俺を嫌いな君へ。

コンテストへのエントリーは、ゴールデンウィーク明けから文化祭当日まで受け付けている。
飛び入り参加なんてのも可能だ。
一人につき二つまでエントリーできて、最終順位によってクラス点が与えられる。
だからといって、コンテストばかりに人員を割くわけにはいかない。
クラスの出し物も並行してやらないといけないからだ。
もちろん、その集客数もクラス点に大きく関わってくる。
コンテストと出し物。
誰を、何時に、どこに、何人配置するかのバランスがものすごく大事らしい。
……というのを、黒板の前に立って熱弁している長澤と、その隣でドン引きしている文化祭実行委員。

長澤は去年も今年も、自分から学級委員長に立候補した、ちょっと変わり者だ。
小学校から空手をしていたそうで、上腕と胸の筋肉が異常に発達し、白いワイシャツをパツパツにしている。
長澤を見るたび、去年の文化祭で抱きつかれたことを思い出してゾッとする。
……まぁ、でも、すごいやつではあるよな。
学校行事にそれほどの情熱を注げるなんて。
優勝したからって、なんの変哲もない賞状が一枚もらえるだけなのに。
体力を持て余しているんだろうか。
顔も悪くないし、そこそこモテそうなのに、女子には冷めた目で見られている。
でも、去年の文化祭もなんだかんだ長澤のおかげで楽しかったな。
目標に向けて一致団結して、いつも教室の端っこにいる俺がみんなに背中をたたかれて……。
学年優勝が決まったときには、長澤の涙にもらい泣きしているクラスメイトも多かった。
長澤みたいなやつって絶対必要だ。

「我こそはと思うやつは、俺に申し出てくれ。なるべく希望に添えるようにしたいとは思っているが、必要であればオーディションを行う」

各コンテストの詳細が書かれたプリントを配りながら、長澤はよく響く太い声で言った。
ゴールデンウィーク明けのクラスメイトたちは、「ふぇーい」と気の抜けた返事をしている。
かくいう俺も、ぼけっと長澤を見つめていた。
長澤の声は子守歌にふさわしいとは言えないのに、俺の瞬きがスローになる。
すると、パチリと目が合った。
なぜかニヤリと不敵に笑った長澤に、俺は思わず体を縮こませた。
……嫌な予感がする。
長澤のやつ、なにか企んでる?
一応、冬馬くんと海渡くんの手前、のど自慢コンテストにはエントリーするつもりだけど。
背筋が冷たくなって、つい左側を向いた。
海渡くんは配られたプリントを食い入るように見つめている。
きれいな横顔。
喉仏が上下して、薄い唇が小さく動いている。

「優里く〜ん、のど自慢コンテスト、複数人での参加もオッケーなんだって」

突然の呼びかけに、思わずプリントの端を握る。

「えっと……」

言い淀む俺に、振り返った冬馬くんは首を傾げた。
ちょっとクシャッとなったプリントの文字に、急いで視線を走らせる。

「本当だ。デュオとか、トリオとかでもいいみたいだね。だけど、一人でも複数人でもクラス点は変わらないみたいだよ」

「効率悪いかぁ。いんちょーがダメって言うかな?」

「どうかな。長澤はあんな感じだけど、頭ごなしに反対するようなやつじゃないと思うよ」

「殺されかけたくせに、ずいぶんあいつの肩持つんだな」

海渡くんが口を挟んできた。
潜められた眉の下にある目が、俺を見据える。

「そういうわけじゃ……。ふ、二人でのど自慢出るの?」

慌てて話題を戻すと、冬馬くんと海渡くんが目線を交わした。

「やだね。海渡と二人でなんて無理無理」

「冬馬、それ失礼だからな」

「幼馴染なのに失礼もなにもないでしょ」

「親しき仲にも礼儀あり、だろ?」

「へぇ、僕と海渡が親しき仲なんて、優里くんの前で言っていいの?」

「そういう意味じゃない!」

二人の軽快な会話のキャッチボールに、俺が言葉を挟む隙なんてあるわけもなく、ただ視線を右へ左へと動かす。

「優里、違うからな!勘違いするな」

海渡くんが俺の方に身を乗り出した。
勘違いって……。
別にそこまでして恋人関係を隠すことないのに。
といっても、悪感度バロメーター振り切ってるやつなんて信用できないだろうな。

「俺、全然気にしてないから」

『大丈夫』の意味を込めてにっこり笑ってやると、海渡くんの眉が下がり、次の瞬間にはがっくりとうなだれた。
そんなにショックを受けなくてもいいだろう。
冬馬くんが気遣わしげな顔で海渡くんを見ているから、少し罪悪感が湧いた。

「冬馬くん、一緒にのど自慢出てあげれば?」

「え、絶対やだよ。海渡だって僕と出たいなんて思ってないし」

「そうかな?カップルコンテストも出ないんでしょ?となると、やっぱり美男美女コンテスト?」

「それのほうがもっと嫌」

冬馬くんが眉を顰める。
本当に嫌そうだ。

「なんで?」

「あれに入賞すると、告白されるのが三割増しになるらしいよ」

「……なるほど」

俺は手のひらに拳を打ちつけた。
だから去年も出なかったんだ。
二人は普段からモテる。
放課後よく呼び出されているし、教室で待っているうちに俺が眠りこけてしまうこともしょっちゅうだ。
告白ばかりじゃなく、ただ話がしたいからと呼ばれることも多いけど。
それが三割増しとなると、休む暇もなくなるだろうな。

ゴールデンウィーク中に読んだ少女漫画では、カップルの彼女さんの方が、彼氏さんのモテっぷりに嫉妬して盛大にすれ違っていた。
冬馬くんと海渡くんも、いつもあんまり気にしていない風を装っているけど、本当は相手が告白されることに嫉妬しているのかもしれない。
みんなに好かれるなんてすごいなぁなんて、のんきに考えていた自分が情けなくなってくる。
また別の漫画では、せっかく気持ちが通じ合ったのに周りの人間のからかいのせいで、ぎこちなくなってしまったカップルがいた。
さっきみたいに、海渡くんが必死に関係を隠そうとするのは、そういうトラブルを避ける意味もあるんだろう。
やっぱり海渡くんは溺愛彼氏なんだ。
冬馬くん、めちゃくちゃ愛されてるんだなぁ。
好感度バロメーターが友達止まりの俺には、きっと一生縁がない。
どっちの漫画も、ラストは溺愛で完結していた。
そんなのばっかり読んでるせいか、ちょっとだけ羨ましいかも……なんて思わなくもない。

「冬馬くん。……海渡くんも。俺に言われても嬉しくないかもしれないけど、応援してるから」

顔の横で拳を握ると、冬馬くんは困ったようにこめかみをかいて、海渡くんは再びうなだれていた。
その反応、さすがに俺も傷つくんだけど。