うちの犬がね―――」
これ、絶対相談じゃないだろー。
そのあとは冬馬くんにおすすめのグミをもらって、海渡くんにも分けようとしたけど、若菜さんの方を向いていたからあげられなかった。
✳✳✳
ほどなくしてお菓子パーティーはお開きになり、教室に戻ってきた俺は大きなあくびをした。
「ふふ、優里くん、眠い?海渡に起こされちゃったもんね」
「優里は寝すぎなんだよ。さっきも俺の隣でずっとウトウトしてただろ」
もう一つあくびをして涙の滲む目をこすっていると、なにが気に入らないのか、海渡くんにその手を払われてしまった。
「俺、人の話し声に弱いみたい。それに、海渡くんの体温、気持ちよくて」
リュックを背負って教室のドアに向かう。
返事がないから振り返ると、冬馬くんが海渡くんの脇腹をひじでつついて、海渡くんの顔が真っ赤に染まっていた。
あのさ、いちゃいちゃは二人きりのときにしてくれない?
「おーい、帰るよ」
「はいはーい」
冬馬くんがやけに嬉しそうに駆け寄ってきて、俺の右腕をとる。
俺と冬馬くんの友情が壊れなくて本当によかった。
海渡くんと冬馬くんもどうやら大丈夫そう。
今夜は幸せな気持ちで眠れるだろうな。
海渡くんと冬馬くんが、また女子たちに囲いこまれているのが、両腕を枕にして伏せている俺の耳から伝わってくる。
もういいや、このまま寝ていよう。
そう思って完全に脱力していると、両肩を強い力で引かれて、強制的に体を起こされる。
「ふぁ……?」
ぼんやりしている俺の目の前に、海渡くんの顔が滑り込んでくる。
思考が停止している俺は、いや〜イケメンっすね〜、なんて当たり前の感想しか浮かばない。
「優里も行くぞ」
「え……?なんで……?」
よく回らない口で言ってる間に腕を持ち上げられて、無理やり立たされた俺は、その勢いで海渡くんの胸にトンとぶつかってしまった。
あ、いいにおい。
どことなく安心するような感じがして、ゆっくり瞬きをする。
と、今度は肩を押されて、頭が不安定に揺れた。
「起きろって!」
ちょっと強めの声に、ブルッと頭を震わせる。
少しすっきりしてきた。
「……なに?俺に用あるの?」
「ある。長澤が油断ならないから」
「ん?」
周りを見ると、不思議そうに見ている女子たちの顔が映る。
ぜんっぜんお呼びじゃない感じだけど?
「ほらほら、海渡が用があるんだってさ〜」
冬馬くんがするりと右腕に絡んできた。
とっさに振りほどこうとするけど、がっちりホールドされてビクともしない。
冬馬くんのこの力強さは一体どこから来るのか。
おそるおそる海渡くんの様子を伺うけど、いつもの険しい顔じゃなくて、どこかホッとしたように眉が上がっていた。
連れてこられたのは隣のクラスで、三人の女子たちが机をくっつけて、いろんなお菓子を広げている。
おお、これが学園ドラマでも見たことあるお菓子パーティーってやつか。
「あれ?南くん?ずいぶんめずらしいお客さんだね」
そう言ったのは、丸橋さちさん。
一年のとき同じクラスだったから覚えている。
飾らない気さくな人で、席が近くなったときはよく話しかけてくれたっけ。
あとの二人は顔を見たことがあるというくらい。
俺たち三人と、クラスの女子を合わせて、総勢九人の大所帯だ。
他にも、窓際に立ってスマホゲームをしているらしい三人組のうちの二人もうちのクラスの男子だった。
みんな、放課後いなくなるの早いなぁと思ってたら、他のクラスに遊びに行ったりしてたんだ。
部活ガチ勢ばっかりなのかと思ってた。
「海渡が連れてきたんだよ。やっとだけどね」
冬馬くんが言うと、丸橋さんは近くの椅子を引っ張ってきて、俺にも座るよう勧めてくれた。
海渡くん、俺、冬馬くん、丸橋さんの並びだ。
俺の予定外の参加によって狭くなってしまったんだろう。
海渡くんの肩と腕がぴったりと俺にくっついて、左側だけ温かい。
丸橋さんが冬馬くんに耳打ちするように顔を近づけた。
「海渡のやつ、どういう風の吹き回し?」
「近くに置いておきたいんでしょ」
「ずっと嫌がってたのに」
「教室が安全じゃないことに気づいたらしいよ」
まさか海渡くん、俺を呪物がなんかだと思ってるんだろうか。
ボソボソと呟くような二人の会話は、はっきりとは聞こえないけど、やっぱり俺はお呼びじゃないらしい。
……それよりも、冬馬くんと丸橋さん、さっきから近すぎないか?
