海渡くんから借りた折りたたみ傘を握りしめて、改札口を通り抜ける。
昨日の夜は、カップルコンテストのことについてよく考えようとベッドに寝転がったら、気づいたときには朝だった。
昔からよく寝る子だと言われたし、冬馬くんにも同じように言われたけど、昨日のは完全にキャパオーバーのせいだ。
脳が考えることをシャットアウトしている。
結局、冬馬くんへのうまい説明の仕方なんて思いつかないまま、焦りだけが募る。
「優里。……優里!」
駅を出て、晴れ渡った空の下で重いため息をついたときだった。
ふいに自分の名前を呼ばれた気がして、立ち止まって振り返ると、海渡くんが走り寄ってきた。
……って、その顔はなに?!
「はよ、優里」
「か、海渡くん、おはよう」
この空にお似合いの、爽やかな海渡くんの笑顔に、当然ながら冬馬くんの姿を探す。
だって、いつも俺に向けられるのは、ちょっと意地悪そうだったり、呆れたように引きつった、笑顔とも呼べないようなものしかないから。
その顔を向けられるのはいつだって冬馬くんで、俺はそれを斜め横から眺めているだけだ。
それに、心なしか声も明るい気がする。
自分の後ろ、サイド、海渡くんの周りに視線を走らせるけど、いるはずの冬馬くんがいない。
「なにキョロキョロしてんの?」
「冬馬くんは?」
「さぁ?」
さぁ?って……。
溺愛彼氏らしからぬ発言に、ぽかんと口を開けた。
「一緒じゃないの?」
「一緒なわけねーじゃん」
「ん?……じゃあ海渡くん、なんで笑顔なの?」
「うそ!俺、笑ってた?」
「うん、普通に」
まさか、無意識だったのか?
よっぽどいいことがあったんだろうか。
それとも、冬馬くんのことでも考えながら歩いてたのか。
海渡くんは右手で口元を覆い、視線を泳がせている。
耳まで赤くなっているのが、ちゃんと高校生って感じで、なんだか可愛らしかった。
いつもそうやってればいいのに、なんて、嫌われてる俺が思うことじゃないけど。
「その傘」
「あ、うん。おかげで濡れなかったよ。ありがとう、海渡くん」
「彼氏だからな」
長澤といい、海渡くんといい、カップルコンテストに出ると彼氏ムーブかます呪いにでもかかるのか?!
昨日も散々聞いたセリフに、はははと苦笑いして、傘を海渡くんに手渡す。
お願いだから冬馬くんの前でそんな冗談言わないでよ。
まだ俺の心には鉛が詰まっているみたいだった。
「ほら、行くぞ」
「あ、うん」
今度はぶっきらぼうに言って歩き出した海渡くんの背中を追いかける。
さっきの笑顔はとっくに消えていて、言わなきゃよかったなんて後悔しても遅い。
もう俺に向けられることはないだろうな。
そもそも、さっきのだって事故みたいなものだ。
頭の中で、海渡くんの貴重な正面からの笑顔を反芻しながら、駅のロータリーを抜けて大通りに出た。
少し立ち止まった海渡くんの隣に、なんとなくいつもと同じように並ぶ。
また肩をぶつけるれるのだろうか、と思っていたら、さっと場所が入れ替わって、海渡くんが右側になった。
いつもの帰り道では右側に冬馬くん、左側に海渡くんだから、なんだかしっくりこない。
そして、やっぱり肩はぶつけてくるんだ。
横目で見上げた海渡くんの向こう側を、なかなかのスピードで自転車が走り抜けていった。
教室に二人で入ると、教卓の前にいた長澤が、朝っぱらから目をギラつかせてきた。
「おはよう、春山に南!」
言いながらぐんぐん近づいてくる。
リュックのひもをギュッと掴み、とっさに身構えた俺と、そのままスタスタ歩いていく海渡くん。
「なーがーさーわー、お前、朝から暑苦しいなぁ」
海渡くんは長澤のぽこんとした肩に腕を回して、そのまま教卓の方に押し戻していった。
二人ってそんなにフランクな感じだったっけ?
