夏にほどける

「瑠夏さん」
「こんにちは」
「どうしてここにいるんですか」
「僕も図書館へ行く途中だから。沙波も?」
「はい。私もです」

 答えてから、沙波は少し可笑しくなった。

「本当に図書館に来るんですね」
「嘘だと思ってた?」
「ほんの少しだけ」
「出会って三日でもう信用を失ってたんだ」

 瑠夏は困ったように笑いながら、沙波の隣へ来て飲料棚を眺め始めた。

「何にするの?」
「まだ決めてません」
「じゃあ僕も選ぼうかな」
「待ってなくてもいいですよ」
「僕も喉渇いてるから、ついで」

 そう言われると、先に行ってほしいとも言えなかった。
 沙波はもう一度棚へ向き直る。
 さっきまではレモンスカッシュを飲みたいと思っていたのに、人に見られていると意識した途端、麦茶へ戻った方が何となく落ち着く気がした。

「いつも何飲む?」
「麦茶とか、水とかですね」
「今日は?」
「……麦茶でいいです」

 そう答えて手を伸ばすと、隣に立つ瑠夏が少し首を傾けた。

「『で』なんだ」
「何ですか」
「麦茶がいい、とは言わなかったから」
「ほとんど同じじゃないですか」
「そうかな。僕には違って聞こえたけど」
「喉が渇いてるんだから、飲めれば何でもいいです」
「それなら、僕が選んでもいい?」

 反射的に瑠夏を見る。

「え?」
「何でもいいなら、僕が一本決めても同じでしょう」

 それは困る、と思った。その気持ちが顔に出ていたのか、瑠夏の目元が少し緩む。

「嫌?」
「嫌っていうか……自分で飲むものなので」
「じゃあ、本当は何でもよくないんだ」

 言い返そうとしたものの、できなかった。
 確かに、誰が選んでも同じだとは思えない。それなら自分の中に、少なくとも何かしらの好みはあるのだろう。

「瑠夏さんは、何を買うんですか」
「僕?」

 瑠夏は棚を眺め、今度は数秒迷ってから炭酸水を一本取った。

「今日はこれかな」
「この前も炭酸水でしたよね」
「そうだったね」
「いつもそれが好きなんですか?」
「好きではあるけど、毎回じゃないよ。砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲む日もあるし、カフェオレにする時も、ミルクティーにする時もある。今日はこれがよかっただけ」
「その日の気分で決めるんですね」
「飲み物だからね。そのくらいでいいかなと思ってる」

 昨日好きだったものを、今日も選ばなければならないわけではないらしい。
 そんな当然のことを、瑠夏の言葉で聞くと少し新鮮だった。
 沙波は再びレモンスカッシュを眺めた。

「それ、やっぱり気になる?」

 視線に気づいた瑠夏が訊く。

「飲んだことがないので、ちょっと」
「飲みたくはない?」

 沙波は黄色いラベルを見つめた。甘そうで、炭酸も少し強そうだったが、それでも棚を見た瞬間に飲んでみたいと思ったことだけは確かだった。

「……飲んでみたいです」
「だったら、それでいいんじゃない」
「おいしくなかったら嫌ですけど」
「その時は、次から選ばなければ済むでしょう」
「簡単に言いますね」
「飲み物だから。僕だって人生のことなら、そんな簡単には言わないよ」

 そこで余計な教訓にしないところが、少しだけ瑠夏らしいと思った。
 沙波はようやくレモンスカッシュへ手を伸ばし、冷えたボトルを取った。

「これにします」
「うん」
「何か言わないんですか?」
「僕が飲むわけじゃないし、沙波が決めたならそれでいいでしょう」

 普通に返され、沙波は少し笑った。