俺を嫌いな君へ。

四月の終わり。
大型のヒーターはとっくに片付けられていて、体育館の床はひんやりと冷たかった。

左側には無言の圧、右側には絡まる腕。
なんでいちいち俺を間に挟むのか。
……まさか、俺をカモフラージュに使おうとしてる?
そんなことする必要、一ミリもないと思うんだけど。
二人が幼馴染ということは学校中が知っているし、多くの腐っているとされる女子たちからネタに使われていることも分かっている。

もともと美形で有名な二人だけど、そのきっかけは去年の文化祭だった。
わりと大々的に行われる文化祭は二日間に渡り、いくつかのコンテストが開催される。
美男美女コンテスト、お笑いコンテスト、のど自慢コンテスト、男装女装コンテスト、等々……。
他薦、自薦問わず、コンテストに入賞すればクラスの点数になる。
当然、美男美女コンテストに出ると思われた二人は、なんとカップルコンテストにエントリーして審査員特別賞をもらっていた。
それからしばらくは、おおっぴろげに恋人宣言していたのだが……。
文化祭から一ヶ月後には、あっさりその宣言を取り消して、偽装カップルだったと暴露した。
でも、今でも本物の恋人同士だと思っている人間は少なくない。
俺もその中の一人だ。
むしろ、確信している。
というか、間に挟まれてみれば誰だって分かる。
この肩身の狭さ。
ちらちら見てくるそこの男子に場所を変わってもらいたいくらいだ。

「文化祭かぁ。一年は早いねぇ」

「だね。懐かしいな」

にこにこと笑う冬馬くんに対して、鬼の形相で俺を見ている海渡くん。
あ、これ知ってる。
昨日の夜、勉強の息抜きで読んだBL漫画の設定そのままだ。
執着攻めってやつだな。
しかも溺愛攻めも混ざってる。
対する冬馬くんは、天然、愛され受けか?
で、俺はモブ?
はたまた当て馬か?
いや、二人の邪魔するつもりはないんだって!

「優里くんはまた出るの?」

「出るよな?」

「ひゃ、ひゃい!」

海渡くんに凄まれて、思わず変な声が出る。
視線だけで首筋を物理的に押さえつけられているような気分だ。

「楽しみだなぁ、優里くんの歌声」

「……」

「いや、そんなたいしたものじゃ」

俺は去年の文化祭で、中学のとき合唱部だったというだけで、のど自慢コンテストにエントリーさせられた。
ギャグに振り切ったやつが多かったせいと、この二人のおかげで順調に勝ち進み、なんと準グランプリ。
クラスの方も総合優勝には届かなかったものの、一年の学年優勝に輝いた。
それに一躍買ったのが俺の準グランプリだとされ、学級委員長から泣きながら感謝されたのは記憶に新しい。
ていうか、あの男泣きと骨が折れそうなほど力強い腕は忘れられない。
今年もそれを期待されているのだろう。
俺の活躍できるところはそれくらいしかないし。
どうか、今年もギャグに走るやつばっかりでありますように。
そして願わくば、去年に引き続き学級委員長を務める長澤の、熱い抱擁から逃げられますように。
祈るように目を瞑る。

「優里くん、優勝してもいんちょーの近くに行っちゃだめだからね」

「いや、さすがに優勝はないだろうけど、それは俺も気をつけようと思ってる」

その話は別クラスにまで広まっていたらしい。
冬馬くんが俺の腕にピタッと胸をくっつけてきた。

「いんちょーに抱きつかれた優里くん、泣きそうな顔してたんだってね。可哀想に」

「まじで怖かったし、死ぬかと思った」

「海渡、ちゃんと守ってあげなよ」

「………」

海渡くんはまたすごい顔してる。
いくら冬馬くんの頼みでも、それは嫌なんだろう。
それどころか「守れ」と言った冬馬くんのせいで、今この瞬間、俺の命が危ぶまれてる。
冬馬くんから逃れるように体を反らすと、海渡くんの胸に寄りかかってしまった。
とっさに起き上がれず、もだもだと身をよじる。
海渡くんの硬い胸板から、ドクドクとやけに早い心臓の鼓動が伝わってきた。
やべっ!
そんなに怒ってるのかよ。
なけなしの腹筋に力を込めて、やっと起き上がる。