でも、とにかく助かった……。
「おはよう、長澤」
とりあえず挨拶はして、素早く横を通り抜けながら、自分の席に向かう。
海渡くんはチラッと俺を一瞥しただけだった。
冬馬くんはまだ来ていない。
「海渡、今日早いじゃん」
「だから雨が降ったんだな」
「なんで委員長とくっついてんの?」
海渡くんはまだ長澤と肩を組んでいて、集まってきたクラスメイトたちに囲まれながら、笑っている横顔が見えている。
海渡くんの周りにはすぐ人が集まるなぁ。
愛想がいい方じゃないけど、人気なのはきっと顔だけじゃない。
俺に対しては氷河期みたいな態度だけど、ファーストコンタクトは優しかったっていう安心と信頼の実績がありますから。
なんて、そんなことを考えながら横顔を見つめていると、なんだか悲しくなってきた。
「あ、優里くん、おっはよー!」
いつもはホッとする明るい声に、今日ばかりはシャキッと背筋が伸びる。
「と、冬馬くん、おはよう」
「え、なになに?元気ない?昨日の雨に降られちゃった?海渡のやつ、ちゃんと送ってくれなかったの?」
「違うよ。海渡くんは……あの、ちゃんと送ってくれたし、傘も貸してくれたよ」
答えながら、こんなこと冬馬くんに言っていいんだろうかと軽くパニックになる。
でも、今の言い方だと、きっと冬馬くんが俺のことを海渡くんに頼んでくれたんだろうな。
じゃなきゃ待ってるはずない。
嫌々ながらお願いを聞く海渡くんって、冬馬くんのこと好きすぎじゃないか?
それに、帰りの心配をしてくれた冬馬くんは、俺のことをちゃんと友達だと思ってくれてるみたいだ。
それなのに、友情を裏切るような告白を今からしないといけないなんて……。
俺のこと、嫌いになるだろうか。
嬉しさと、罪悪感とのせめぎ合いに、小さく息をついた。
「やっぱり元気ないじゃん。大丈夫?」
冬馬くんの手が伸びてきて、俺の額にピタッとくっつく。
その手の温かさと、気遣わしげに覗き込んでくる視線に、思わず目が潤んでしまった。
「え、優里くん――」
「冬馬!」
一段と低い声に、俺は体を縮こませた。
またやってしまった。
つい、冬馬くんの優しさに甘えてしまった。
眉を顰めた海渡くんは、集団から抜け出したと思ったら、あっという間に俺の机の横に立っている。
「ごめんってば、海渡」
「俺より先に触るな」
「あ!ごめんね、海渡くん」
俺を見下ろす海渡くんの眉尻が下がった。
『朝一番に触るのは俺だ』ということか。
さすがの執着攻めだけど、だったらやっぱり冬馬くんと一緒に登校すればいいのに、と思ってしまう。
今朝のあれは一体なんだったんだろう。
たまたま早く目が覚めたんだろうか。
ていうか、冬馬くんが俺の頭なでても止めないくせに、そういうことははっきり言えるんだな。
二人の間の、または海渡くんなりのルールがあるらしい。
きっと海渡くんなら、冬馬くんとわだかまりができても、絶対離したりしないだろう。
そう思うと、少しだけ勇気が出てきた。
それに、こういうのは先延ばしにすればするほど、言い出しにくくなるわけで……。
俺は大きく息を吸った。
「あのね、冬馬くん。けっっっっして変なつもりはないってことだけ、分かっててほしいんだけど」
「う、うん」
冬馬くんの喉が上下する。
「紆余曲折ありまして、ほんっっっっとうに致し方なくなんだけど」
「うん?」
「………実は、海渡くんと……カ、カップルコンテストに出ることになりました」
最後の方はだいぶ小声になってしまったけど、冬馬くんにはしっかり聞こえたらしく、もともと丸い目がさらに丸くなる。
たった三秒の沈黙が、永遠のように長く感じられた瞬間――
「優里くんと海渡で?いいじゃん!めっちゃ楽しみ!絶対見に行きたい」
満面の笑顔とはしゃぐような声に、肩の力が一気に抜けて、逆に目眩がしてきた。
どうやら冬馬くんの心の器は、大西洋よりも広かったらしい。
「冬馬くん、いいの?」
「なにが?ていうか、海渡やるじゃ〜ん」
「うるせぇ」
冬馬くんに脇腹をつつかれた海渡くんは、少し顔を赤くしている。
そうなんだよなぁ。
海渡くん、あんまり学校行事に興味なさそうな感じだったけど、やっぱり真面目なんだろう。
クラスの点数稼ぎのためにエントリーを決意するなんて、しかも嫌いなやつと。
本当に偉すぎるよ。
「冬馬くん、ありがとう。俺と海渡くんは全然なんにもないから、そこだけは心配しないでね」
「え?なにも心配なんてしてないよ」
がっくりとうなだれた海渡くんの様子を見るに、少しは冬馬くんに嫉妬されたかったらしい。
俺も冬馬くんのあっけらかんとした態度にはさすがにびっくりして、心の中だけで『がんばれ』と励ましておいた。
昨日の夜は、カップルコンテストのことについてよく考えようとベッドに寝転がったら、気づいたときには朝だった。
昔からよく寝る子だと言われたし、冬馬くんにも同じように言われたけど、昨日のは完全にキャパオーバーのせいだ。
脳が考えることをシャットアウトしている。
結局、冬馬くんへのうまい説明の仕方なんて思いつかないまま、焦りだけが募る。
「優里。……優里!」
駅を出て、晴れ渡った空の下で重いため息をついたときだった。
ふいに自分の名前を呼ばれた気がして、立ち止まって振り返ると、海渡くんが走り寄ってきた。
……って、その顔はなに?!