なんだか親密な雰囲気だけど。
心臓がドキドキして思わず左側を見るけど、海渡くんは気づいていないらしく、膝の上でスマホをいじっていた。
こんなときなのに、りんごの皮を細く長く剥く動画なんか見てる……。
「海渡くん、それ面白いの?」
「ん、まあまあ」
俺に見えるように持ち上げて、画面をスクロールする。
今度はかくれんぼをするゲームの解説らしかった。
俺は普段あんまりこういうの見ないけど、けっこう面白い。
「すごいね」
「そうだな。優里、口開けて」
海渡くんが、いつの間にか持っていたチョコレートを俺の口に放り込む。
コロコロと舌の上で転がすと、溶け出したチョコの甘みが広がった。
海渡くんの親指が画面を滑っていく。
つい夢中になって、短い動画を次々と見ていく。
三つ目のチョコが放り込まれたとき、ハッと気づいて顔を上げた。
「ちょっ!なにやってんの?海渡くん」
「……餌付け?」
「餌付けって、猫じゃないんだから」
「そんなようなもんだろ」
シマリスの次は猫かよ。
中毒性のある動画を見させられて、自動的に口にお菓子が投げ込まれて……。
これじゃ猫どころか、ダメ人間製造機だ。
「もうやめろよ。俺はまだ普通の人間でいたい」
「バレたか」
やっぱり嫌がらせかよ。
正面に座る女子と目が合ったと思ったら、一瞬でそらされた。
あまりの恥ずかしさに、顔が一気に熱くなる。
海渡くんの舌打ちが聞こえて右側を見ると、冬馬くんは丸橋さんとグミの食べ比べをしていて、全く気づいていないようだ。
もしかして海渡くん、二人の様子に嫉妬して、冬馬くんの気を引きたかったのかもしれない。
冬馬くんって、誰に対しても距離感バグってるところがあるから。
なんだか不憫になってくる。
いや、俺がいるせいか。
俺がドラマのディレクターになったら、間に邪魔なモブを挟むのは禁止しよう。
「海渡くん、元気出せ。あ、マシュマロ食べる?」
「食べる」
縦に開いた口にマシュマロを放り込むと、海渡くんの目が細くなって、無駄に色気を出してきた。
残念ながら冬馬くんは見てないよ。
俺に色気振りまいても意味ないし、ちょっとドキッとするから止めてほしいです、マジで。
当て馬にはなりたくないんで。
……でも、人に食べさせるのってけっこう面白いかもしれない。
形のいい口がもぐもぐと動くのを見るのは、さっきの動画よりも中毒性がありそうだ。
もう一つマシュマロを放り込むと、海渡くんの顔がちょっとだけ歪んだ。
「わっ、珍しい!春山くんが甘いのって。……ねぇねぇ、南くん、だっけ?」
海渡くんの隣の子が、ひょっこりと顔を覗かせた。
肩までの黒髪をさらりと耳にかける仕草がなんとも上品で、すごくきれいな人だ。
「はい、南です」
「あはは!なんで敬語?」
「えっと……」
「春山くんと仲良いんだねぇ」
「いや〜、俺は二人の金魚のふんみたいなもんだから」
「あははは!金魚のふんって」
見た目だけだとツンと澄ましていそうな美人だけど、実際はよく笑う人らしい。
ギャップのあるヒロインって感じでいいなぁ。
ヒーローもイケメンで優しくて、彼女のこと、可愛くて仕方ないって顔で見つめるんだろう。
あ、ちょっと海渡くんっぽいかも……。
って、ダメダメ!
海渡くんには冬馬くんがいるんだから。
おこがましい妄想にふるふると首を振っていると、海渡くんが体制を変えて、身を乗り出した。
「若菜ぁ、俺らって必要?もう帰っていい?」
なるほど、若菜さんというらしい。
「だめだよ。お菓子食べた分はいてもらわないと」
「うわ〜、騙されたんだけど」
「相談したいことがあるのは本当だから」
「だべってるだけじゃん」
「まあまあ。そういえばこの前、うちの犬がね―――」
これ、絶対相談じゃないだろー。
そのあとは冬馬くんにおすすめのグミをもらって、海渡くんにも分けようとしたけど、若菜さんの方を向いていたからあげられなかった。
✳✳✳
ほどなくしてお菓子パーティーはお開きになり、教室に戻ってきた俺は大きなあくびをした。
「ふふ、優里くん、眠い?海渡に起こされちゃったもんね」
「優里は寝すぎなんだよ。さっきも俺の隣でずっとウトウトしてただろ」
もう一つあくびをして涙の滲む目をこすっていると、なにが気に入らないのか、海渡くんにその手を払われてしまった。
「俺、人の話し声に弱いみたい。それに、海渡くんの体温、気持ちよくて」
リュックを背負って教室のドアに向かう。
返事がないから振り返ると、冬馬くんが海渡くんの脇腹をひじでつついて、海渡くんの顔が真っ赤に染まっていた。
あのさ、いちゃいちゃは二人きりのときにしてくれない?
「おーい、帰るよ」
「はいはーい」
冬馬くんがやけに嬉しそうに駆け寄ってきて、俺の右腕をとる。
俺と冬馬くんの友情が壊れなくて本当によかった。
海渡くんと冬馬くんもどうやら大丈夫そう。
今夜は幸せな気持ちで眠れるだろうな。