「ご、ごめん。海渡くん」

「別に」

振り返れないけど、絶対怖い顔してるんだろうな。
海渡くんは当然だけど、これはさすがに冬馬くんも怒るか?
事故とはいえ、彼氏の懐に飛び込んでしまうなんて。
慌てて冬馬くんの表情を伺うけど、こっちは相変わらずにこにこしていて、俺はホッと息をついた。

「冬馬くんもごめん」

「ん?いいよ」

冬馬くんはきょとん顔で、俺を上目遣いに見た。
さすが天然受けだ。
海渡くんの、俺への悪感度バロメーターがまた振り切れる音がしたけど、せめて冬馬くんには嫌われたくない。
去年、俺がのど自慢コンテストでちゃんと歌えたのは二人のおかげだから。

そもそも俺の体は、人の注目を浴びても大丈夫なようにできていない。
合唱部のときはその他大勢だったからいいとしても、コンテストは一人で出る。
俺は前日から眠れず、寝不足のまま挑んだ。
忘れもしない一回戦の前、緊張のあまり酸欠になりかけた俺は絶望していた。
こんなんじゃ絶対声なんか出るわけない。
大勢の前で恥をかくだけだと。
大汗をかきながら舞台袖に控えているときにたまたま通りかかったのが、去年は別のクラスの冬馬くんと海渡くんだった。
落ち着きなく右往左往する俺の様子が、よっぽど目に余ったんだろう。
震える俺の手をぎゅっと握ってくれて、「大丈夫?」とか「心配しないで」とか、ずっと声をかけ続けてくれたのが冬馬くんだ。
海渡くんだって、出番まで俺の頭を撫でてくれた。
その手つきがまた絶妙で、眠くなってしまった俺はふわふわした頭のまま、肩の力を抜いて歌うことができた。

……あのときは優しかったな。
数日後に会ってお礼を言ったときには、やはり冬馬くんに手を握られたのが気に入らなかったんだろう、めちゃくちゃ睨まれたけど。
それから冬馬くんは、廊下で会うと話しかけてくれるようになった。
当然、その後ろには海渡くんも控えていて……。
それは恋人宣言を取り消してからも変わらず、だからこそ俺は二人の関係性に確信を持っている。

その後、文理選択ということもあって、二年でめでたく同じクラスになったというわけだ。
冬馬くんは俺の数少ない友達だし、感謝してるし、尊敬もしている。
誤算だったのは海渡くんだ。
もちろん海渡くんにも感謝はしているけど、冬馬くんと仲良くなればなるほど、俺を見る目つきは険しくなっていった。

「優里、寝るな」

「はっ!寝てたわけじゃ……」

海渡くんにつねられた頬に手を当てる。
ちょっとボーッとしてただけなのに。
文化祭の説明は佳境に入り、スクリーンには注意事項がデカデカと写し出されていた。
毎年数人は、羽目を外しすぎて停学をくらうやつがいる。
まぁ、俺たちには関係ないか。
二人とも素行は悪くないし、成績だっていい。
俺はそこそこだけど、なんせモブなので、先生からの印象も薄いだろう。

「二人はまたカップルコンテストに出るの?」

俺の問いかけに、珍しく冬馬くんが顔を歪めた。

「うげぇ!絶対無理」

「俺も無理だし」

左側から低い声が聞こえる。
ちょっと傷ついているような言い方だ。
海渡くん、本当は出たかったんだろうか。
どんまい。

「ていうか去年は、目的があって出たからね」

「え、ほんとに優勝狙ってたの?」

「ちがぁう!」

怒ったように唇をとがらせる冬馬くんに、海渡くんはふっと笑った。
今度は懐かしむような響き。

「まぁ……目的は破綻したけど、大事なものを見つけたから」

意味ありげに目を細める海渡くんから、なぜか目を離せなかった。
大事なものってなんだろう。
もちろん冬馬くんなんだろうけど、二人は幼馴染だもんな。
昔からの仲のはずだ。
……ああ、そういうことか。
もしかして、カップルコンテストをきっかけに二人は想いを通じ合わせたのかもしれない。
俺は一人合点して頷いた。