「はよ、優里」
「か、海渡くん、おはよう」
この空にお似合いの、爽やかな海渡くんの笑顔に、当然ながら冬馬くんの姿を探す。
だって、いつも俺に向けられるのは、ちょっと意地悪そうだったり、呆れたように引きつった、笑顔とも呼べないようなものしかないから。
その顔を向けられるのはいつだって冬馬くんで、俺はそれを斜め横から眺めているだけだ。
それに、心なしか声も明るい気がする。
自分の後ろ、サイド、海渡くんの周りに視線を走らせるけど、いるはずの冬馬くんがいない。
「なにキョロキョロしてんの?」
「冬馬くんは?」
「さぁ?」
さぁ?って……。
溺愛彼氏らしからぬ発言に、ぽかんと口を開けた。
「一緒じゃないの?」
「一緒なわけねーじゃん」
「ん?……じゃあ海渡くん、なんで笑顔なの?」
「うそ!俺、笑ってた?」
「うん、普通に」
まさか、無意識だったのか?
よっぽどいいことがあったんだろうか。
それとも、冬馬くんのことでも考えながら歩いてたのか。
海渡くんは右手で口元を覆い、視線を泳がせている。
耳まで赤くなっているのが、ちゃんと高校生って感じで、なんだか可愛らしかった。
いつもそうやってればいいのに、なんて、嫌われてる俺が思うことじゃないけど。
「その傘」
「あ、うん。おかげで濡れなかったよ。ありがとう、海渡くん」
「彼氏だからな」
長澤といい、海渡くんといい、カップルコンテストに出ると彼氏ムーブかます呪いにでもかかるのか?!
昨日も散々聞いたセリフに、はははと苦笑いして、傘を海渡くんに手渡す。
お願いだから冬馬くんの前でそんな冗談言わないでよ。
まだ俺の心には鉛が詰まっているみたいだった。
「ほら、行くぞ」
「あ、うん」
今度はぶっきらぼうに言って歩き出した海渡くんの背中を追いかける。
さっきの笑顔はとっくに消えていて、言わなきゃよかったなんて後悔しても遅い。
もう俺に向けられることはないだろうな。
そもそも、さっきのだって事故みたいなものだ。
頭の中で、海渡くんの貴重な正面からの笑顔を反芻しながら、駅のロータリーを抜けて大通りに出た。
少し立ち止まった海渡くんの隣に、なんとなくいつもと同じように並ぶ。
また肩をぶつけるれるのだろうか、と思っていたら、さっと場所が入れ替わって、海渡くんが右側になった。
いつもの帰り道では右側に冬馬くん、左側に海渡くんだから、なんだかしっくりこない。
そして、やっぱり肩はぶつけてくるんだ。
横目で見上げた海渡くんの向こう側を、なかなかのスピードで自転車が走り抜けていった。
教室に二人で入ると、教卓の前にいた長澤が、朝っぱらから目をギラつかせてきた。
「おはよう、春山に南!」
言いながらぐんぐん近づいてくる。
リュックのひもをギュッと掴み、とっさに身構えた俺と、そのままスタスタ歩いていく海渡くん。
「なーがーさーわー、お前、朝から暑苦しいなぁ」
海渡くんは長澤のぽこんとした肩に腕を回して、そのまま教卓の方に押し戻していった。
二人ってそんなにフランクな感じだったっけ?
でも、とにかく助かった……。
「おはよう、長澤」
とりあえず挨拶はして、素早く横を通り抜けながら、自分の席に向かう。
海渡くんはチラッと俺を一瞥しただけだった。
冬馬くんはまだ来ていない。
「海渡、今日早いじゃん」
「だから雨が降ったんだな」
「なんで委員長とくっついてんの?」
海渡くんはまだ長澤と肩を組んでいて、集まってきたクラスメイトたちに囲まれながら、笑っている横顔が見えている。
海渡くんの周りにはすぐ人が集まるなぁ。
愛想がいい方じゃないけど、人気なのはきっと顔だけじゃない。
俺に対しては氷河期みたいな態度だけど、ファーストコンタクトは優しかったっていう安心と信頼の実績がありますから。
なんて、そんなことを考えながら横顔を見つめていると、なんだか悲しくなってきた。
「あ、優里くん、おっはよー!」
いつもはホッとする明るい声に、今日ばかりはシャキッと背筋が伸びる。
「と、冬馬くん、おはよう」
「え、なになに?元気ない?昨日の雨に降られちゃった?海渡のやつ、ちゃんと送ってくれなかったの?」
「違うよ。海渡くんは……あの、ちゃんと送ってくれたし、傘も貸してくれたよ」
答えながら、こんなこと冬馬くんに言っていいんだろうかと軽くパニックになる。
でも、今の言い方だと、きっと冬馬くんが俺のことを海渡くんに頼んでくれたんだろうな。
じゃなきゃ待ってるはずない。
嫌々ながらお願いを聞く海渡くんって、冬馬くんのこと好きすぎじゃないか?
それに、帰りの心配をしてくれた冬馬くんは、俺のことをちゃんと友達だと思ってくれてるみたいだ。
それなのに、友情を裏切るような告白を今からしないといけないなんて……。
俺のこと、嫌いになるだろうか。
嬉しさと、罪悪感とのせめぎ合いに、小さく息をついた。
「やっぱり元気ないじゃん。大丈夫?」
冬馬くんの手が伸びてきて、俺の額にピタッとくっつく。
その手の温かさと、気遣わしげに覗き込んでくる視線に、思わず目が潤んでしまった。
「え、優里くん――」
「冬馬!」
一段と低い声に、俺は体を縮こませた。
またやってしまった。
つい、冬馬くんの優しさに甘えてしまった。
眉を顰めた海渡くんは、集団から抜け出したと思ったら、あっという間に俺の机の横に立っている。
「ごめんってば、海渡」
「俺より先に触るな」
「あ!ごめんね、海渡くん」
俺を見下ろす海渡くんの眉尻が下がった。
『朝一番に触るのは俺だ』ということか。
さすがの執着攻めだけど、だったらやっぱり冬馬くんと一緒に登校すればいいのに、と思ってしまう。
今朝のあれは一体なんだったんだろう。
たまたま早く目が覚めたんだろうか。
ていうか、冬馬くんが俺の頭なでても止めないくせに、そういうことははっきり言えるんだな。
二人の間の、または海渡くんなりのルールがあるらしい。
きっと海渡くんなら、冬馬くんとわだかまりができても、絶対離したりしないだろう。
そう思うと、少しだけ勇気が出てきた。
それに、こういうのは先延ばしにすればするほど、言い出しにくくなるわけで……。
俺は大きく息を吸った。
「あのね、冬馬くん。けっっっっして変なつもりはないってことだけ、分かっててほしいんだけど」
「う、うん」
冬馬くんの喉が上下する。
「紆余曲折ありまして、ほんっっっっとうに致し方なくなんだけど」
「うん?」
「………実は、海渡くんと……カ、カップルコンテストに出ることになりました」
最後の方はだいぶ小声になってしまったけど、冬馬くんにはしっかり聞こえたらしく、もともと丸い目がさらに丸くなる。
たった三秒の沈黙が、永遠のように長く感じられた瞬間――
「優里くんと海渡で?いいじゃん!めっちゃ楽しみ!絶対見に行きたい」
満面の笑顔とはしゃぐような声に、肩の力が一気に抜けて、逆に目眩がしてきた。
どうやら冬馬くんの心の器は、大西洋よりも広かったらしい。
「冬馬くん、いいの?」
「なにが?ていうか、海渡やるじゃ〜ん」
「うるせぇ」
冬馬くんに脇腹をつつかれた海渡くんは、少し顔を赤くしている。
そうなんだよなぁ。
海渡くん、あんまり学校行事に興味なさそうな感じだったけど、やっぱり真面目なんだろう。
クラスの点数稼ぎのためにエントリーを決意するなんて、しかも嫌いなやつと。
本当に偉すぎるよ。
「冬馬くん、ありがとう。俺と海渡くんは全然なんにもないから、そこだけは心配しないでね」
「え?なにも心配なんてしてないよ」
がっくりとうなだれた海渡くんの様子を見るに、少しは冬馬くんに嫉妬されたかったらしい。
俺も冬馬くんのあっけらかんとした態度にはさすがにびっくりして、心の中だけで『がんばれ』と励ましておいた。



